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その日、わたしはわたしの人生を終わりにしようと決めていた。
ちゃんと死ねる高さの建物の屋上で靴を脱ぎかけた時、先客がいる、と気付いた。
三つ編みの女の子。手すりの外側に立って、地面を見下ろしている。
思わず声をかけてしまった。
「ねえ、やめなよ」
口をついて出ただけで、ホントはどうでもよか...【小説化】わたしのアール
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麗らかな日和。青空から注ぐ陽光に照らされて、一人の少女が歌っていた。緑髪の少女、ミクは目を閉じ、ゆったりとしたバラードを紡いでいた。彼女の前には楽譜スタンドが二つ立っている。二メートルほど間隔を離して置かれたスタンドには閉じたままの楽譜が載せられていた。
少し離れたところには仮設テントが設置され...【小説化】火葬曲34(完)
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今にも消えてしまいそうだった。放っておいたら、いつの間にかふっといなくなってしまいそうだった。ミクのことが気になったのは、そんな彼女の危うい雰囲気を感じ取っていたからなのかもしれない。
盛大な拍手に囲まれて舞台を降りる彼女には、もうそんな危うさはなくなっていて、それを心から良かったと思う自分がい...【小説化】火葬曲33
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ケイ達の素晴らしい演奏で盛り上がった会場は、無名の新人の登場を万雷の拍手で歓迎した。壇上に上がったミクにケイが二言三言の言葉をかけている。あまり緊張しなくていいとかそういった類のことだろう。マイクを渡されたミクはそれでも緊張の面持ちを隠せないようだった。
ケイが自身のピアノでスタンバイの態勢に入...【小説化】火葬曲32
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郊外。夜。厳重な持ち物検査とボディチェックをパスして僕はパーティー会場に足を踏み入れた。今夜のライブには“特別な舞台装置”を使用するということで、楽譜やそれに類いするものの持ち込みは禁止となっている。事前に告知され、周知されていたのでそのことに反発する人間はいないようだ。
石壁を敷き詰めたような...【小説化】火葬曲31
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「私のお父様はミクのお祖父様のお客さまだったの。何度か時計を用立ててもらっているうちに仲良くなって、家族ぐるみのお付き合いをするようになったのよね」
ミクとルカさんはどういったお知り合いなんですかと僕が尋ねると、ルカさんは白身の魚に緑色のソースを絡めながら言った。
「ミクは私にとって妹のような存在...【小説化】火葬曲30
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6月2日
頭の中がぐちゃぐちゃしてる。楽しいデートだったのに。楽しいデートのはずだったのに。どうしてこんなことになってるの? どうしておじいちゃんはあのことをカイトさんに話したの?
僕の曲を歌ってほしいと言われた。どうしてそんなに優しい目でそんなことが言えるの? 私は嬉しいの? 悲しいの? ...【小説化】火葬曲29 ミクの日記2
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5月14日
今日の”火葬”にはお客さんがいた。おじいちゃんに聞いてたから見物人がいることは知っていたけど、やっぱり人前で歌うのは緊張するなぁ。なんて思ってたらびっくり。お客さん、泣いちゃってた。
男の人があんなに泣いてるのなんて初めて見たから、驚いて顔をそらしちゃった。そんなに思い入れのある...【小説化】火葬曲28 ミクの日記1
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艶やかな笑顔でルカさんは自己紹介をする。完璧な淑女というのはこういう人のことを言うのだろうか。自然と背筋が伸びた。
「はじめまして。今日はお招きいただき光栄です、ルカさん。カイト・ミヤネと申します。なにぶんこういった場は不慣れなもので、多少の粗相はどうかお許しください」
精一杯の社交辞令を述べた...【小説化】火葬曲27
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ショーウィンドウに映った自分を眺めておかしなところがないか探していた。左右が反転した僕は白いYシャツの上に黒の小奇麗なジャケットを着て、ベージュのパンツを穿いている。服に合わないのでいつものマフラーは外してきた。
大丈夫だよな?
自問自答する。これからミクとミクのお友達と一緒に夕食を食べる予定...【小説化】火葬曲26
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「ご、ごめん……」
咄嗟にレンくんが謝るも、リンちゃんはショックで口を噤んでいる。場の雰囲気が一気に悪くなった。ことによってはまた喧嘩になってしまう恐れがある。
「だ、大丈夫大丈夫、また書けばいいよ!」
努めて明るく言ってみたが、二人の間にはお通夜のような沈黙が下りていた。いたたまれない空気に冷...【小説化】火葬曲25
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勉強会といっても、そんなに難しいことはやっていない。作曲初心者にいきなり専門用語を羅列したって理解できるはずがないからだ。
流石に知っているか否かで仕上がりに大きく影響する基本の部分は嚙み砕いて説明したが、リンちゃんは体験して覚えるタイプらしいので、最初はその場で音を鳴らして理解させてきた。今は...【小説化】火葬曲24
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季節の変わり目が曖昧なこの土地で、それでも日々の移り変わりを感じられるのは日の長さくらいのものだ。ボランダストリートの一角、とある喫茶店の窓際から傾き始めた太陽を見て思う。あと3時間ほどであの太陽は地に沈むことだろう。
ふかふかの一人用ソファに背を預けて僕はコーヒーと皿に盛り付けられたソフトクリ...【小説化】火葬曲23
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衝撃の告白、というほどでもない。薄々は気付いていた独白に、僕は相槌を打った。
「ケイも?」
「ああ、最初はあんまり興味がなかった。けど、冷やかしに噂の店に行ったとき、ミクちゃんのおじいさんに促されてな」
「ケンジロウさんに……」
僕は少し驚きを込めて呟く。僕のように自分から言い出すのならともかく...【小説化】火葬曲22
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ここがパーティーの会場ならば、宴もたけなわといったところだろう。仄明るいオレンジ光がそっと輪郭を浮かび上がらせる店内。
客の入りは八部ほどで、その視線のほとんどは店の奥に設置されたスタンドマイクで歌うリリィさんに向かっている。周囲を包み込むような優しい歌声と、室内を遊泳する音符達に皆がうっとりと...【小説化】火葬曲21
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意外にも、口火を切ったのは一番恐縮しているはずのミクだった。
「それで、私は何をすればいいんでしょうか?」
パーティーの立案者であるケイに向けて、彼女はおずおずと切り出す。ルビー色の液体をグラスの中でゆっくりと回し、ケイはもったいぶるようにグラスを頭上に掲げてみせる。
「そうだな……。ミクちゃん...【小説化】火葬曲20