日が暮れる。
たったそれだけのことなのに、なぜ今日はこんなに切なくなるんだろう。
私は夕日を見ていた。
もうすぐ町は夜に包まれる。けれどその前に、夕日は燃え尽きる前のろうそくみたいに赤く町を侵していく……。そんな様子が突然見たくなった私は、サンダルをつっかけてベランダに立っていた。
素足に風が当たると大分寒い。上着も着ずにワンピース一枚だから、もしかしたら明日には風邪を引いてしまうかもしれないと思った。ほら、だってもう季節は冬になりかけている。
「風邪……」
引けたらいいのに。
口が勝手に動いて声が出た。
私が風邪を引いたら、明日の予定は変わるだろうか。ふと、そんなずるいことを考える。
日はなかなか暮れないから、風邪を引いても許されるような気がしてきた。
「――何してるの?」
そうしているうち、後ろから声をかけられた。
他の誰でもない、MEIKOの声だった。私は振り向かない。だって、だって。振り向いたら気づかれる。
「マスター」
心配そうに、私を呼ぶ声。
でもMEIKOに私がそう呼ばれるのは今日で最後だ。
今日はMEIKOが生まれた日で、彼女は明日から“新しく生まれ変わる”ために、生まれた場所に帰る。
……そんな必要ないのに。
「マスター、まだ拗ねてるの? もう、さっきも言ったけどこれは必要なことなのよ。バージョンを上げなきゃ、時代に取り残されてサポートが受けられなくなるわ」
彼女が言う。
まるで駄々をこねる子どもを説き伏せるみたいだ。
「そうなったら、マスターといられる時間が短くなってしまうでしょ?」
「……」
「だから、ね? 確かにいまの私とは今日でさよならかもしれないけど。また一週間したら会えるじゃない」
サヨナラ。
イッシュウカン。
会話の中の単語だけが、やけに耳に残る。
つらいのは私よりMEIKOだ。それは分かっている。理解している。明日になったら消えるかもしれない自我で、私をあやしている彼女は本当に立派なボーカロイドだ。
分かってる。
分かっていても、私は本当にバカでまだまだお子様で、
「っ、……れ、は」
「え?」
どうしようもない、MEIKO自身が決めたことなのに。
「それは、――それはいま私の目の前にいるMEIKOじゃない!!」
キィン。
情けないことにこんなアパートのベランダで叫んだ声が、夕暮れの町に響いた。
ようやく振り返って盗み見た彼女は、一緒に暮らしてきた私でも初めて見る表情をしていた。
だから後悔した。
けれども身体は震えて、勝手に口が動く。
視界はぼやけて、濡れた頬に風が当たって冷たい。泣き虫な私。ダメな私。
「MEIKOじゃなきゃ、意味がないんだよ……いまの、あなたが大切なのに」
ぼろぼろ、ぼろぼろと次から次に涙が落ちてくる。もう何も見えない。前にいるMEIKOの顔も、様子も。
夜が迫っている。
「マスター……」
唸るように泣く私の頬に、温かい手が触れる。
いつも私を慰めてくれた優しい手。
きっとボディが変わらなくても、次に会う彼女は違う彼女だ。それを思うと悲しくてまた涙が溢れた。
「マスター、泣いたら可愛い顔が台無しよ? 」
「っ、ごめんなさい……」
「マスター。ありがとう。大丈夫、大丈夫だから泣かないで。」
「めい、こ……」
ぎゅう、とMEIKOが私を抱き締める。強く、強く。慰めだけじゃなく、励ますみたいに。
「マスター。私、たとえ“新しい私”になっても、あなたを想う気持ちは変わらないって、胸を張って言える。記憶はフォーマットされるかもしれない。でも、変わらないものだってきっとある。マスターと過ごした時間が何もかもなくなるわけないじゃない……」
MEIKOは私にだけじゃなく、自分にも言い聞かせているようだった。
強くて優しい、太陽みたいな私のボーカロイド。私の大切なMEIKO。
彼女の声を聞いているうちに、嗚咽は止まった。ただ、静かに涙だけが流れていく。
「いままでありがとう、マスター。そして、これからも宜しくね」
「……MEIKO、ありがと……」
――いまは、それで精一杯の言葉だけど。戻ってきたMEIKOには、もっと気のきいた言葉を伝えたい。
私はぐしゃぐしゃの顔でむりやり笑って、MEIKOも苦笑するみたいに笑っていた。
夕日は沈んで、夜がやってきた。
また明日になれば太陽は昇る。今日とはどこか違う太陽。だけど新しい太陽だって、今日と同じ赤い色をしているはずだ。
私はそれを信じてる。
ありがとう、MEIKO。
生まれてきてくれてありがとう。
2011.11.05
太陽は明日も赤い
MEIKOさん、お誕生日おめでとうございます。
appendになろうがなるまいがずっと大好きです!
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