僕がメンテナンスを続けている間、彼は、一言も喋らなかった。
パソコンのモニターには、彼のマザーコンピューターと身体の情報が表示されていた。
一通り終わり、彼の背中から情報伝達用ケーブルを抜き取った。
「はい。終わったよ。とりあえず、コンピューターには異常はなし。バッテリーの容量も不凍液も十分。」
「ありがとうございます。」
彼は一応、愛想のよく返事をし、制服を着始めた。
しかし僕は今、彼の体の検査をしているうちに、あることに気がついたのだ。それは、
ミクと体の構造が同じということだ。
いや、体型こそミクより少し背の高い少年なのだが、彼の体は、ミクと同じ人工皮膚、人工筋肉で構成されており、その中にハード類が搭載されているというものだった。
これは、戦闘用に改造する前のミクと同じだ。
僕はミクを戦闘用として作ったわけではない。だから、五感もあり、感情もあり、人と区別がつかない姿をしている。それは今も同じ。僕は彼女を兵器というものにしたくはなかったから。
だが、純粋に兵器として作られた彼が、なぜミクと同じ体をしているのだろうか。感情も、五感もある。
前にも同じ疑問があった。タイト、キク、ワラさん、ヤミさんだ。
タイトとキクは僕が戦闘用にしたのではない。おそらく兵器開発技術局が独断で行ったものだ。なのに人間らしい部分は昔と何一つ変わっていなかった。
ワラさん、ヤミさんも、今目の前にいる彼と同じ疑問を投げかけてきたのだった。
兵器開発技術局で、このようなことをする人間がいるだろうか。
いるとすれば・・・・・・・・・いや、そんなはずはない。
彼はもう、何年も前に死んだはずだ。
「それでは、ありがとうございました。」
緑色の髪をした少年、ミクオ君が椅子から立ち上がった。
「あ、ああ。お大事に。今夜は、がんばってね。」
「はい。」
彼が部屋を出て行こうとしたそのとき、ドアの向こうから小走りで走ってくる足音が聞こえてきた。
「・・・・・・。」
気のせいだろうか。彼が静かに笑った気がする。
足音はドアの前まで来ると、ドアをスライドする音に変わった。
「ひろ・・・・・・。」
ミクだ。ミクは僕の名を呼びかけて、その場に立ち尽くした。
「ああ、ミク。帰ってきていたんだね。」
ミクはミクオ君をじっと見つめている。
まさか、警戒しているのだろうか。あれほど人懐っこいミクが。
「やあ、こんにちは。ミクさん。僕は初音ミクオといいます。」
「・・・・・・。」
彼はそんなことはぜんぜん気にせず短い沈黙を破った。
というか、なぜ彼はミクの名を知っているのだろうか。
「任務のことはもう聞いたよね。今夜はよろしく。君と一緒に飛べることを楽しみにしているよ。」
「君が・・・・・・あの。」
警戒しながらも、ミクはミクオ君との会話に応じた。
「そう。」
「じゃあ、格納庫にあった翠の翼は、君の?」
「そうだよ。」
「・・・・・・。」
話を聞いていると、どうやらミクも今夜の任務に参加するみたいだ。
「それと、突然言うようだけどさ。」
「うん?」
「君は僕と同じだね。」
「それは、どういうことなんだ・・・・・・。」
「一緒に飛べば分かるさ。」
僕は、その何気ない言葉に深い意味があることを察した。
やはり、彼は、ミクのことを知っている。
「じゃあ、失礼しました。網走博貴博士。それと、FA-1、いえ、雑音ミクさん。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
ミクオ君は捨て台詞のようにそれだけ言い放つと部屋を出ていった。
ミクはいつまでも彼が出て行ったドアを睨みつけていた。
「・・・・・・どうしたんだいミク。ミクオ君がそんなに気にいらなかったの?」
「いや・・・・・・別に。」
ミクは僕の方を向いた。
「ひろき・・・・・・。」
「えっ。」
ミクが僕の膝にまたがってきた。そして、僕をぎゅっと抱きしめた。
僕からすることはあったけど、ミクからこうされるのは初めてだった。
「どうしたの、ミク。何かいやなことでもあったの?」
「ひろき・・・・・・わたしのこときらってない?」
「えぇ?」
どうしたんだろう。ミクがこんなことを言うなんて。昨日は空母に泊まったらしいけど、何かあったんだろうか。
「わたし、ひろきのきらいな戦争も、人殺しもした・・・・・・。だからひろきにきらわれているんじゃないかって。ずっと、思ってた。」
僕は唐突なミクの言葉に、猛烈な切なさを感じていた。
確かに、戦闘時に起こる破壊衝動にあおられ、幾つもの殺戮を行ってきたミクの心は、既に傷だらけかもしれない。
ミクの心の痛みが、僕にも伝わってきた気がした。
「今は・・・・・・しょうがないよ。でも、あと少しだから。あと少したてば、ここから出られて、自由になれるよ。そしたら、また二人で暮らそう。」
「・・・・・・うん。」
「それまでは、我慢しよう。」
「うん。」
「僕はミクのことが大好き。ミクがいてくれれば、それでだけで構わないから・・・・・・。」
僕は自然とミクの頭をなでていた。このミクの傷だらけの心を癒してやれるのは、僕だけだ。
でも、ミクには今夜また、任務がある。
そこでどんなことが起こるかわからない。
戦闘が起こるかもしれない。
僕だって、辛い。
それでも、ミクとこうしている時だけ、安らぎを得ることができるんだ・・・・・・。
俺はアーチ上の発光天井を見つめながら、ソファーに深く腰を下ろしていた。
ここはリフレッシュコーナー。水面基地の隊員達の憩いの場所だ。
ソファーのほかにテレビ、売店などがある。
この先、数日間分は雪峰がいるため俺達のスケジュールに空白が目立つようになっていた。俺以外にもくつろいでいる隊員は多い。
それに俺は、今のうちに体を休めておかなければならない。
なぜなら、今夜、また任務があるからだ。
格納庫で見た例の機体・・・・・・あのパイロットである三人のゲノムパイロットと、一機のアンドロイド。それらをある目的地まで護衛する任務を先ほどブリーフィングルームで言い渡された。
しかし、その「目的地」というものが、今の俺には到底信じがたいものなのだが・・・・・・。
あくまで内容だけで、本格的なブリーフィングは任務前に行うらしい。
昨日のこともあり、それまでは休憩を取ることができる。が、
「たっく、なんで俺がお前と店番なんかやらされるんだ。俺達ゃ今夜また任務だってのに。」
「しょうがないじゃん。今日はぼくと武哉の番なんだから。」
この基地は急造仕様のため、人員は必要最低限の数になっている。
従って売店の店員などは隊員たちが勤務時間外に行っている。
今日のこの時間は運悪く麻田と朝美の二人のようだが。
「つーか、暇なんだけど。客来ないし。」
「テレビでも見る?こっから見えるし、ほら、これ。」
「げ。お前それどこから持ってきた!」
「少佐の机の中。」
「バカてめ殺されっぞ!!」
「だって、ここのテレビ、天井から吊るしてあって手が届かないし、いつもニュースばっかやってるし。」
「とにかく、絶対そいついじるなよ!他のやつらもいるし・・・!」
「えー。」
まったく、いつもお気楽な二人組みだ。
今の状況では今夜の任務で何が起こるかわからないというのに。
気野はというと、俺の隣で足を組んだまま瞑想している。
気が合うのは確かだが、こういう雰囲気はどうもなじめない。
そのとき、
「やっ!ミクの部隊の人じゃん。」
「あ、ワラちゃん。ヤミちゃんも。」
「そうそう。買いたいものがあったんだ~♪」
殺音ワラと病音ヤミ。
この二人のことはよく知らないが・・・・・・。
一つ確かなことはタイトの部下、ということだ。
ワラはよく言えば明るく元気で前向きな性格、悪く言えばお調子者。麻田や朝美と似たり寄ったりだ。あとミクと仲がいいらしい。
ヤミは冷静沈着でヤミとは性格が正反対だが仲はそう悪くない。
一番タイトに忠実な部下といったところか。
それにしても紫の髪って、誰の趣味なんだ。
「・・・・・・うっ。」
一瞬彼女達の制服のミニスカに目が行ってしまった。自分が悔しい。
もっとも、一瞬でないやつもいるが。
そういえばミクも呪音キクも制服下はミニスカートだ。
それにミク・・・・・・あのままでは「危ない」。
「ハイこれ。」
「うわー全部苺のやつじゃん。」
「だって好きなんだもん。」
「ここのテレビ、ニュースしかやってないの?」
「ん?リモコンがあるからこれで好きな番組に」
「バカ!それを渡すな!!」
ああ、こういうやつらが集まると場所を問わず騒がしくなる。
俺は今夜すごい任務があるから少しは休ませて。
「よお。何してんだお前ら。」
「タイトさん♪へへ、キクは相変わらずべーったり。」
「むー・・・いいじゃん。べつに・・・。」
タイトとキク。この二人は常に一緒だ。
アンドロイド同士の恋愛なんて見たことも聞いたこともない、というが実際俺の目線数メートル先でそれは起こっている。
二人はソファーに腰掛け、いや、キクはタイトの膝に腰掛け、べったりくっついてイチャイチャと・・・・・・見ていられん。その周りから人が遠ざかっていくのが見える。二人の周りに何かオーラのようなものが・・・・・・。
「おや、貴方はソード隊の方ですか?」
突然真横から話しかけられた。聞きなれない声に、俺と気野が反応した。
そこには緑色の髪の少年と、一人の男がいた。
「そうだが、君は。」
「僕は初音ミクオといいます。今日の護衛任務で貴方達ソード隊のお世話になるものです。」
「・・・・・・。」
初音ミクオと名乗った少年はあの例の機体と同じ色の制服を着ている。
「というと、君がアンドロイドか。」
「はい。」
爽やかな表情で彼は答えた。
「ところで、そちらの方は?」
気野がいったのは、ミクオの隣で片腕を抱いている男のことだ。
一応男のようだが細い華奢な体躯に、女性的な顔、首元まで掛かるような髪で、一瞬女性と思った程だ。
しかし、暗い表情で下を俯いたままだ。
彼が、恐らく・・・・・・。
「彼がゲノムパイロットです。遺伝子操作で生まれた、最強のパイロット。しかし、生まれてまだ間もない上に、脳に情報を投入しすぎたため若干の言語障害と精神障害があります。ですが、任務に支障は、ありませんよ。」
ミクオは爽やかな表情のまま説明した。
やはり、ゲノムパイロット。朝美と同じ技術だ。
脳に情報を投入というのは、いくらゲノムパイロットでも生まれたばかりは赤子と同然であるため、戦闘機の操縦のために、戦闘機の操作、航空力学、その他の知識を脳内に埋め込んだ装置で無理やり記憶させることだ。
当然、脳もそれを想定して遺伝子操作で造られているわけだが、ほぼ半分の確率で何らかの障害が起こるらしい。
当然、過ぎたことをすればその確率は増す。
ゲノムパイロットは、日本では朝美が最初にして最初の成功例だが・・・・・・。
「確か、あと二人いたと思うけど・・・・・・。」
「ああ、彼らですか、後の二人は機体で今待機していると思いますよ。完全に量産向けで、感情や五感等がありませんから。」
「・・・・・・。」
量産型など聞いたことはないが、彼が言うのならそうなのだろう。
感情や五感がない、つまり完全に道具ということか。
「それじゃあ、失礼します。今夜のブリーフィングでまたお会いしましょう。」
「ああ。」
「・・・・・・いくぞ。」
隣のゲノムパイロットに冷たい口調で指示をすると、彼はリフレッシュコーナーから去っていった。
ふと俺は、周りが静まり返っていることに気がついた。
皆の視線が、ミクオとゲノムパイロットの去っていった方向を見つめていた。
皆も、今の話を聞いていたらしい。
息を殺して、俺達の様子を伺っていたのだ。
ゲノムパイロット。戦闘機に搭乗するために、遺伝子操作によって造られた、最強の人造人間。
戦うためだけに造られた、哀れな人間。
ああ、そうさ。
酷い話だ。
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