1:長女と俺


 突然だけど、俺の家族の話をしようと思う。
 別になんてことはない、ちょっと変わってるけど、ごくごく仲がいい家族だ。
 まぁ、多分、どこの家にも一つや二つ、他人に言えない秘密くらいあるもんだろう。
 俺たち「加賀峰家」も、そういう意味では普通、なんじゃないかな。


***


「かーがみねっ!!」

 放課後の廊下に響く声。
 俺が振り返るより早く、半分体当たりみたいな勢いでクラスメイトに背中をどつかれた。
 痛い。視界がチカチカした。ちょっと殺意を覚える。
 ……もうお前らなんかクラスメイトA&Bで十分だ。

「何すんだよ!」

 思いっきり不機嫌そうな顔と声の俺に、全く悪びれた様子もなく、AとBは興奮気味にとある雑誌を差し出してきた。
 ヤングなんちゃら、とかいう、俺らが読むにはちょっと早いかなっていう漫画雑誌。

「これだよこれ!すげーよな!」
「うっわ……」

 そいつらが見せ付けてきたのは漫画じゃなくて、巻頭のグラビアページだった。
 まぁ、俺だって健康で健全な一中学生男子ですから、水着のオネーサンにドキマギしたりするわけですよ、一応。

 ……それが実の姉じゃなければ。

「この全国大学ミスコン覇者、加賀峰流歌って、お前の姉ちゃんだろ?」
「美人だしスタイルよすぎだろ!」

 ルカ姉、水着は拒否ってるって言ってたけど、ついに断りきれなかったんだろうなぁ……。
 写真の中で曖昧な微笑を浮かべた美しすぎる姉の心中を察して、俺はため息をついた。

 長女、流歌。20歳。響音女子大の2回生。
 身内の俺から見てもとにかく美人で成績優秀、フツーの神経の男なら声をかけることすらためらうだろう。
 反面、結構ドジで不器用なところもあるんだけど、それはまぁルカ姉の名誉のためにも秘密にしとく。
 確か前に、推薦されて出る羽目になったとかいう大学のミスコン、ついには全国制覇してしまったわけか。
 優勝者は雑誌で巻頭水着グラビア掲載とかなんとか、落ち込んでたもんなぁ……。

「高等部のミク先輩といい、リンちゃんといい、お前んちの遺伝子どうなってんだよ!」
「ハイスペックすぎ!腹立つわ~!マジ代われ!レン!」
「とりあえず泊まりに行ってもいいかハァハァ……」

「断る!!!」

 最後のほうには身の危険を感じ、俺はヘッドフォンで周囲の雑音をシャットアウトした。
 姉三人のせいで、こんな会話は日常茶飯事。
 最初は姉を褒められて誇らしく感じたもんだけど、こうも過剰な嫉妬や羨望が続くと鬱陶しいだけだった。
 そんな末っ子の俺の胸のうちなど露知らず、とことんわが道を行く姉たち。
 音楽が、歌だけが俺の癒しで憩い……なんつって。
 その「歌」も、俺たち「加賀峰家」にとっては、ちょっと独自の意味合いを帯びてくるのだけど。
 それはまた、別の機会に。

「レン待てよ~うらやましいぞチクショー!」
「姉ちゃんたちの写真か動画撮ってきてくれよー!」

 クラスメイトの泣き言、恨み節、断末魔を背中に感じながら、俺は家路へと向かう。

***


「レンくん!今帰り?」
「ルカ姉!」

 家に続く上り坂の手前で、渦中の人、ルカ姉とばったり出くわした。
 うーん、改めて見ても、やっぱり他の追随を許さない美人だ。
 あのグラビアのような困った笑顔じゃなくて、身内にだけ見せる満面の笑顔。
 スラッとした長身に、腰までのストレートロングヘア。
 立っているだけでその場の空気まで変えてしまうような、神々しいまでの存在感。
 ……両手に握りしめているエコバック×2が不似合いな生活臭を漂わせてしまっているのが残念なところだけど。

「そっち持つよ」
「ふふっ、ありがとレンくん」

 今日は午後の講義が休講になったとかで、一度家に帰ってからスーパーに買い物に行ってたんだとか。
 そうか、今日の晩飯当番はルカ姉か……うーん、これは手伝ってあげないと。
 ルカ姉の料理はなんというか、いつも、何か、惜しいんだよな。

「あ、そういえばアレ、見たよ。ヤングなんちゃらのむぐっ」
「きゃあああ!」

 やっぱり話題はこれになるよな、と例のグラビアの話をしようとしたら、思いっきり口を塞がれた。
 ルカ姉、動揺しすぎ。耳まで真っ赤だし。茹蛸状態。

「どっ、どっ、どうしてレンくんが知ってるの!?」
「いやどうしてって、あれ全国販売の雑誌だしクラスの連中に見せられて……」
「そっ……そんな、どうしよう……あんな露出の多い姿を……」

 どうしようって、そんな今更……。
 俺からしてみれば、いつもよりちょっと、ルカ姉の周辺が騒がしくなるかなって程度の認識だったんだけど。
 いつものように断りきれなかったんだろうけど、本人のこの自覚のなさが、弟としてはちょっと心配だ。
 自分が美人すぎることとか、異性にモテまくることとかに、驚くほど無頓着なのだ、このひとは。
 まぁ、自覚しまくって大いに有効活用している次女は次女でどうなんだろう、とは思うけどね、弟としては。

「もっ、もし……万が一、あんな姿、カイトさんに見られでもしたら……!」

 あー……なるほど。そういうことか。
 ちょっとだけシューン、と。俺の中で何かがしぼむのを感じた。
 ルカ姉的に、自分のグラビアがその他大勢に見られて何言われてもやっぱり無頓着なんだろうけど。
 アイツに。モテまくるルカ姉に男っ気がさっぱり無い原因となっているアイツに。
 見られてしまうかもしれない、ってことだけが、彼女をこうも動揺させているわけだ。
 でもルカ姉……得たいの知れないアイツのことだから、多分もうフラグは立ちまくってるはずだよ……

「やあレンくん!ルカちゃん!買い物帰りかい?ところでこれ、よく撮れてるね!」
「いやああああああ!!!」

 ……ね?やっぱり。
 どこからともなく現れた長身のシルエット。得たいの知れないアイツこと、家の近所に住んでる魁人兄さんだった。
 ひょっとしてわかっててやってるのかなと疑いたくなるけど、カイトさんは例の雑誌の例のグラビアページを開けてニッコニコしている。
 ルカ姉はというと、顔面を手のひらで覆ってしゃがみこんでしまった。うーん、うなじまで赤い。

「さすがルカちゃんだね!うすうす感づいてはいたけど、見事なナイスバディだ!おっと、これってセクハラかな?」
「セクハラです。……ってかカイトさん、その辺でやめたげて。ルカ姉が恥ずか死する」
「おっと……どうしたんだいルカちゃん、そんなとこで真っ赤になって」

 言うや否や、カイトさんはルカ姉の腕を引いて立たせると、そのまま自分のおでこをこつん、とルカ姉のおでこにくっつけた。

「○×△☆★■!!??」
「うーん……熱いなぁ。ルカちゃん、風邪でもひいた?ほら、こんな時期に水着とか着るから!」
「やーめーろっつってんのに!」

 俺は額に青筋を浮かばせながら、べりっとカイトさんをルカ姉からひっぺがす。
 ルカ姉に熱があるとしたら、全部アンタのせいだよアンタの!!
 てかいっぱいいっぱいだったみたいで、ルカ姉、ただいまショート中。
 そんな姉をかばうようにしながら、俺はカイトさんを見据える。
 一見さわやかなイケメンだけど、どうにも笑顔の裏に何か隠してるかのような、胡散臭さは何なんだろう。
 これは単に、姉三人が揃いも揃ってこの人に片想いしてるってことが気に食わないっていう身内の嫉妬心だけが原因じゃない気がするんだ。
 正直、面白くないっちゃ面白くはないんだけど、弟としては。
 自慢の姉が、こんなもさっとした近所のお兄さんに振り回される様を見てるのは、さ。

「ごめんごめん!でも、そんなに照れることないのに。写真のルカちゃん可愛いよ。もちろん、本物はもっと素敵だけどね」

 キラキラキラキラ……とか擬音がつきそうな超絶爽やかなイケメンスマイルでさらっと言い放つカイトさん。
 この人、やっぱりわざとなんじゃないかな……俺は口元を引きつらせながら観念した。
 マジで、ルカ姉、この人のどこがそんなにいいの?何年もずっと、片想いするくらいに。

「とにかく、風邪なら栄養のあるものたくさん食べて早く治さないとね!ところで、今日の加賀峰家の夕飯は?」
「あ、あの……カレーの、つもり、です」

 ちょっとだけ復活したルカ姉が、俺の背中越しにか細い声で答える。

「カレーかぁ!いいね!僕も大好きだなぁカレー!」
「あの……よろしければ、カイトさんも、一緒に……」
「えっ!?いいの?やったね!何かごめんね催促したみたいで」

 ……いやちゃっかり催促してましたよね、今。よだれぬぐいましたよね、今……。
 やれやれとルカ姉を振り返ったら、気合入れるみたいにぐっと両こぶしを握り締めていた。
 カイトさんとご飯!頑張るぞ!と、その顔が語っている。
 張り切っちゃってるなぁもう。空回りしないといいんだけど……。

「そうと決まれば早く行こう!ささ、ルカちゃん、レンくん、早く早く♪」

 カレーでテンション上がるって子供かよ……俺も嫌いじゃないけどさ。
 俺とルカ姉の手からエコバックを掻っ攫って、三歩前を足取り軽く進むカイトさんに、俺は苦笑した。
 結局何故か、三人で加賀峰家の門をくぐるハメになったんだった。


 つづく


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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加賀峰家の三姉妹(&俺)~1:長女と俺~

長女ルカ、次女ミク、三女リン、長男レンによる「加賀峰家」の日常。ほのぼの家族パロディ小説(予定)

閲覧数:387

投稿日:2013/03/12 01:42:31

文字数:3,858文字

カテゴリ:小説

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