僕はレン。
家族構成は父、母、そして僕と双子のリンの合計四人。まあ村でも典型的な家族構成だと思う。
でも何故か僕とリンは、小さい頃から他の子供達に虐められたりからかわれたりしてきた。
彼等が言うには、僕達の家族は呪われているらしい。
赤い女に、呪われているらしい。
「何なんだろうね、いつも思うけど」
すっかり慣れっこになってしまったその悪口にリンがそんな疑問を持ったのだって、飽きるくらいに繰り返された事だった。
だけどだからって興味が薄れるはずもなくて、僕もリンの目を見て首を傾げる。
「赤い女…やっぱり知らないね」
「だよねぇ…父さんが昔フった女の人とかかなあ」
「まっさか、あの父さんにそんな甲斐性ないない」
「うん、目茶苦茶母さんの尻にしかれてるもんね」
結構酷いことを言っては二人で笑う。
買い物の帰り道、日が山にかかるような時間帯だから世界は優しい赤に染まる。
赤い女、っていってもこういう赤ならあんまり悪くないかも。…まあ呪いとか言う以上、何であれ良くはないんだろうけどさ。
「じゃあ何かな」
「それはわかんないよ、僕神様じゃないし」
子供達と対照的に、村の大人達は大体僕とリンには優しい。まるで壊れ物を触るみたいに接してくる。
そして父さんと母さんにはどこか距離を置いている。まるで忌んでいるかのように。
なんでだろう、と考えなかったわけじゃない。
でも大人達は――父さんと母さんも含めて――全然教えてくれないし、最近は考えても仕方ないのかな、って思うようになってきた。
と、僕が少しぼうっとした事に気付いたのかリンが顔を覗き込んだ。
「私と話してるのに他の事考えてないでよ!」とでも言いたそうな不満げな顔が妙に可愛い。
吹き出しそうになって、慌てて堪える。
だって、ここで笑ったらリンは確実に不機嫌になって、最悪口を利いてくれなくなる。それは嫌だから。
「レーン?」
「う、ごめん。で、でもさ、なんか話を聞き出す手段は無いのかな?このまんまじゃ僕達、もやもやしたままになるよ」
「もやもや、気持ち悪いよね」
「うん、僕も嫌だ」
「んー、何か無いかなあ…」
リンは少し考え、ぱっと顔を輝かせた。
「あっ、そうだ!盗み聞きしちゃおうよ!」
「盗み聞き?」
リンはこういう時本当に頭が良く回る。
じゃあ平常時は、と言うと…
…うん、成績はあんまり良くない。成績、っていう点からは僕の方が良い評価を受けていたりする。
でもそれはさておき、確かに発想は良いけど、それはあんまりやっちゃいけない事なんじゃないか?
僕の顔から言いたいことを読み取ったらしく、リンは少し決まり悪そうに唇を尖らせた。
「だって、悪く言われてるのは私達なんだよ?理由が分からないのにけなされたままでいるなんて変だよ」
「…成る程」
それは確かにそうだ。
僕は込み上げてくる笑いを堪えないで、繋いでいたリンの手をぶんぶん振った。
「リン頭良い!それで行こう!」
「だよね!何でもっと早く思い付かなかったかなあ」
幸いな事に――悪いことに、と言うべきかもしれないけど――大体夕飯前とかの奥様達のお喋りタイムでは一度は僕等の家の話題が出るらしい。母さんが頻繁に愚痴っているから、僕達も知っている情報だ。
蓋を開ければ一軒だけ家が離れているから最初から変わり者として見られている、程度の理由かもしれない。
でもとにかく聞けば分かる、そう思って僕とリンは奥様方が集う十字路近くの家に忍び込んだ。
生け垣があるから、目立つ金髪の僕達も隠れやすい。
なんだか、隠れていると段々ドキドキしてくる。
待ち遠しいっていうか、焦らされているこのもどかしい感覚が逆にわくわくした気分を高めているみたいだ。本当は褒められる事じゃないんだって意識もそれに加勢しているかもしれない。
隣でリンも今にも弾けそうな笑顔で生け垣にくっついている。ちらっと見た目線が合って、声を立てずに笑い合う。
僕等は共犯者。
一緒に悪い事をして、一緒に秘密にしておく。買い物も生物はなかったし、帰りが遅れた言い訳は後で二人で上手く考えれば良い。
僕だけじゃなくてリンも同じ事を考えているのが手に取るように分かった。
―――双子ってみんなこうなのかな。こんなに通じ合うものなのかな。
もしそうなら少し残念だけど、今は僕等が特別なんだって事にしておいて満足感を壊さないようにする。
息を殺してじっと待っていると、段々人が集まってくるのが分かった。
声で誰か分かるかと思ったけどそうでもない。沢山の声が混じり合うせいでいまいち区別がつかない。
しかも洗濯とか仕事とか、初めはそんな話ばかり。
少しがっかりしたけど慣れてくると意外とそういう話も面白くて、僕とリンはどうにか声を聞き分けられないか、話の続きを聞けないかと生け垣に必死に耳を押し付けるようになっていた。
やがて、不意に話題が変わる。
「リンちゃんとレンくんは今日も元気だったわねえ」
僕の耳が言葉を拾う。遂に話題が僕達の事に移ったらしい。
リンに視線で合図を送ると、リンは無言でこくりと頷いた。どうやら把握していたようだ。
「ねえ。本当に健気に」
「何にも知らないのよね、きっと」
「そりゃそうよ。あの母親が教える訳ないじゃない」
「そうよ、絶対教えないわよ、彼女なら」
僅かに声が潜められる。
でもその声は十分に聞く事が出来て―――…
「あの二人は拾いっ子なんだ、なんてね」
拾いっ子。
結構衝撃的な単語の筈だけど、不思議にすんなりとその言葉は僕の中に浸透してきた。
僕は自分達が愛情たっぷりに育てられたと思っている。でも心の奥の方を探ってみれば愛情と噛み合わない物を感じてもいた。
何だろう―――作られた不自然さ、とでも言うのかな。
でも、だからといってそこから導かれる答えを丸呑み出来るわけでもなかった。
だって、僕達と父さん母さんは、本当の家族じゃない、なんて。普通はそんなお話みたいな事がある訳無いんだから。
「正しく言うなら『奪いっ子』でしょ」
「カイトさんもカイトさんよ。罪だって知ってる癖にミクさんを強く諌めもしないでねえ」
「そうね、愛してるなら無理矢理にでも自首させるべきよ」
―――自首!?
飛び出した聞き捨てならない単語に僕は目を見張る。
どういう事だろう…つまり母さんは、僕とリンを誰かから奪って来たって事?
自首…なら、母さんはしてはいけない事をしたって事だ。
…でも、何を?
勿論母さんがなにかしたんだって確かめた訳じゃない。冷静に考えたら、真に受けるなんて馬鹿げてる。
なのに、僕の中で何かが囁く。
『それは本当だ』と。
耳打ちしてくるのは直感だろうか。それとも、経験だろうか。
或は、どちらでもなくて―――
気になって、横目でリンを見る。
微かに眉根を寄せた顔で、リンは僕に向かって声を出さずに唇だけを動かした。
僕は読唇術なんて持っていない。
でも、何を言ったかはすぐに分かった。
『やっぱり』
やっぱり?
やっぱりって何、リン…?
「だからあのひとも怒って当然なのよ」
「そうよね…自分の子供をとられたんだもの」
それ以上聞いていられなかった。
何か知っているリン。そのリンは、この噂話を否定しなかった。
リン、何を知ってるの?
胸がざわめく。リンが知っているのは良い事の筈がない。良い事なら、リンはすぐに僕にも教えてくれただろうから。
でも知りたい。
リンが知っていて僕が知らないなんて嫌だ。それが良い事でも悪い事でも同じ。
寧ろ、悪い事なら余計に知りたかった。リンが一人で抱え込むことなんて無い。
僕の顔を見て、リンが目で合図をくれた。
―――教えてあげる。レン、こっち。
僕はリンの後について、そっとその場を離れた。
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Re:sui
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