[D区画 海エリア]
軽快に電車は進むが、それでも遅く感じてしまう。
ミクとリンは、レンを追うべく彼と同じ方向に移動中。フォンを見る限り、おそらくユキとミキを相手に戦っているのだろうが、仮に勝ったとしても…。
どうやら、グミとリリィも、レンたちの後を追っているようなのだ。しかも、自分たちよりワンテンポ早く。
…彼に待ち受けているのは、地獄の二連戦、かも、しれない。
急ぎたくてもこれ以上は急げない。全く、電車って不便だなあとミクは思った。
リンは落ち着かずに、ずっとうろうろしている。手の中にはフォン。時折、「レン…」とつぶやいたかと思うと、涙をうっすらと浮かべる。
「…うひゃあ!?」
不意にリンが変な声を上げ、続いてカタンという何かが落下した音。驚いたミクは敵かとすぐさまマイクを取り出すも、すぐにポケットからの振動を感じ、なんだ、リンちゃんがフォンの振動にびっくりして落としただけか、とほっとして……いや、別の緊張感を感じた。
…もし、脱落者メールで、しかも…それがレンだったら。
「…よかった…」
来たのは二件の脱落メールだったが、どちらにも「鏡音レン」の文字は確認されなかった。ミクの表情を見て、リンはその場にヘタッと座り込んだ。
ということは、彼はまだ一対二の不利な状況下でなんとか戦っているのだ。
がんばって。心の中でそう思うことしかできない自分が、少し悔しかった。
「…それにしても…」
ミクはフォンを見る。自分がこのゲーム内で負けたと言える唯一の相手の名前を見て、ミクは目を細めた。
明らかにルカ姉は私を狙ってる。…私以外を見てないと言ってもいいくらいに。実際、いろはちゃんと戦った後から、事あるごとに乱入してきた。
…やっぱりあの方ってのはルカ姉で、明らかに目障りである私をさっさとつぶそうとしてるんじゃないだろうか。でも…一体このゲームに勝利して、一体何の意味があるの?世界征服とか企んでいるのかしら…?
そういえば、ハク姉。このゲームが始まる前に名前が出たものの、それきり全く彼女の名を耳にしない。一体ハク姉は今何をしているんだろう…。もしかして、ハク姉があの方で…ルカ姉はその刺客とか…?
考え始めると、このゲームの真相については謎が深まるばかりだった。…結局は、戦って生き残るしか、真実を知る方法はないのか、とミクは思い直した。
車窓には青と青の境界線がきれいに映っていた。今まで命を懸けて戦っていたとは思えない平穏さ。ミクはまた別の思いを馳せた。そういえば私は、沢山の仲間を…。
だが、その時、ミクは何かの気配を感じた。それとほぼ同時に。
「『Leia・カバー』!」
どこからともなく歌声が聞こえた。これはルカ姉の曲、だけど声はルカ姉じゃない…!この声は…!
ミクが声の主を認識した直後、前の車両が巨大な音とともに爆発した。
「…っ!」
ミクとリンに容赦なく爆風が襲いかかる。そして電車はバランスを崩し脱線。
ガガガガガと、耳障りな金属音が響き、近くで火花が散り、更に砂煙があたりを取り巻いた。
「けほ…けほっ…!」
ミクはむせる。口の中は砂の味。目にゴミが入ったので目が開けられず、あたりがよく分からない。
「ミク姉!こっち!はやく!」
リンの声が聞こえた。そちらに顔を向けると、閉じた瞼からも光を感じることができた。
手で周囲を確認しながら慎重に進む。車体はもう原型をとどめていないのがなんとなくわかった。
ふと、手首に柔らかく暖かい感触。それがリンの手だと気付いた時には、強い力で引っ張られた。
「危ないっ!」
リンの声と同時に、
「『サイハテ・カバー』!」
またどこからか別の歌声。車体からミクは引っ張りだされ、直後にその車体は大破した。もし、リンに腕を引っ張られていなかったら…。
だがその大破の威力はすさまじく、再び発生した爆風は二人をいとも簡単に車体から追い払った。
「きゃあああ!」
リンから悲鳴が上がる。幸いあたりが草原だったこともあって、体を地面に打っても対してダメージはなかった。
ミクはすぐに立ち上がる。もう大体わかっていた。誰の仕業で、どこから奇襲しているのか。
「『StargazeR』!」
ミクは大空へ歌声をとどろかせた。そして光線は寸分の違いもなく空にあった鉄の飛行体へと飛んでいった。そして光線のその先――いつしかミクたちの前に現れたヘリコプターが、大破した。
ミクは目を細める。見えた。ヘリコプターから誰かが降りてくるのが。
「…あ!」
上空から降りてくる人影が誰だかわかったのか、リンが声を上げた。
「やれやれ、手荒い反撃してくれるものだね、これじゃあ僕たち帰れないじゃないか」
空からテトがかすかに笑った。
テト、そしてテイがミクたちの前に降り立った。
「…今度はなんだってのよ」
自然とミクの声は鋭さを持った。前回、私たちの戦いが激しさを増した時、こいつらは颯爽と現れた。でも今回は奇襲までしてきた。とすると。
「そんな殺気こもった口調で言われるのは困るなあ、」
それでも超人気ボーカロイドかい?とテトは特に表情を変えず、おどけたような調子を見せた。何か余裕を持った表情、とも取れるだろうか。
「まあ、この常軌を完全に逸した状態では、さすがの初音ミクも笑ってはいられないってことかな」
アイドルは、どんな状況でも笑うもんなんだよ、と付け加え、テトは二カッと笑った。
「…あんた、」
「待ってミク姉!」
ミクが動こうとしたのを、リンが止めた。
「あっちは煽ってきてるだけだよ。ここで感情的になったら…」
「分かってる」
ミクはリンの言葉を遮った。
煽られてることくらい、分かってる。…気になるのは、戦いにおいて中立的であるはずのこいつらが、なぜこんなことを言いだしたか、だ。
「…あんた、」
ミクはもう一度、繰り返す。
「私達と戦う気?」
「…だったらどうする?」
テトの目が、きらりと光ったように見えた。言葉としては煽っているのだろう。ただ、ミクは察した。…いや、確信を持った。
…多分ここで私を、いや私たちを、脱落させるつもりだ。
どうするか?…いや、決まってる。
「『moonlit bear』!!」
ミクは歌った。
「あはは、そう来なくっちゃ!」
不意打ちを予想していたのだろう、テトはすぐに動いた。
「さあて、実力を見せてもらおうじゃないのさ、天下の歌姫さんよ!」
「ええ、望むところよ!」
潮風が、戦いの火ぶたを切った二人に追い風をかけた。
「ミク姉…!」
助けに行こうと、リンはミクの元へ走り出す。
「横やりを、いれるの?」
「…え?」
リンの隣には、さっきまで黙っていたテイがいた。
「……」
しばらく、二人の目線がぶつかり合う。視線で交わされる駆引き。
「……」
先に視線を外したのはリンだった。ただ黙って、戦うミクの方を向いた。
テイもそれにならった。ツインテールが、ツインドリルが、揺れている。
「…でも、私もラッキーね」
「…は?」
テイが突然何か言い出したので、リンは変な声を上げた。
「だって、今こうして戦況を見てるのが、二人なんだもの…そう、」
一度目を閉じ、そして見開いた。
「三人じゃなくて…ね!」
「…っ!」
危険を察知したリンは、慌ててテイから距離を取った。
「ちょっと、悪い冗談やめてよ」
「…ええ、今のは冗談よ?」
冷や汗を流したリンと、表面だけの笑顔を保つテイ。再び、視線だけの会話が飛ぶ。
テイ…この状況下では…やっぱり。
リン…私たちの目的上…やっぱり。
二人はマイクを構えた。
「『ロストワンの号哭』!」
「『秘密警察・カバー』!」
あっちでも始まったのね。ミクは音でそれを感じた。
「よそ見してていいのかな?『リンネ・カバー』!」
テトは全くそのことは気にしていないようだった。自分の仲間の状態が気にならないのか、とも一瞬ミクは思ったが、考えるだけ無駄だと察した。
とにかく、今はこのテトに、何としても勝たなくては。
「『終点』!」
「あははっ!『チェックメイト・カバー』!」
テトは何だか楽しんでいる様子だった。
…何か余裕があるのだろうかと、ミクは一瞬いぶかしむ。…いや、相手が私である手前、もしかしたら本気で楽しんでいるのかも、しれない。
ならば。
「『妄想税』!」
ミクは自身の戦いに集中することにした。
「『千年の毒草歌・カバー』!」
「『3331』!」
激しい歌のぶつかり合い。それは周りの静けさを完全に抹消するほど。
「『アストロルーパー』!」
「『ローリンガール・カバー』!」
また、ぶつかり合う。
しかしミクは比較的余裕だと感じていた。今までみたく激しく動きながらの戦いではなく、ほとんどただの打ち合いであること。そして、
「…く!」
…威力は断然こちらが勝っていること。
劣勢だと感じているのだろう、テトは少しずつ後ろに下がり距離を取りながら戦っているのにミクは気づいていた。
「『ルシッドドリーミング』!『ゆめゆめ』!」
ミクは距離を詰め、テト自身を逃がさぬよう左右の逃げ道を封じる。波音がだんだん聞こえなくなってきた。攻撃のたび、テトのドリルの髪が揺れる。
一方テトはさすがに先ほどまでの余裕な表情は無くなった。が、まだ諦めてはいないようだった。
「…流石は初音ミク、一番名の知れ渡っているだけのことはあるね。光線の威力、精度…実験段階で歌っていた二人よりも、段違いだ…でも、」
「『ショットガン・ラヴァ―ズ』!」
ミクはテトの話を遮って歌った。今度は、テトのマイクめがけて。
それを察知したテトは素早くマイクを背中に隠すも、光線は腹にクリーンヒット。ずざざという砂の音のあと、テトは崩れ落ちた。
「残念ね。あなたは私には勝てない」
ミクはテトを見下ろし、冷たく言った。
「…どう…かな」
テトは苦し紛れに声を発した。しかしその目にはまだ何かが宿っていた。
「何を言うの?」
「君の言葉…そっくりそのまま返すよ。あんたはあくまで参加者…こっちは運営側…つまり…そういうことさ!」
テトがカッと目を見開き、マイクを構えた。ミクの本能が直感的に逃げろと告げた。
「『おちゃめ機能』!」
静かになっていた海辺に大きな歌声と光が現れた。
「…!?く…」
あまりの光線の威力に、ミクは風圧で吹き飛ばされた。一気に波の音が近くなる。
その威力は、かつて自身が敗北したルカのそれを大きく凌駕するものだった。
ミクから余裕は一気に消え去った。これではマイクを壊されるどころか、体が粉々になってしまう…!
運営側ならなんでもあり、ってこと…。ミクは唇をかんだ。自分の攻撃では太刀打ちできないのは明らかだった。
「テト…!」
卑怯だ、と言いかけてミクは止まる。視線の先のテト表情こそ元に戻っていたものの、必死に体勢を立て直している様子だった。どうやら、先ほど腹にもらったミクの攻撃が、かなりの痛手だったらしい。
…なら、まだ勝機はある。
ミクはゆっくり、テトとの距離を詰めていった。対応しきれない間合いになったら打ち込めばいいし、その前にあっちが打ってきても…あっちも反動でしばらく動けないはず。その隙に叩き込めば…!
じっとテトを見据え、一歩。また一歩と歩み寄る。周りは静かで、波の音しかしていない。
一歩、また一歩…………きた!
「『吉原ラメント』!」
体制を戻しきる前に、テトは歌った。彼女なりにタイミングをずらしたのか、もしくは体制を立て直す時間稼ぎのつもりだったのか。どちらにせよ集中していたミクはすぐに反応した。
すぐに左側に体を寄せる。直後光線がまっすぐミクの横を通る。
「…う…!」
しかし、先ほどの風圧の事を失念していたミクはテトに叩き込む動作ができなくなった。それでも視線からテトの姿は外さないでいた。
彼女はやはり一発撃つので精いっぱいだ!なら風が収まったらすぐに…!
「きゃあああああああ!!!!」
しかし。
ミクは歌う事が出来なかった。
直後に発せられた甲高い叫び声。
このゲームが始めってからずっと、隣にいてくれた声。
「……!」
ミクは振り向いた。
背後で一体全体何があったのか。目に映ったものがすべてを物語っていた。
宙を舞う、黄色い衣装の小さな身体と大きなリボン。
「リンちゃああぁぁぁん!!!」
リンの身体は高く高く、遠く遠く投げ出され…水平線上に、ボシャン、と落ちた。
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