「でっかく育ったなぁ…」
「僕より大きくなっちゃったねー」
夏休み目前の日曜日栄野家の庭先では京助がホースで水をまき悠助がそれを手伝って(邪魔して?)いた
「こないだまで双葉だったと思っていたのにもう花咲きそうでやがんの」
栄野兄弟が『大きくなった』といっているのは初夏に悠助が植えた向日葵のことで鉢には【ヒマ子さん】とかろうじて読める悠助のミミズ文字で書かれていた
「それはアンタが世話してなかった証拠でしょう?」
背後から母ハルミのごもっともな意見が飛んできて後頭部に容赦なくグッサリとつき刺さった
京助の母、ハルミは一見おとなしそうでおっとりしているような印象の大和撫子風の日本美人だがその性格は日本男児顔負けである
女手一つで兄弟を育てているということもありかなり気が強く結構口も悪く人使いも荒い
「部活だか補習だか知らないけど休みの日くらいは家の手伝いはやってもらうわよ?水まき終わったら境内の拭き掃除お願いね? 掃き掃除は緊ちゃんがやってくれているはずだから」
「…ヘイヘイ…;」

ゴン

京助の後頭部に今度は缶ジュースが勢いよくめり込んだ
「…返事はハイと一回気持ちよく!! …水まき終わったらそれ、緊ちゃんにも持っていって拭き掃除の前に一服しなさい」
挙句躾にも厳しい…が優しい所はきちんと優しかった
「京助たんこぶ?」
後頭部を抑えてしゃがみこんでいる京助の頭を悠助が泥だらけの手で笑いながら撫でている
足元では京助が手放した暴れホースでコマとイヌが水をかぶりながら遊んでいた
「ったく…; あー痛ぇ…」
立ち上がった京助は再びホースで水をまき始める
悠助も小さな自分のじょうろに水を入れて【ヒマ子さん】にかけている
「綺麗に咲くといいな」
ある程度水をまき終えた京助はホースを片付けながら悠助に声をかけた
「明日に咲く? 明後日? 僕早くヒマ子さんの咲いたところ見てみたい?」
「来週中には咲くんじゃねぇかな…ホラ、蕾開きかけてるし…ブッ!!;」
と京助がヒマ子さんに顔を近づけたときいきなり強い風が吹き京助はヒマ子さんの頭突きを顔面で受けた
「…今日は…首から上に注意報発令か?;」
後に缶ジュース、前にヒマ子さんの頭突き…朝っぱらから災難が頭だけに降りそそいでいた


「もうちょっと静かに着地できなかったんですか? 結構風起きちゃいましたよ?」
「出来ないこともなかったがな…どんくさい輩のことだ気にも留めぬであろう」
緑豊かな栄之神社の中で最高樹齢の御神木『しんちゃん(悠助命名)』の中枝から微かに聞こえる会話
「まったく…迦楼羅はそんなだから階級高いのに子ども扱いされるんですよ」
【迦楼羅(かるら)】と呼ばれた目つきの悪い少年(?)はムスっとしてもう一人の少年を睨んだ
「ワシに指図するな!!」
迦楼羅が声を張り上げるとその髪についていた赤玉の飾りがはずれはるか地面へと落ちていった
「大体! 乾闥婆はあーだこーだいちいちこまかいのだッ!!」
迦楼羅に【乾闥婆(けんだっぱ)】と呼ばれた少年はしれっとした顔で
「迦楼羅が大雑把過ぎるんですよ。ほっといたら食事もしないじゃないですか」
と言い放った
どうやら二人とも落ちていった飾りのことは気づいていないらしく口げんかに夢中になっていた


悠助と共に緊那羅がいる境内へとやってきた京助は御神木の葉がやけに落ちていることに気が付き近づいて上を見上げた
「…さっきの強風で飛んだんかなぁ…」
葉の間から夏の日差しが射し地面に微妙な文様を作っている
「…さっき掃いたばっかりだっちゃのに…;」
独特の『~ちゃ』(キンナラムちゃん語/命名坂田)を語尾につけ、ため息混じりに緊那羅が境内の方からやってきた
片手に箒を持ち片手で悠助の手を引いている
緊那羅が栄野家に居候するようになって一週間が経過していた
あの演劇部のような服ではさすがに目立つということで京助の服を着ている
ここの生活にも慣れてきて『働かざるもの食うべからず』という母ハルミの一言で神社の手伝いをするようになったらしい
「…掃きなおさないと駄目だっちゃね…これは」
「僕も手伝うー!!!」
緊那羅が箒を持ち直しザカザカと葉を集め始めると悠助も手で葉をかき集め始めた
「ストーップ!」
とそこに京助が割って入り緊那羅の頬に缶ジュースを付ける
「暑い中ご苦労サン、ここらで一服してくれって母さんが」
「一服…」
緊那羅は缶ジュースを両手で受け取ると上から下から…色々な角度から不思議そうにそれを見た
どうやら開け方がわからないらしい
「京助、コレ…」
「あぁスマン、こうやって開けるんだ」
カシ、と京助がタブを起こして開けてみせると緊那羅もタブに手をかけた
「緊ちゃんのファンタ(グレープ)だね」

ブシー!!

悠助の声とともに感の中身が勢いよく噴出し小さな虹ができた
見事ファンタ(グレープ)まみれになった三人は髪から雫を滴らせながら顔を見合わせた


「…緊那羅いつから水出せるワザできる様になったんでしょう」
その様子を見ていた乾闥婆が小首をかしげる
「あれは…出したというよりは…あの筒から勝手に噴出したともとれるがな」
迦楼羅が枝に座ったまま答える
「しかし…緊那羅にも困ったものだな…役目を忘れ、挙句馴染んでいるとは…」
迦楼羅の右前頭部に【怒】マークの象徴である血管が浮かんでいた
「落ち着いてください迦楼羅もうしばらく様子見ることにしましょう? 緊那羅だって何か考えがあってこうしているのかもしれませんし…」
乾闥婆があつくなった迦楼羅をなだめる


「!!……」
「緊ちゃん?」
何かに気づいたように突然御神木を見上げた緊那羅に悠助が声をかけた
「…いや…なんでもないっちゃ…」
気のせいだと自分に言い聞かせるように緊那羅が呟いた
「こりゃ風呂はいらねぇと…ベタついてしょうがないな;」
ベトベトする髪をかき上げて京助が言った
「緊那羅、悠、先入って来い。俺掃いててやっから」
緊那羅から箒を取り『ホレホレ』と手でいってこいと合図する
「じゃぁ…いくっちゃ悠助」
「うん」
緊那羅が手を差し出すと悠助は嬉しそうにその手につかまって歩き出す
その姿を見送った後京助は箒を動かし始めた

コロコロ…

「お?」
どう聞いても葉っぱを掃いた時の音とは違う何か丸い物が転がる音がした
京助は掃くのをやめ足元に目をやると木漏れ日を浴びて光る赤い小さな玉を見つけた
ふさふさした毛(?)のようなものが付いていて宝石類に全く興味の無い京助にも結構な価値があるということがわかった
「…落し物…高そうだなぁ…なんでも鑑定団にだしてみっか…」
冗談にも本気にも聞こえる言葉を呟くとその玉をハーフパンツのパケットに入れ再び箒を動かし始めた
「京助、代わるっちゃ」
甚平を着た緊那羅が小走りでやってきた悠助の姿は無い
「もう入って来たのか? ってかまだ髪乾いてねぇじゃん」
「暑いしいいっちゃ」
ポニーテールにした髪から水が滴っているのを絞りながら緊那羅が笑う
「京助、頭にハエとまってるし足からアリ登ってきてるっちゃ」
緊那羅に言われて足を見ると三匹のアリが登ってきていた
ソレを片足で払うと
「んじゃ、バトンタッチな」
「ん、了解だっちゃ」
箒を緊那羅に渡すと京助は駆け足で家の方向に向かっていった

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無幻真天楼【第二回 届け恋の光合成①】

悠助が植えたヒマワリが大きくなってきたそんな初夏の朝の事

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投稿日:2012/03/11 20:15:14

文字数:3,020文字

カテゴリ:小説

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