全部、私のせいだ
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『グミちゃん……先生が……』
通話中と表示されたケータイからは、ルカちゃんの悲痛な声しか聞こえなかった。私はその一言で、今起こっていることを理解した。ルカちゃんが『先生』とだけ言うのならば、それは私の兄――『神威先生』のことを指す。
「ルカちゃん? お兄ちゃんが、どうしたの?」
『だって、私は……何も』
「ルカちゃん!? ちょっと待って、私も行くから……!」
ルカちゃんの声はすごく震えていて、そして言葉になっていなかった。
「ルカちゃん、ねぇ、今どこにいる? 私も、私もすぐに行くから!」
『私の、私のせいで……っ、あああああああああっ!!』
「ルカ……!?」
ルカちゃんが突然叫び出した。彼女を制止する誰かの声が少し聞こえる。少し間が空いて、違う声が聞こえた。
『……もしもし、緑川さんか?』
「始音先生? どうなってるんですか? ルカちゃんは!?」
『落ち着いて聞いてくれ。神威は巡音さんを庇って事故に遭った』
「え……?」
始音先生の話によると、お兄ちゃんは突然突っ込んできた車からルカちゃんを庇ったらしい。ルカちゃんを突き飛ばして。丁度その瞬間――発作が起こったらしい。その一瞬で逃げられなかったお兄ちゃんは、そのまま……。
お兄ちゃんは病院に運ばれ、その場にいたルカちゃんと偶然近くを通りかかった始音先生も病院にいるらしい。
『とりあえず、いつもの病院に来てくれないか。詳しい場所は――』
◆
あれからどれくらい経ったのだろう? 何分経ったのか、それとも何時間なのか。
「ちょうど、五時間だ」
近くにいた始音先生が腕時計を見て呟く。
「……始音、先生」
「大丈夫? ……ようやく、落ち着いたみたいだね」
始音先生と会うのは、金曜日の授業の時以来だ。あまり会う程の仲ではないが、他の先生達よりは話しやすい。更にもっと言えば、この人は私と彼の関係を知っている。だから、神威先生の話はしやすい。
「ルカちゃん、大丈夫?」
「うん……少し、落ち着いた」
グミちゃんが私を心配してくれる。その少し落ち着くまでに、かなり時間がかかったけど。
私は、集中治療室の前の椅子に座っていた。
「ねえグミちゃん。あの人は、神威先生は?」
「……」
グミちゃんと始音先生が目を合わせる。しばらくの沈黙。気まずい空気の中、グミちゃんが静かに語り出す。
「……ついさっき、手術は終わったの。なんとか一命は取り留めたみたい」
その一言に、胸を撫で下ろす。良かった。彼は、生きているのだ。
「……だけど」
横にいた始音先生が口を挟む。
「倒れた時に、強く頭を打っていたらしい。……そこがこれからどう関係するのかは、不明だ」
それを聞いて、また気分が沈んだ。じゃあ、彼が記憶喪失になっていることも、ありえなくはないんだ。もしかしたら……彼は目覚めたとき、私が誰かわからないかもしれない。
「巡音さん、君は神威の病室に行ってくるといい。オレ達はコンビニで夕食になりそうなものを買ってくるから」
「はい、これ持っていって。しばらく水分補給してないだろうし、何も飲まないのは良くないから」
そう言って二人は廊下を歩いて行った。グミちゃんが手渡してくれたスポーツドリンクは、まだ冷たかった。きっと、私のために買ってきてくれたばかりなのだろう。
キャップをパキッと開けて、少しだけ口に流し込む。冷たいスポーツドリンクは、乾いた私の喉を潤していった。
「さて、と……あ」
そういえば、神威先生の病室がどこにあるのかを聞くのを忘れていた。どうしよう。グミちゃんにメールで聞こうか。
「うー……ん?」
ふとスポーツドリンクを見ると、油性ペンで何か書いてあった。そこにはグミちゃんの字で、「階段側へ真っ直ぐ行く」と書いてあった。ありがとう、グミちゃん。
……ただ、右も左も階段はあるから、もう少し別の目印を教えてほしかったな。例えば号室とか、とびっきりのヒントがあったような気がするんだ。
*
朝日が、眩しい。どうやら椅子に座ったまま眠っていたようだ。
確か、昨日はこの病室に来て、グミちゃん達が買ってきてくれた夕食(コンビニ弁当)を食べて……それで? そこからの記憶がない。どうやら、随分眠っていたみたいだ。
時計に目をやると、時刻は九時前を指していた。今日は日曜日。神威先生はまだ目を覚まさない。看病は、長い時間できるようだ。
机の上に、ラップに包んだおにぎりが二つと、置手紙があった。手紙はグミちゃんからだった。
おにぎりを食べながら手紙を読む。どうやら始音先生は仕事があるため学校へ、グミちゃんは飲み物を買いに行ったそうだ。ちなみに、おにぎりはグミちゃんが作ってくれたらしい。本当にいつもありがとうグミちゃん。
「神威先生………」
彼の右手を、そっと握る。その手はいつもの彼とは違って、少し冷たい。手首の傷は、色が前より少し濃くなっている気がする。腕には点滴の針が刺さっていた。
この小さな病室を、朝日が照らす。この病室に響くのは、時計の音と心電図の音。
彼が目を覚ましたら、一番に伝えよう。「ごめんなさい」そして、「助けてくれて、ありがとう」と。
今回の事故の原因は私だ。彼を巻き込んでしまったのは、私の罪だ。
なんてことを、考えているうちに。
「ん……」
神威先生を見る。彼は、目を覚ました。
「良かった……目が、覚めた」
「……」
彼が目覚めた。そのことに、安心感を覚える。
だけど――現実は、そんなに好都合じゃなくて。
私にも……彼にも、残酷な仕打ちをするみたいです。
「ここは……?」
「病院です。あなたは私を庇って、事故に遭ったんです」
私がそう言うと、彼は少しだけ、驚いたような顔をした。その表情の理由を、私はすぐに理解することになる。
いつか、罪を犯した人間が、罰を受けるならば。
その罰は……きっと、何よりも重いのだろう。
「全部……私が、悪いんです。だから」
「……ねえ」
重ねた罪の重さは、簡単に私を許しはしない。だから、その罪は、痛みで償うのだろう。
ねえ、神様。
「……何が、どうなっているんだ?」
どうして……こんな罰を、私に与えるのですか? 私の罪は、そんなにも――重いものなのですか?
どうして、彼にも罰を与えるのですか?
「“僕”はどうしてここに? 教えてくれ――“巡音さん”」
【がくルカ】memory【23】
2013/04/02 投稿
「病室」
改稿しましたが、カイトのルカさんの呼び方くらいの変更です。
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コメント4
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ご意見・ご感想
すぅ
ご意見・ご感想
がっくん助かった!
でも記憶がなんかおかしなことに・・・。
ルカちゃんはこの後どうなるのか・・・めっちゃ気になります。
2013/04/03 10:54:26
ゆるりー
なんとか命は助かりましたが…
がっくんの記憶がどうなってしまっているのかは次回。
ルカちゃんは次回…ある行動をとってしまいますg【ぴんぽーん】おや誰か来たようだ
2013/04/03 18:03:53
Tea Cat
ご意見・ご感想
がっくーーーーーーん!!!
よかったぁ!!よかったよぉ!!
あ、もしかして前世のk(切るとこ変だぞ
ブクマぼらっときばず…にゃぁ@花粉症
2013/04/03 09:39:44
ゆるりー
がっくんは何とか助かったけど、記憶のほうは…
結果的にはあんまりよくないね!←
ハッハッハ、今はまだネタばれ禁止だよ☆←
詳しいことは次回とか…まあ近いうちに。
花粉症ほんと大丈夫?
ブクマさんくs…あら、ブクマされてない気が…
確かこのバージョンは、上の「ブクマ」ボタンを1クリックでできた気がする。
2013/04/03 18:00:09
和壬
ご意見・ご感想
る、ルカぴょん…君はなにも悪くないんだよ、全部がっくんg(蹴
もちろんがっくんも心配ですよ、ええ。(汗)
実はゆるりーさんの作品全て読ませて頂いておりました、のーかでございます☆
その文才2割ほど頂けませんかね?
あはは、冗談です…
2013/04/02 22:03:50
ゆるりー
ルカさんは何も悪くないですが、がっくんm…いや、結構悪いかもしれn((((殴
がっくんはこう見えて結構大怪我してますw
ぜ、全部見てくださってた…だと…?(^p^)
す、すみません本当にいつもありがとうございます!
文才ッテ何ソレオイシイノ?((←
のーかさんからメッセージを頂いたとき、「のーかさん…どこかで見覚えがある」となったのでのーかさんのマイページに行ったら…驚きました。
「どうしてわかってくれないの」の方でしたか!
あのシリーズ大好きでいつも見てます!
ユーザーフォローさせていただきました。
これからも頑張ってください。
2013/04/03 17:56:25
Turndog~ターンドッグ~
ご意見・ご感想
ぬぅーん(´・ω・`)
悲しいよがっくん!記憶転移?
喪失じゃなくて違ってる?
ぬぅーん(´・ω・`) ←しつこい
波ダッシュとギリシャ文字が使えない。
あとでマイページ来てくださいな。?だらけですww
2013/04/02 21:28:27
ゆるりー
記憶転移…ではないですね。
なぜか複雑な設定にしてしまったのでよくわかりません。
個人的には部分健忘みたいなものだと考えてます。
リニューアルしてから使えない文字が増えましたね。
この新しいピアプロの使い方もいまいちよくわかっていません。
2013/04/02 21:46:09