「っと、ここだよな」
ミクが在学していた当時の担任、始音カイトに話を聞いたところ、結構簡単にミクの住所を聞き出せた。個人情報の管理が甘いともいえるが、中学一二年生が悪用することはないと思われたのだろう。
「確かに標札は初音になってますね」
ピコが標札の文字を指でなぞる。厚紙にマジックで書かれた安っぽいものだ。元担任の話では、追っかけやパパラッチなどが来て家族に迷惑がかかるかもしれないからという理由で、ミクは中学卒業と同時に仕送りと芸能活動の収益で一人暮らしを始めたらしい。いくら芸能人とはいえ高校生の一人暮らしなら安いアパートが精いっぱいといったところなのか。
「でも、誰もいないみたいね」
インターホンに反応がないことを確認し、リンが腰に手を当ててため息をついた。
「芸能人は仕事が不定期だし、仕事中かしら。せっかく土曜日の午前中に来たのに」
「何かの収録かもしれないな。たねぴこ、ちょっと調べてくれるか? 生放送か公開録画ならいつ頃終わるかわかるだろ」
「だからそのあだ名やめてください」
ぶつぶつ言いながらも、ピコは空中に画面を立ち上げ、情報を検索した。インターネット上では情報へのアクセスに端末は必要ない。もっとも、情報量が多く意識して検索しないと他の情報に埋もれてしまうので、発信者側は周りの注意をひくためにあえてテレビ番組や雑誌などの形態で発信する場合もあるが。
「あ、ラジオの生放送みたいですね。今番組につなぎます」
「――今日はゲストの初音ミクさんがお休みのため、代わりのゲストをお迎えして――」
ラジオ音声が語りはじめた。
「なんだ、やっぱり休みなんじゃないか」
なら何故家にいないのだろう、と、レンは首を傾げた。
「……まさか中で倒れてたりしないですよね」
ピコがふと、隣にいるレンに聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「ちょっと! 不吉なこと言わないでよ!」
リンが声を張り上げた。突然の大きな声に、レンは耳を押さえる。リンの強い声質は、大音量で聞くと耳にキンキンとくる。
「リン、近所迷惑だろ!」
「だってたねぴこが……」
「でも、仕事休みなら家にいる可能性が高いでしょう。それなのにインターホン押しても反応ないし」
ピコはもう一度インターホンを押した。インターホンはむなしく部屋の中に反響する。
「ま、まさか。留守なんじゃないのか。ほら、この間マネジャー殺されたばかりだし、第一発見者だし、事情聴取かカウンセリングか、そんなところだろ」
「でも、本当に倒れてたら困るわよね」
リンに言われて、レンも少し不安になった。
「中にいるなら多分鍵かけてないだろうし、ドアノブ捻ってみて開かなかったら留守ってことで、確認してみるか」
どうせミクは中にいないだろう、と、思いながらも、どこかでこのドアが開いてしまうような不安を抱きながら、レンはゆっくりとドアノブに手をかけた。
そして――予感は「二つとも」的中した。
つまり――ドアは開いたが、そこには誰もいなかった。
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