6
「はーい。あ……あなたが。お待ちしてました。……どうぞ」
「……失礼します」
チャイムを鳴らしてしばらく待っていると、疲れきった様子の、けれどきっちりと化粧をした女性が出てきて、そう俺を中へと招き入れた。
知らない家に入るのは、やっぱ緊張する。友だちん家って……言えるかどうかさえ微妙だし。
その人に連れられ、廊下の向こうにある居間へとやってくる。
壁際には小さな台が置いてあり、そこには小さな仏壇があった。
「……っ!」
覚悟していたはずだった。
だけど、それを視界にとらえただけで、金縛りにでもあったみたいに動けなくなってしまった。
仏壇の手前には、写真がたくさん飾られている。
ライブハウスで歌っている写真。
カラオケかどこかで、四人で集まっている写真。
楽屋でメイク中の写真。
どれもが楽しそうに明るい笑顔を振りまいていて、その表情は俺の記憶とは似ても似つかない。
けれど確かに、そこに写っていたのはみくだった。
彼女は、彼女は――。
俺と出会う数日前に、すでに命を落としていたのだ。
俺が話していたのは、いったい誰だったんだろう。いや……なんだったんだろう。
ゴースト?
亡霊?
マボロシ?
……なんだっていい。俺は確かに、みくに会った。
……会った、はずなんだ。
みくは恐らく、自分がすでに死んでいることに気づいていた。
だからこその“ゴーストルール”だった。
――ルール1、他人がいるところでは、僕をいないものとして振る舞うこと。僕に話しかけたりすることも、当然禁止とする――。
――ルール2、他人には、いかなる理由があっても僕の話題を持ち出さないこと。これは僕がその場にいる、いないを問わない。僕との会話もまた、他者に話してはならない――。
――ルール3、僕に触れようとするのも禁止。絶対ダメ――。
恐らく、その場でとっさに考えたルールだったんだろう。
じゃなきゃ、他にもルールがあったはずだ。視線についてや、みく自身の言葉を無視することについてなんかも。
――これは、僕のためのルールじゃないんだし――。
――そのうちわかるから――。
あのルールは、みくのためのものじゃなかった。
唯一みくのことが見えている、俺のためのルールだった。
俺が、みくの見えていない周囲の人々に奇異に見られないためのルールだったのだ。
そう考えてみれば、ルールについて話したくなかったのもうなずける。
ゴーストルールについて話すということはつまり、みくは自分がすでに死んでいるのだと説明しなければならない。
そんなの、できるわけない。
「あなたは……みくのバンド仲間だったのかしら?」
「まぁ……そんな、感じです」
俺とみくの関係なんて、俺自身うまくわかっていやしない。彼女の母親の言葉に、曖昧な返答をするしかなかった。
「そうなんですね。バンドをやってる方々は……なんというか、独特な方が多いんでしょうか」
「? それは……」
「なんというか……。お葬式でもすごい服装で、ああいうのって、パンクとかいうんでしょうかね? それで、式の最中もくすくす笑ったり……。すみません。あなたのことをどうこうというわけではないんですが……」
「……いえ」
こぶしを握りしめる。
なんだそれ。
みくのバンド仲間って、そんなやつらだったのかよ。
その話を聞いて怒鳴り散らしたくもなったが、母親にそんなことをしても仕方がない。母親は被害者の方だ。
「すみません。……俺、彼女の最近の仲間は知らなくて。亡くなったのも、ついこの前知ったばかりで」
母親はあわてて手を振る。
「いいのいいの! バンドに一生懸命だったんだけど、あの人たちを見てたら、みくは幸せだったのかなって思っちゃって。ごめんなさいね、こんな話……」
「あまりうまくいってなかった、とは聞きました。でも、そこまでするようなやつらだったなんて、俺も知らなくて」
「……そう。やっぱり、そうなのかしらね」
みくがバンド仲間とうまくいってなかったこと、母親はなんとなくでも気づいていたみたいだ。
「どんな……最期、だったんですか?」
おそるおそる、俺はそれを切り出す。
「なにがあったかも、よく……知らなかったんです」
一番知りたいこと。
だけど、知ってしまうのが恐ろしいこと。
母親は息を飲むと俺をまっすぐに見て、それからやがて視線を落とした。
この人にとっても、あまり触れられたい話題ではないのかもしれない。
「あ……思い出したくないなら、別に」
「いいのよ、大丈夫。あなたみたいな人には、ちゃんと話しておきたいから。……みくのためにも」
そう言うものの、気が重そうにため息をつく。
「みくは……車に轢かれたの。運転手は、スマホでゲームをしてて、それに気をとられてみくに気づかなかった。ブレーキの跡は、みくを轢いて十五メートルも走ってからだったのよ……」
母親は涙の浮かんだ目元をぬぐい、感情を抑えてみくの写真を眺める。
「あの子の部屋もまだ残してあるのよ。……よかったら、見ていって」
「それは……でも」
「……お願いよ。そのために残してあるんだもの」
「はぁ……」
みくに悪い気がして、遠慮しようと思ったのだが、そこまで言われてしまっては断るに断れなかった。
――その部屋は、なんというか違和感が付きまとっていた。
入ってすぐは「こんな部屋にいたんだな」と思った。けれど、なんていうか、みくについてほとんど知らないはずの俺にさえ感じる、みくの部屋とは思えないなにか。
その理由は、すぐにわかってしまったけれど。
7
その部屋には、色んなバンドのポスターが貼られていた。
けっこう大きな棚は、CDや楽譜なんかで埋まっている。だが、そのラインナップはなんというかこう……バンドの系統に節操がない感じに見える。
「それじゃ、ゆっくりしていってね。私はリビングにいるから」
「あ……はい」
みくの母親はそう言って出ていってしまう。
「……」
俺はどうしたもんか、と椅子に座って天井を見上げた。
『……バレちゃったね』
「うおっ!」
急に声が聞こえた。
その声でわかる。みくだ。
振り返ると、いつの間にかベッドに寝ころがったみくがそこにいる。
ついさっきまで、誰もいなかったはずのそこに。
「お前……黙ってたんだな」
『そりゃ、言っても信じてくれないだろうし。僕だって……信じられないのに。死んだはずの僕が、こうやって存在してるなんてさ』
みくは意外なほど簡単そうに言う。
自分が、もう死んでる……なんて。
『なんかね。あの日からあんまり自分がわからなくなってきてるんだよね。なんか、自分を保てないって言うか、希薄になってるって言うか……油断してるとみーくんにもすぐ見えなくなるんじゃないかって感じ』
「それって――」
みくははかなげに笑う。
『――うん。みーくんと話せるのも、できてあと一回くらいじゃないかな。なんとなく、なくなっちゃうのがわかる』
「……」
『もー。そんな顔しないでよ。悪かったってば。変なルール押しつけたりしてさ』
……いや、そうじゃなくて。
「なんで、そんななんだよ」
みくは平然としている。
そりゃ、はかない雰囲気をまとってはいるけれど。でも、自分が死んでるって自覚してるわりには、落ち着きすぎている気がする。
『そんな……って?』
「ショックじゃ……ねーのか?」
『うーん。ショックかどうかって言われたら、確かにまあショックではあるんだけど』
みくは肩をすくめる。
『自分の行動の結果だから、しょうがないよね』
「え?」
それは、どういうことだ?
……え?
「ちょっと……待てよ。ドライバーがスマホいじってたから、車に轢かれたんだろ? みくの行動の結果なんかじゃ……」
みくは首を振る。横に。
『それは、順序が逆だよ』
「逆?」
『そう。逆。ドライバーがながら運転してたから僕が轢かれたんじゃない。ながら運転をしてるドライバーを見つけたから、僕は飛び出したんだ』
「それって、つまり――」
『――そう。僕は自殺したの』
言葉が出なかった。
それくらいの衝撃だったっていうのに、当の本人は相変わらずあっけらかんとしていて、それが余計に俺を困惑させる。
どうして、なんてことないみたいな顔でそんなことが言えるんだ?
『これでもびっくりしたんだよ? あわてて、泣き叫んでさ……。でも、そんな僕に誰も見向きもしなくて、肩を叩こうとしてもすり抜けちゃう。誰にも気づかれないゴーストになったなんて……冗談、みたいな話だってさ』
「じゃあ、なんで俺には見えてんだよ」
『僕にもわかんないよ。霊感強いとか?』
「いや……知らねーけど」
『誰にも気づかれないって思ってたから、あのときも周りのことなんて気にせずに歌ってたんだ。みーくんが僕のこと見えてるってわかったときの衝撃! みーくんにはわかんないだろーなー』
「後悔とか……ねーのかよ」
俺の声は、みくと比べたらかなりテンションが低かっただろう。
『んー。ないっていったら、そりゃ嘘になるよ』
「じゃ――」
『――でも、たとえやり直すチャンスがあっても、やり直したいとは思わないな。特に……母親の姿を見てたらね』
「え?」
『この部屋、おかしいって思わなかった?』
「それは……なんとなくだけど」
『でしょ。昔ギターかじってたならわかると思った』
みくはにやっと笑って見せる。
「なんか、バンドやってたわりには、バンドならどこのCDでもポスターでもいーのかよって。この部屋、このバンドが好きだったんだなーっていうのが伝わってこねー感じ」
『おっ、いーとこに気づくね。でもそれじゃ半分』
「半分?」
『そ、半分。この部屋、綺麗すぎるでしょ』
そう言われて、改めて部屋を見回す。
「掃除くらいは、母親がするだろ。別に変じゃない」
確かに、綺麗に片付けられてる。でも、本人のいなくなった部屋を保つために、それくらいのことをするのが変なこととは思えない。
『……違う違う。綺麗すぎるのは、ポスターのことだよ』
「……ポスター?」
確かに、バンドのポスターは綺麗に貼られている。だけど、それがそんなに変なこと――。
「あれ? 色あせてもないのか?」
ようやく気づいた事実に、みくはうなずく。
ポスターが色あせてないってことは、昔から長いこと貼ってあるポスターがないってことだ。
気に入ったポスターなんて、そうそう貼り変えるわけがないのに。
『よく見てよ。貼ってあるポスター、最近のばっかりでしょ』
「え? ……それって、まさか――」
好みのバンドさえわからないCDのラインナップ。
最近のものだけをかき集めたみたいな、真新しいポスター類。
それから導き出される解答は、恐ろしいものだった。
「……嘘だろ?」
『僕が生きてたとき、この家には……僕の部屋なんてなかったよ』
みくはうつむいて、首を横に振る。
みくの言葉が、俺の想像は嘘なんかじゃなくて、事実なんだと肯定していく。
『ひどいよね。僕が死んでから、あの人はやっと母親のふりをしだしたんだ。理不尽に娘を奪われた、悲劇のヒロイン気どって。みんなに同情してもらうために、わざわざこんな部屋までつくったんだから、たいしたもんだよ。……僕には、親らしいことなんて、なにもしてくれなかったのにね』
「……」
『ドライバーを訴えるらしいし、ニュースで取り上げられて一躍有名人。損害賠償でお金も手に入る。僕が死んで、あの人は内心喜んでるよ。いなくなってくれた上に、大金をせしめるチャンスまで手にいれたんだからね。……こんなことなら、他の方法にすればよかったな。スマホのながら運転は確かに悪いことかもしれないけど、数千万円もぼったくられなきゃいけないほどとは思わないし』
どこか遠くを見ながら、みくはそう言う。
そんなことまで考えてるやつが、なんでこんなことになってんだよ。
「なんで……なんで、んなことになるんだよ」
『……そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。初めに言ったじゃん。僕の……自業自得なんだってさ』
「そんなの――」
――このクソみたいな親のせいだろ。
俺の親も大概だと思ってたが、それより何倍もひどい。
『ね。スマホ持ってる?』
「は?」
みくの話が急に飛ぶ。
『いいから。持ってたら出して。早く』
「なんだよ……」
しょーがねーな、なんて思いながらしぶしぶスマホを取り出したと同時に、背後の扉が不意に開いた。
「……ッ!」
「あら。話し声がすると思ったら、電話してたのね」
『――ダメだよ。僕のことが見えてるのはみーくんだけだし、なに言ってもあの人には通じない。みーくんの話の証人は僕だけ。もう、死んだ人しかいないんだから』
だけど、それじゃあ。
……そんなことを言おうとしたことも、みくはお見通しだったらしい。
『ゴーストルール、忘れちゃダメだよ』
そう言うと、俺が視線をそらした一瞬のうちに、みくの姿は消えてしまう。
「……? どうかしたの?」
「……いえ、妙な電話だったので、混乱しただけで――」
わざわざスマホを出させてまで作ってくれた、せっかくの言い訳だ。使わせてもらおう。
「すみません。ちょっと行かなきゃいけない用事ができたので、失礼します」
「え? お菓子の用意ができたんだけど……」
一応、精いっぱい申し訳なさそうな顔を作っておく。
「すみません」
あんたと一緒になにか食べるなんて、吐き気がする。
「急ぎの用事ならしょうがないわね。それじゃあ、また来てね。あの子も……喜ぶだろうから」
「……わかりました」
二度と来ねぇよ。
ここに来てもみくは喜ばない。俺は、誰よりもそれを知ってる。
彼女自身の意志があればこそ、俺はあんたにゃ言わないけどな。
そして、俺はさっさとみくの家から出た。
みくの母親とは、これ以上一秒だって一緒にいたくなかった。
出てすぐ、その辺の塀を思いきり殴り付けた。鈍い痛みに、拳がすりむけて血が出ていたけど、そんなのなんてことなかった。
なにかしてやりたい。
なのに、なんでこんなに無力なんだろう?
ゴーストルール 6・7 ※2次創作
第六、七話
第五話の引きから、実はこういうことでした、という回です。
こういうどんでん返し的な流れって、書いてみると改めて「難しいな……」と思い知らされます。
五話までのなんでもなさそうな会話の中に、実はこれが伏線になってたんだ! というのをうまくいれたかったんですが、あまりうまくいっているような気がしませんね。
読んで下さった方が「なるほどね~」くらいに思ってくれればいいのですが……。
たぶんハートフルものというか、感動もの系でこういうネタってあるんでしょうけれど、全然知りません。むしろ、参考にしたのは映画「シックス・センス」とかゲーム「コールオブデューティ ブラックオプス」です。
我ながら「どうしてそこから持ってきやがった」と思ってしまうラインナップ(笑)
うまいどんでん返しのあるミステリ・サスペンスは結構好きなんですが、どうも耐性ができてしまったのか、小説を読んでいても「なんじゃそりゃ! そーゆーことだったのか!」とはならず、「は―なるほどねぇ。そんなめんどくさいことよく考えたなー」となってしまいます。
他者の想定を横からぶち抜いていく、そんな発想ができるようになりたいものです。
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