──退屈だ。
街を歩きながら思うことは、ただそれだけ。
賑やかな所だが、何年暮らしていても、その思いは一向に変わらない。
退屈な気分を誤魔化すために『人間の暮らし』とやらを送り始め、人間と同じように働き、就寝して、起床し、飲食をするなど、いろんなことをした。自分にとっては不必要なことだが、長い時間をたまにくる仕事だけして過ごすのには飽き飽きしたのだ。しかし、『人間の暮らし』というのも、基本は毎日同じことをしているだけ。良かったことといえば金銭的に豊かになったぐらいか。とにかく、あまり変わりはなく、気分が晴れたことは一度もなかった。
──この日々は、いつまで続くのだろう?
そんなことを考えていると、歩くのさえも億劫になってしまい、近くの広場のベンチに腰掛けた。
なんとなく辺りを見回してみると、ふと、ある娘が視界に入った。
この街ではあまり見かけない、金髪の髪。馬車に乗っているため全身は見えないが、横顔を見る限り15、6歳といったところか。目からはあまり生気を感じられず、その肌はまるで一回も陽の光を浴びたことがないかのように白い。可愛らしくはあるが、見るからに不健康そうだ。
……もしかしたら、久々の仕事がくるかもしれない。
取り敢えず、その娘の顔を覚えておくことにした。
「久しぶりだな」
開け放していた窓から微かな風が吹き、夜の闇と同化したかのように黒いものが目の前に現れた。
「随分と退屈してたようじゃねぇか」
「……まあ」
ニヤリ、と、黒いもの──『鎌』の口角が上がった。
「そんなお前に朗報だ。仕事が入った。……この領地の伯爵の娘を、調べてこい」
「見た目は?」
「伯爵の娘は一人しかいねぇよ。すぐわかる」
投げやりな返答だが、なんとなく予想はついていた。おそらく、昼に見たあの娘だろう。
「久々の仕事、しかも伯爵の娘なんていう大物だ。──『死神』、その名に恥じぬようにしろよ」
月の光が、ただただ鎌の背中を照らしていた。
『死神』。
それが、自分の種族であり、名称。読んで字の如く、死の神である──といいたいところだが、実際は違う。確かに死の象徴ではあるし、人を見れば死期はわかる。しかし、死神は鎌から指示された者を調べ、報告し、死に逝く者と接触を量り、執行日──魂を刈り取る日のことだ──を決めるだけ。
殺すのは別の実行者──『鎌』の仕事だ。
見た目自体はどちらも人間と同じだ。待遇に差はなく、普段生活している分には意識することすら少ない。だが、死神の位が鎌より下だという事実は、まるで潜在意識のように、皆の頭に埋め込まれてる。
死神が鎌を使うのではなく、鎌が死神を遣う。
それが、天界と呼ばれる世界での、死神と鎌の関係だった。
「……此処、か」
周りから少し離れた所にある、この街一番の大きさを誇る家。手入れが行き届いた広い庭には使用人の姿もみえる。おそらく、これが伯爵の家だろう。当たり前だが玄関は鍵がかかっており、誰かが出入りしない限り中に入るのは無理そうだ。
しかし、無理矢理ここから入る必要はない。おとなしく開いてる窓を探そう。
上を見てみると、2階の右端の窓が開いていることに気付いた。あそこから入ればいいだろう。
ふわり、羽を広げた。
「……では、はっきりと申し上げます。……娘さんは、もう手遅れです」
「……!」
「なんてことだ……!!」
複雑そうな顔をしている医師、涙を零し嘆いてる伯爵夫妻。そして、ベッドに上体を起こし座っている娘。
これは、余命宣告というやつだろうか。過去にも遭遇したことがある。
「そう……手遅れ、なの」
そう言った娘の表情には何の感情も浮かんでいない。まさに『無』表情といえるだろう。街中ではあまり見たことがない。
「なんとか……なんとか、ならないのですか」
「……残念ながら」
悔しそうな、辛そうな顔をしながら泣いている伯爵夫妻。こういう顔は何回も見てきた。死期を告げられた者は皆、この表情を浮かべる。
「……わかったわ」
だが、この娘は違った。依然として無表情のままだった。
「じゃあ、殺して」
凛とした声で言い放ったその台詞は、死神の仕事を始めて以来初めて聞いた言葉だった。
「あなた、死神?」
あのあと、娘が「暫く一人にさせて」と頼み、部屋には窓辺に突っ立たままの自分と先程と変わらぬ姿勢のままでいる娘の2人だけとなった。
「……そうです」
中に入り、ゆっくりとベッドのほうへ向かう。
「……よく私が死神だとわかりましたね」
「髪の毛は私と同じ金髪だけど、それ以外は黒づくめだし、急に窓辺に現れたから。それに私以外の人には見えてなかったようだし」
「そうです、あなた以外には私の姿は見えていません。見させることも出来ますが」
「そう。べつに、好きにすればいいと思うわ」
変な感覚だ。初対面でここまで冷静に話し合えたことは、片手で数えられるほどしかない。
そんなことを考えていると、依然として無表情のまま、また話しかけてきた。
「ねえ、死神さん。出会ったばかりで悪いけれど、お願いがあるの」
「なんですか?」
娘は真っ直ぐに私の瞳を見つめ、「──今すぐに私を殺しなさい」と告げた。
「……」
今までいろんな人間と出会ったが、ここまで死を渇望する者はいなかった。いっそのこと死なせてあげてもいいのでは、と思う。
だが──
「……それは出来ません」
「なぜ?」
「それが我々の掟だからです」
そう、天界での掟。死神は人を、生き物を、殺せない。
「……? 私の言うことが聞けないの?」
段々と娘の顔が怒りに染まってくる。
「そういうことです」
「──死神様って融通が利かないのね!」
ここまで感情を露わにしたのは出会ってから初めてのことだった。死ねなくて怒る人間など今まで扱ったことがない。
「どうせ、……どうせ生きてたって独りぼっちなのに……」
そう言う娘の顔は、怒っていながらも、今にも泣きそうだった。
……独りぼっち。
伯爵の娘ならば、いろんな人と関わることが多いのではないか。ただ単に、この娘が何か勘違いしているだけで、本当は沢山の人と関係があるのではないか。
思うことはいろいろとあった。
──でも。
「殺すことは出来ませんが、……友達にならなれます」
──その気持ちはわかるような気がしたから。
孤独がどれほど悲しくて辛いことなのか。長い時を生きてきて、それは痛いほど実感していた。
「……驚いた。友達がどういうものか知ってるの?」
「……知識ならあります。作ったこともできたこともありませんが」
「……ふふ、私も。お互いに初めての友達ね」
そう言って娘は手を差し出した。同じように手を差し出すと、ぎゅっと握られる。
「握手。……知らない?」
「知っています。ただ、やったことは……」
「そう。……手、温かいのね」
娘の手は冷たい。しかし、握っていると温もりを感じる。
「……出来ないのなら仕方ないわ」
暫くそうしていると、残念そうにぽつりと呟く声が聞こえた。だが、先程より死を望む気持ちが薄くなったように感じた。
「じゃあ……、私、一度市場へ行ってみたいの」
「行ったことがないのですか?」
「ええ、一回も」
何かを買う際には殆ど市場で買う立場から聞くと驚きだ。やはり金持ちは買う所にもこだわるのだろうか。
「……外へ出て大丈夫なのですか?」
「多分。最近は体調が良いの。それに、どうせ死ぬなら、いろんなことをしたいわ」
娘の表情は明るい。最初に見たときは無表情だったが、本来は感情がに出やすいのかもしれない。
「……それなら、明日、連れて行きますよ」
「本当に? ふふ、ありがとう」
花が綻ぶように笑う娘。
「取り敢えず、今日は帰らせていただきます」
「わかったわ。気をつけて」
踵を返し、窓へと向かう。そして、いざ飛び立とうとしたとき、娘の声が聞こえた。
「待って! 名前、聞いてない。貴方の名前は?」
「別に、名前で呼ばなくても、」
「嫌。友達はね、名前で呼び合うものよ」
そうなのだろうか。お互い今まで友達がいなかったが、知識はどうやら娘のほうが上みたいだ。
「レン、です」
「レン……いい名前ね」
いい名前、と言われたのは初めてだ。どう返事をすればいいのかわからない。
「あなたの名前は?」
結局、同じ質問を返す以外浮かばなかった。
「私の名前はリンよ。……ふふ、一文字違いだなんて」
リンとレン。珍しい名前ではないから、凄い偶然というわけでもないだろうが、その声は満足げだった。
「じゃあ、また明日ね、レン!」
そう言った娘──リンの笑顔は、今まで見てきた人間の中で、一番の笑顔だった。
市場は、沢山の色と音で溢れている。
果物や野菜といったカラフルなものや、服や鞄などの落ち着いた色合いのもの。値段交渉の会話や店員の接客、何を買うか相談しあってる声。
ごちゃごちゃしているとは思う。しかし、不快に感じたことは一切無かった。
「ここが市場……凄く賑やかなのね」
それは伯爵の娘にとっても同じことらしい。彼方此方といろんな店に行っては、一つ一つの物に対し目を輝かせている。
「ふふ、凄く楽しい所だわ」
──だが、決定的に違うのは、自分は楽しいと感じたことも一切無いということだ。
「……そうですか」
「敬語は使わないでとさっきも言ったはずよ」
ピシャリと言い放ち、リンはまた目先の店へと歩を進める。
不思議な人間だと、思う。
死に対する感情、自分に対する言葉や態度。何一つとっても、今まで関わってきた人とは違う。
敬語を使うなというのも、初めて言われたことだ。
そこまで規制しなくともいいじゃないか、とは言ったものの、「友達には使わないものなの」の一点張りで、とうとう丸め込まれてしまった。
『友達』とは、もしかしたら、面倒くさい関係なのかもしれない。
ただ、あの時独りぼっちだと言うリンに友達にならなれると言ったのは自分だ。
孤独は、辛くて悲しいもの。
友達が出来たら孤独ではなくなる。だが、辛い、悲しいという感情がどう変化するのか、はたまた、その思いは変化せず、結局友達がいる意味はないのか──それらのことはわからなかった。
そんなことを考えていると、視界の片隅で何か光るものを見つけた。そちらに目をやると、どうやらアクセサリーショップらしく、店頭ディスプレイには可愛らしい銀の首飾りが置かれていた。
「光ったものの正体はこれか……」
雨に濡れた草花が太陽の光を受けているかの如くきらきら輝いているそれ。
──リンの白い肌にはよく似合うだろう。
ふと、そんな考えが思いついた。
「……」
リンがまだ遠くまで行っていないことを確認して、店の扉を開けた。
「あら、どこへ行ってたの?」
手早く済ませたからか、リンがいる場所はさほど変わっておらず、手に持っている袋を見て、「ああ、レンもお買い物してたのね」となぜか満足げに頷いた。
「……そろそろお茶にし……ない?」
やはり敬語を使わないのは慣れない。かなりしどろもどろだ。
リンはくすっと笑って、「そうね。少し喉も乾いたし」と賛同してくれた。
カフェは市場の通りにあるのに、中はそんな事実を忘れさせるほど静かだった。気まずい静けさではなく、落ち着く静けさ。店員に案内され、奥の門のスペースに腰かけた。
「いいカフェね……ふふ、気に入ったわ」
アイスココアを2つ頼んでから、袋を差し出した。
「なに、これ」
「……開けてみて」
袋からケースを取って開け「……わ、銀の首飾りだ……」と小声で呟く。
「友達になれた記念に、あげる。……まあ、リンにとっては安っぽいものかもしれないけど」
「そんなことないわ! 今まで見た中で一番綺麗でかわいくて、貰った中で一番嬉しい」
その言葉が嘘ではないことは、表情ですぐにわかった。
そこまで喜ばれるとは想定外で、少し戸惑う。
「……それならいいんだけど」
結局、素っ気なく返してしまう。
リンはそんな思いさえ見抜いてるかのように小さく笑い、「ありがとう」と言った。
その日の夕方、無事部屋まで送り届けた際、リンは「もしできるなら、毎日午後一時にこの部屋に来てもらえない? 暇で仕方ないの」と言った。
どうせ鎌にリンの容態を伝えなければならないし、今の仕事が終わらない内は新しい仕事も入ってこない。断る理由はなかったので、二つ返事で了承した。
それから少し経った日の深夜。鎌が仕事を持ってきた日と同じように、開けた窓の枠に腰掛けていた。
「特に何の問題もなさそうだな」
一週間に一回、死神は鎌に対象者──死に逝く者のことだ──の状態や起こったことなどを報告する。出会ってから今日までのことを掻い摘まんで伝えると、夜の闇と同じくらい黒いローブを纏った鎌は、「娘は死ぬことに対しての恐怖がない。執行は上手くいきそうだ」と答え、薄ら笑いを浮かべた。
「上からは、今月中ならいつでもいいと言われてる。執行日はいつにするんだ?」
上というのは鎌を統べる大鎌のこと。天界で一番偉いというわけではないが、かなり上の位だったはずだ。
「今月中って……あと二週間で終わりじゃないか」
そして、死神のもう一つの仕事は──対象者が死に逝く日を決めることだった。
「文句は上に言ってくれよ。まあ、そんなわけで、今決めて欲しいんだけど」
「ほんと急だな……」
未だに執行日を決めるのは苦手だ。もう少し生きていたいと懇願されたこともあれば、苦しさのあまり早く死なせてくれと言われたこともある。どうすればいいのか、答えは見つからないまま。
「……」
目を閉じれば、頭にいろんなリンが思い浮かぶ。太陽のように明るい笑顔、機嫌が悪そうな顔、青白い肌、痩せていて細い手。
『最近、具合が良くない日が続くの。進行が早まってるんですって』
そして、ぽつりと呟かれた言葉。
……今月いっぱいまで生き長らえさせることは、リンのためになるのか?
違う。そんなのリンのためにならない。ただただ辛いだけだろう。今まで散々見てきた、死期まで苦しんでもがいてる人々を。リンにはそんな思いをさせたくない。
「……今日から丁度一週間後、午後一時にしよう」
──リンにとって、残された時間とは幸せなものなのだろうか。
絞り出すような声で告げたとき、そんな考えと共に胸が誰かに掴まれたような感覚がした。
鎌を持てない死神の話【前編】
初めての投稿です。
作品自体は去年当たりに書いたものです。
ピアプロに登録したのに何も投稿してなかったので、最新作を投稿してみました。
誤字脱字等あるかもしれませんが、温かい目で見てやってください……
なお、pixivに投稿してるものと同じ内容です。
この曲が大好きで、自分なりに解釈して書きました。ぜひ聞いてみてください!
本家様→https://www.nicovideo.jp/watch/nm6630292
この作品はピアプロ・キャラクター・ライセンスに基づいてクリプトン・フューチャー・メディア株式会社のキャラクター「鏡音リン・レン」を描いたものです。
PCLについて→https://piapro.jp/license/pcl/summary
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まふまふ
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