殺人鬼・結月ゆかりの日常 3
本当の都会とは違って、我らが街の高架下は全然賑わっていない。居酒屋やラーメン屋の店舗があるわけじゃなく、自転車置き場や資材置き場に使われているだけだ。駅前の盛り上がりが嘘のように人気が少なくなる。
歩いているうちに頭も冷えてきた。
私の胸の奥では自己嫌悪が渦巻いている。
マキさんのバンド仲間には悪いことをしてしまった。居合わせちゃったから仕方なく誘うようなタイプの人たちじゃないことを、私はマキさんから話を聞かされて知っている。それにアップロードする動画がないことはマキさんにバレバレだ。
自転車置き場を区切っている金網に手を掛ける。
指でなぞると金網がキシキシと音を立てた。
私にはマキさん以外の友達がいない。
生まれてこの方、できたことがない。
幼稚園児のときから、ずっとマキさんに構ってもらって生きてきた。小学校、中学校、高校……そして大学に進学してからも同じである。でも、たまに思うときがあるのだ。私みたいなやつが彼女の大切な時間を独占していいのだろうかと。
「……雨ですか」
鼻の頭に冷たいものがぶつかってくる。
私はニット帽を目深に被った。
雨脚はすぐに強くなって、雨粒のコンクリートを叩く音がやかましくなってくる。駅前通りの喧噪は完全に消え失せて、時折、頭上を通る電車の音が聞こえてくるだけになった。まるでテレビに映る砂嵐のように雑音が何もかも不明瞭にしている。
人気のない高架下を歩いていると、自分が都市の中心部にいることを忘れそうになった。
無数の雑居ビルが小綺麗なだけの廃墟に見えてくる。
コンクリートの濡れる匂いが鼻孔に広がっていた。
でも、そこに何か鉄臭いような匂いが混じっている。
ゴッ――
近くから聞こえてくるボーリング玉が投げ落とされるような音。
私は音のした方に振り返る。
そこは高架下によくある資材置き場で、鉄骨やコンクリートブロックの類が山積みになっていた。迂回路を案内する立て看板や、小型のショベルカーなどが寂しそうに夜明けを待っている。周囲は高さ二メートル半の金網に囲まれていたが、出入り口の金網ドアは半開きのまま放置されていた。
足下に壊れた南京錠が落ちている。
ブルーシートの被せられた資材の陰に向かって複数の足跡が伸びていた。
金網ドアを押し開けて、私は資材置き場の中に入った。
ガシャガシャと音を立てても、それは雨音と電車の通過する音にかき消される。
注意深く耳をそばだてていなければ、私の存在に気づくことはできない。
相手が極度の興奮状態にあるならなおさらだ。
資材置き場の陰にいたのは四人の男子高校生だった。
私服姿の三人が、仰向けに倒れている制服姿の一人を囲んでいる。
その組み合わせには見覚えがあった。
数時間前、駅前で見かけた四人組……否、三人と一人である。
私服姿の三人は引きつるような笑みを浮かべながら、倒れている制服姿の一人を無言で痛めつけていた。制服姿のやつは頭にビニル袋を二重に被せられており、私服姿の一人がスケートボードで頭を何度も叩いている。そのため、ビニル袋の中はトマトケチャップをぶちまけたように真っ赤で、折れた歯の欠片がビニルの表面に貼り付いていた。
そんな光景を目の当たりにして、私は瞬間的に沸騰する。
怖くて悲鳴を上げるのでもなく、動けなくなるのでもなく、全身が熱くなるのだ。
頭のてっぺんからつま先まで、あらゆる汗腺が開いているのを感じる。
こわばっていた筋肉が緩まり、温まって、今すぐにでも動かせる状態になっていた。
制服姿のやつは先ほどからピクリとも動かない。
私服姿の三人は不思議そうに、何度もそいつの体を痛めつけていた。
スケートボードの車輪が壊れて弾け飛ぶ。
「もう死んでますよ、それ……」
私は背後から声を掛ける。
三人の若者たちが振り返って、やっと目撃者の存在を認識した。
彼らが反射的に自分たちの顔を隠そうとする。
そのとき、すでに私はそいつらに向かって距離を詰めていた。
わずか五メートル。
一秒にも満たない間。
私は色々なことを考えていた。
マキさんにも話したことがない私の秘密についてだ。
彼女は田舎の学校は平和だ、都市部の方が危険だ……なんて言っていた。そんな風に思っている人は他にも大勢いるだろう。でも、田舎の学校にだって凶悪な犯罪はたくさんある。子猫が有刺鉄線で絞め殺されたり、クラスメイトを自殺に追い込んだやつが平気な顔で授業を受けていたり、病院長の息子が中学生を妊娠させてもなかったことにされたり、そんな吐き気のする下らないことがたくさんあるのだ。
田舎も都会も変わらない。
吐き気のするクズ人間は日本中、全世界、どこにでもいる。
そんなやつらを見てしまうと、私はいつもカッなってしまうのだ。
カッとなって殺してしまうのだ。
私はジャージのポケットから、愛用のバタフライナイフを取り出した。
手首のスナップを利かしてオープンする。
そうして、両手で顔を隠している男子高校生改めクズ人間の喉を突いた。
斜め下から鋭く突き上げて、ここでも手首のスナップを使って切り上げるのがコツだ。こうすると頸動脈を切断した瞬間、血液が斜め上に向かって吹き出すのである。返り血を浴びなくて済むし、何よりも一撃で相手を仕留められるから便利だ。
こういうやつらって、きっと今までに同じことを何度も繰り返してきたのだろうな。
警察の厄介になっても、これっぽっちも反省なんてしないのだろうな。
人殺しをしたことだって、あとで武勇伝として自慢しちゃったりするんだろうな。
吹き上がった血しぶきが、隣のクズ人間の顔に吹き付けられた。
怯んだ隙を突いて、私は同じ手順で二人目を処理する。
三人目は悲鳴を上げながら、私に背を向けて逃げようとした。三対一で袋だたきにしておきながら、自分が命の危険に陥ると逃げるだなんて虫が良すぎる。私は背後から飛びかかって、逆手に握ったバタフライナイフでそいつの首筋をかっさばいた。
最後に殺したやつの血がブルーシートにじっとりと吹き付けられている。
私はバタフライナイフに付着した血糊をそいつの服で拭った。
それから、できたての死体からスマートフォンを探って取り上げる。
救急車を呼んでも無駄なので、とりあえず一一○番に連絡しておいた。
高架下で人が死んでますよ、と。
「外の世界は本当におっかないところですね……」
私はスマートフォンを適当に投げ捨てた。
それがパシャッと血溜まりの中に落ちる。
これでも高校生のときまではそんな頻繁に殺さなかった。
私は自宅と学校を行き来する普通の学生だった。目につくのは校内の事件が大半で、それらの元凶を全部処理していたら、クラス一つ分は確実に殺していたと思う。当然、私の正体も簡単にバレていたはずだ。
その反動があったせいか、大学進学で都市部に引っ越して来てからは、カッとなる頻度も増えてきた。クズ人間が目につくことも増えた。私はそいつらを片っ端から処理しまくって、やりすぎて、そのうち部屋から出てくるのも嫌になって――
……そうだ。
最近の数ヶ月、私は誰も殺していない。
それなのに無差別連続殺人事件は続いている。
私しか知らない。
この街には殺人鬼が複数潜んでいるのだ。
「――ッ!?」
背後に気配を感じて振り返る。
極度の興奮状態で足音に気づけなかったのは私も同じらしい。
バタフライナイフを右手で構えて、左手でジャージの襟を引っ張り上げた。
懐中電灯の明かりがこちらに向けられる。
資材の陰から出てきたのは、どこからどう見ても見回りの警官だった。
年齢はまだ若い。交番勤務に回されたばかりといった雰囲気。
彼は私と死体の間で視線を行ったり来たりさせている。
半開きの口は何か言いたそうにぷるぷると震えていた。
「あ、あのですね?」
私は気がつくと、顔を隠したまま言い訳を始めていた。
「私は無差別連続殺人鬼とは違いまして、まあ、確かに殺人はやってるんですけど、私の場合は誰でもいいってわけじゃなくて、そりゃあ正義の味方なんて大それたことを言うつもりもないですし、でも、街のゴミ掃除くらいにはなってるんじゃないかって――」
あはは……。
言い訳が通じるわけないですよね。
「さ、さよならっ!」
「あっ、待ちなさい――」
私はきびすを返して殺人現場から逃げ出した。
金網を一蹴りで乗り越えて、ざあざあ降りの大雨に飛び込む。
全身ずぶ濡れになるのもお構いなしで、私はそのまま見回りの警官を振り切った。
×
翌朝である。
私は自宅のアパートで普段通りにノートパソコンに向かっていた。
薄紫色のジャージは雨に濡れてしまったので、現在は半袖のシャツ一枚きりである。
それから今になって気づいたことだが、シャツにはポップなロゴで『I LOVE DOGGY STYLE!』と書かれていた。替えのシャツが手に入ったら、こいつは早急に処分することにしよう。
昨晩の殺人事件については、深夜のニュースで早速報道されていた。
犯人は細身の若い女性であるといつになく強調されていた……というのも、今までは証言にバラつきがあったが、今回犯人を目撃したのは腐っても現職の警官である。必然的に一般人よりも信用された。
これで一気に加熱したのがネット上のやりとりである。
以前からまとめスレやら、まとめサイトやらは存在していたが、最近は事件が起こってもいまいち盛り上がらない状態が続いていた。ところが犯人が若い女性と分かった瞬間、ネット上のやりとりが始まったばかりのように……それ以上に湧き上がったのである。
犯人がバタフライナイフを所持していたことから、殺人鬼には『バタフライガール』という通称が付けられた。バタフライガールのイメージイラストを描く人や、ファンサイトまで現れる始末である。殺人鬼はわずか一晩でネットアイドルと化していた。
その一方、私がアップロードしたゲーム実況動画は相変わらず再生数が二桁である。
殺人鬼の方は簡単に有名になったのに!
でも、本気の本気でゲーム実況動画を作って、それが空振りに終わったら嫌だなぁ……。
私は林檎果汁の缶チューハイをあおる。
こたつ兼テーブルはアルコール類の空き缶が山積みになっていた。
ピンポンピンポンピンポーン!
やかましいインターフォンの音が聞こえてくる。
座椅子からのっそりと立ち上がって、私は玄関のドアを開けに行った。
「ゆかりちゃん、昨日は大丈夫だった? ――って、さけくさっ!」
「飲まずにやってられませんよ」
マキさんがこれ見よがしに自分の鼻を指で摘む。
彼女は昨日と違うパーカーとシャツを着ていた。
今度のシャツには『NO WIFE. NO LIFE.』と書かれている。
これは指摘するかどうか微妙な線だなぁ……。
「それに目のクマもすごいよ。徹夜で動画編集してたの?」
「……そんなところですね」
私たちはいつものようにこたつで向かい合った。
山積みの空き缶を前にして、マキさんがあからさまに引いている。
「昨日は平気だったの?」
「平気というのは……何の話ですか?」
「殺人事件だよ。ゆかりちゃんの帰り道に近いところじゃない?」
「そりゃあ、平気も何も――」
昨晩の殺人事件を起こしたのは私なのだ。
それに……たとえ無差別の方の連続殺人鬼に会ったとしても、私は一切負けるつもりなんてない。だって、そいつは私が最も嫌っているクズ人間の一人なのである。無差別に人を殺すなんて許せないことだ。
「マキさんの方こそ、気をつけてくださいね。外の世界はおっかないですから」
「またそれ? あーあ、私もお酒を買ってくるよ」
「大学の講義はどうしたんですか?」
「自主休講だよ」
マキさんは財布だけ持ってアパートから出て行った。
玄関のドアが閉ざされて、私は座椅子に体を深々と沈める。
マキさんは私には過ぎた友達だ。
可愛くて、優しくて、明るくて……だからこそ、怖い思いはさせたくない。
彼女にいつまでも、殺人鬼が出没するような街を歩かせたくはなかった。
私のような人間にだって、マキさんのためにできることがあるはずだ。
「……ありますよね?」
独り言に返ってくる声はない。
私は目をつぶって、マキさんが帰ってくるのを待った。
(おしまい)
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