マスターは、ずるいと思う。俺が何にも言わないのに、どうしてだかみんなお見通しで。
俺が嬉しくなることを当たり前みたいな顔でしてくれて、そのくせ、それが俺にとってどんなに嬉しい、特別なことかは知らないで。
あぁほら、今も。『手伝いの御礼』なんて、俺はただマスターといたかっただけ、俺のためにしたことで、手伝いなんて呼べるほどのこともしていなくて……なのに、『御礼』なんて。

顔が真っ赤になっているのが自分でもわかって、てのひらで覆い隠した。そんな俺を不思議そうに見るマスター、
貴女は、やっぱりずるいです。



食事の支度は、基本的には俺がやらせてもらってる。『基本的には』ってことは例外があるわけで、それは例えば今日みたいに、早い時間からマスターが家にいる時だ。こういう時は、マスターと俺とふたりでキッチンに立つことになる。基本的にはマスターの口に入るものは俺に作らせて欲しいけど、これはこれで悪くない。
――だって並んで夕飯作りとか、『新婚さん』みたいで! もうっ!!

「何を身悶えてんの、カイト。包丁危ないよ?」
「はっ、あぁごめんなさい、ちょっと夢見てました(妄想的な意味で)」
「うん、何となくわかった。飽きないよねぇカイトも、うち来て1年以上になるのに」
呆れるでもなく、楽しそうにマスターは言う。けどマスター、それはちょっと聞き逃せませんよ?
「俺がマスターに飽きるとかありえないじゃないですかっ!」
拳を握る勢いで力説する俺に、マスターは ぱちりとまばたきひとつ。
「うんいや、じゃあ、『慣れないよね』?」
ふふ、と小さく笑いながら、小首を傾げて訂正してくれる。――あぁもう、貴女って人は。
貴女が夢中だったシード(仮)なんかより、その仕草の方がよっぽど悩殺的ですからっ!



 * * * * *

何だか言葉がないらしいカイトの横で、ボウルの挽肉を捏ね合わせる。並んでキッチンに立つなんて、調理はともかく後片付けで毎日(一日二回ないし三回を、毎日)してることなんだけど。
きっちり毎回、嬉しそうなんだもんなぁ。まぁ私は私で、それが嬉しかったりするわけだけど。末期的かなー。
思いはすれど、別段それで不都合もない。幸せだからいっか、ということにして、ボウルの中身へ気持ちを切り替えた。



食卓に並ぶ、オムライスにハンバーグ。今日の夕飯は しーちゃん歓迎の意も籠めて、ちびっこも好きそうなメニューにしてもらった。主食はアイスだけど私達の食べる物にも興味はあるようだったし、少し試してみてもらおう。
当の主役は、テーブルの上に設えた席で若干眠そうだ。買い物帰りにバッグの中で寝入ってしまって、食卓が整うまで眠りっぱなしだったからなぁ。それでも目の前の料理には鼻をひくつかせて、食べる意欲はあるみたい。さて、どうかな?

「おいしー、ですー」
口に広がる味わいに、目も覚めたらしい。大きな瞳をきらきらさせて、口いっぱいに頬張っている。
美味しい、と素直に喜ばれて、作ったカイトも満更でもなさそうだ。
「ふふ、良かった。アイスも後で食べようね」
「あいす! わぁい、あいすもー」
口の周りをべたべたにして、ますます嬉しそうに にこにこする姿は、本当に無邪気で愛らしい。
……うん、やっぱり。内心ひとつ頷いて、私は大事な話を切り出した。

「あのね、……考えたんだけど」
開いた口から出た声は、少し緊張していた。
「名前、なんだけどね。『サイト』は、どうかな」
「なまえ……さいと、です?」
「花が咲く、の『咲人』。……気に入らない?」
花のように種から生まれた子、花が咲き零れるように笑う子、初めて見た花に魅了されていた子。……そして実は、あの衝撃の『ポップ□ックキャンディ攻撃』からの連想でもある。『炸裂』の『サク』であり、『弾ける→火花→花→咲く』でもあり。
「さいと……はい、ますたー。さいと、さいとですー」
ふにゃり、と。あぁ、やはり柔らかな花のように、サイトが笑う。――良かった、気に入ってもらえたようだ。
花のようなサイト、ずっと弾けるように元気なサイトでいてくれますように。
「じゃあ、改めて。我が家へようこそ、サイト。これからもよろしくね」



その後は、皆でデザートのアイスを食べて。初めての外出で疲れたのか、単純に幼いからか、またうとうとし始めたサイトに合わせ、早いけれど今日はもう休もうか、ということになり。
――まぁ予想通りと言うか、そこでまた一悶着あるわけですが。

「やー、ますたーとねるですー!」
「いやサイト、危ないから、ね。ほら、サイトのベッドだよ?」
「ますたーとねるですー!」
あぁあ泣き声になってきたよこの子、困った……せめて子猫サイズくらいなら危険度も低そうなんだけどなぁ。
昼間作ったベッドを片手に、宥めすかしてみるけれど効果なし。どうしよう……と、思っていたら。
「ふぅん、折角マスターが作ってくれたベッド、いらないんだね? じゃあ俺がもらっちゃおうかなー」
ひょい、とベッドを手にとって、カイトがにやりと笑ってみせた。それも、とびっきり意地悪な顔をして。
ちょっと待ってそんな顔できたのカイト、初めて見たんですけど!

「使わないならいらないよね? いいですよねマスター、マスターが一生懸命作ってくれたの、俺がもらっても」
驚きのあまり凍りついた私に、カイトは大袈裟な身振りをつけて訊ねる。
「やー! だめです、さいとのー! かえすです おおきいのー!」
「だって使わないんだろう?」
私が何を言うより先にサイトが慌て、意外そうな声を作ってカイトが返し、
「つかうです、さいとのですー! ますたー、さいとにくれたー!」

――あぁ、やってくれたよ兄さん。

使う、と思わず叫んだサイトに、カイトは再びにやりと笑う。
「それなら、」
ちょい、と指先でサイトを摘み上げ、逆の手の上のベッドに乗せて、
「ほら、行くよ。もう眠たいんだろう?」
後はもうサイトに反駁の暇を与えず、ゆるりとマフラーを靡かせて自室へと歩き出した。
「おやすみなさい、マスター」
そう言って見せてくれたのは、いつも通りの微笑みで。



「……びっくりした……」
ひとり残ったリビングに、ぽつりと漏れた呟きが落ちる。
そうか、カイトもKAITOだもんな。『お兄ちゃん』の振る舞いもできたのか。
驚愕の波が引くと、じわじわと口元が緩んできた。――そっか。それにしても、

びっっくりしたぁー。



 * * * * *

――なんて、マスターが思っていた頃。そんなことは知らない俺は、自室でサイトと攻防中だった。
「おろすです ゆーかいまー!」
「誘拐魔とか人聞きの悪い、俺にそんな趣味はありません」
俺が攫いたいのはマスターだけ……と、幼子に言うのは流石に自重。マスター、俺 頑張ってます。

フローリングの上にサイトが乗ったままのベッドを降ろし、途端に駆け出そうとする襟首を捕まえて、
「なんですこれ、なにするですーっ」
マットレスに元通り乗せ直し、素早くベッドごと食卓カバーで覆ってしまった。食卓カバーっていうのはあれだ、残り物の皿とかに虫が寄らないようにするレースの傘みたいなの。
「こんなこともあろうかと、今日行ったモールの100円ショップで用意しておいたんです。諦めるんだね、そこから出たってドアは開けられないんだから」

念の為にドアに寄りかかって腰を下ろし、万一抜け出した時の対応も万全にして、俺は瞼を下ろした。サイトがまだ何か言ってるけど、このマンションは結構防音が整ってるから、マスターの安眠を妨害することはないだろう。じきに眠気に負けるだろうし。

明日の朝御飯は何がいいかな。おやすみなさい、マスター。

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  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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KAITOful☆days #06【KAITOの種】

マスターが可哀想…! 騙されてるよマスター、兄さん全然いつも通りだよー!
…すみません、作者自らツッコまずにはいられませんでした。折角マスター感動してたのに台無しだよ兄さん。

最近キャラクターが暴走気味で困ってます。特にカイト。貴方に暴走されるとKAITOの原型がなくなる恐れがあるので止めていただきたい。
前回『次は兄さん視点』とか言ってたのに途中マスター視点になったのも、全てそこが原因です。話が進みやしねぇ…!

しかし漸く種っ子に名前が付けられました。長かった…ごめんよサイト。ちなみに名前の意味はマスターの言った通り。『咲人』と漢字を当てはしたけど、多分この先はカタカナ表記で統一の予感。ちなみにプロットで既に1回、カイトとサイトを打ち間違いました。いつかやるとは思ってたけど早すぎだろorz
他にも幾つか候補はあったのですが…と、スペースが足りなくなりそうなので、ブログの方で語りたいと思います。お暇な方はお付き合いくださいませ~。

ブログ『kaitoful-bubble』(PIAPRO連載小説の進捗報告や設定話などを載せていく予定です)
http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

*****

【KAITOの種 本家様:http://piapro.jp/content/aa6z5yee9omge6m2

 * * * * *
2010/07/25 UP
2010/08/30 編集(冒頭から注意文を削除)

閲覧数:215

投稿日:2010/08/30 21:14:51

文字数:3,182文字

カテゴリ:小説

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  • 秋徒

    秋徒

    ご意見・ご感想

     どうもこんにちは。しーちゃんもとい、サイト君命名おめでとうございます!

     最後、兄さんが相変わらずの兄さんで安心しましたww うちの兄さんはどうも博愛主義と言うか、誰にでも優しいので、マスター一筋の兄さんが大変美味しいです(*´∀`*) しかも一緒に料理してくれるとか、それなんて言う理想郷?← 我が家にも一人ほしいです(切実

     まだまだこの調子だと仲良くなるのが遠そうで安s…、ゲフンゲフン!ドキドキハラハラですね;← 次回も楽しみにしてます!

    2010/07/26 16:39:11

    • 藍流

      藍流

      こんにちは、コメントありがとうございます!
      漸く名前が出せましたー! 気兼ねな上に 文中ずっと「しーちゃん」or「シード(仮)」だったから書き辛かったので、私が一番喜んでますw

      秋徒さんのところのカイトさんは、確かに博愛主義な感じですねー。思わず「さん」付けしたくなる感じです。私は秋徒さんの兄さんが素敵だと思いますよ! ウチの兄さんに爪の垢を分けていただきたいw 『甘い愛を、君へ』の時とか、KAITOに土下座気分でしたもん。こんな純真無垢な兄さんもいるのに、ウチはアレですみません…!とw あれ、ウチの兄さんなら両手を広げて大歓迎ですよね…。

      サイトとカイトの関係は『仲良く喧嘩』を目指しますが、どうなろうと兄さんの「マスターは俺の!」が無くなる事はありませんのでw そこはご安心いただいて宜しいかと。
      次回も宜しくお願いしますー!

      2010/07/26 21:53:00

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