タグ「シリアス」のついた投稿作品一覧(24)
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声が止んだ。
「――?」
歌姫は弾かれたように振り返り、騎士の名を呟く。
騎士は手にした剣を放り投げ、歌姫に駆け寄り、包み込むように彼女を抱きしめた。
男の熱き血潮は凍てついた女の心を温め、女の冷えた腕は男の火照った身体を癒す。
歌姫は目を閉じ、掠れた声を震わせた。
「これは、夢?」
「夢...【小説化】神の名前に堕ちる者 5.母なる神の詩・人の子の歌(完)
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神子の護衛。それが、俺に与えられた新たな使命だった。
少女が消えた洞穴の前に立ち、俺は彼女との出会いを思い返していた。変わらない雨足が、肩の痛みと身体の熱を和らげる。何が待つかも分からぬ闇に目を眇め、長年を共にした相棒を握り締め、俺はインクで塗りつぶしたような穴の中に身を投じた。
正直に言えば...【小説化】神の名前に堕ちる者 4.哀しみに報いる者
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ばしゃん。
水溜りを踏みしめた具足が、濁った水を跳ね飛ばす。叩き付けるような豪雨の中、鬱蒼と茂る森を俺は駆けていた。行く手を遮る枝を剣で切り上げ、邪魔な石を蹴り散らし。木々の隙間をぬって降り注ぐ雨粒で全身を濡らしながら、立ちはだかる小岩を飛び越え、止まることなく真っ直ぐに、俺は走る。
冑(かぶ...【小説化】神の名前に堕ちる者 3.護り手たる騎士の話
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天を突くのではないか。そう思えるほどの巨木があった。
少女を追い、石の洞穴を抜けて開けた空間に出ると、目に付いたのは大人が両腕を回しても到底届かないであろう太い幹。その幹に隠されるように、来た道と似たような洞穴が見えるが、道の先は黒々として見通せない。
大樹の傍の岩肌からは水が染み出ており、澄...【小説化】神の名前に堕ちる者 2.痛みを問う者
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前髪を伝った雨粒が、ぽつ、と石畳に落ちる。固い地べたに座り込んだ私は、ざらついた石に染み込んでいくそれを、ただ眺めていた。
遠く聞こえる雨の音。この場に座り込んで、いかほどの時が刻まれたのだろう。石壁に背を預け、天井を仰ぎ見る。青白く光る苔が、重苦しい石の連なりを薄っすらと照らし出していた。
「...【小説化】神の名前に堕ちる者 1.神子たる歌姫の話
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暗い部屋で天上を見上げていた。今は朝だろうか? 多分そうだ。夜の静けさとは違う静寂がある。身じろぎをした拍子に、ソファがぎしっと鳴った。
起き上がる気分になれない。とにかく体に力が入らなくて、このまま一日中こうしていたい。カーテンくらいは開けた方がいい、と思ってもそれすらやる気が起きない。
首...【小説化】ドーナツホール後日譚2 「未来、思い出、そしてこの世界」
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乾いた風が一瞬だけ、ひゅっと僕の後ろを通っていった。
「若干の規模の縮小はあるようだけど、計画は継続するみたいだよ。これも君の活躍のおかげかな。英雄くん」
彼の墓標を見下ろして、淡々と報告をする。
「と言っても君は嬉しい顔なんてしないか。ただまあ、流石に今のハイリスクな状態は嫌なようだから、もう...【小説化】ドーナツホール後日譚1 「僕らは友達にはなれない。永遠に」
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「君は、やっぱり少し違うね」
ある日、戦闘訓練後の調整中のことだ。立体型ディスプレイをタップしながら、僕の調整担当官の科学者が言った。
「違う?」
クッションのひとつもない、硬くて冷たいベッドに横たわっていた僕は、唐突なその発言の意味を察しかね眉を顰めた。
「他の“調整”された奴らと比べてってこ...【小説化】ドーナツホール番外 「まなざし」
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親愛なるあなたへ
あなたがこれを読んでいるとき、僕は既にこの世にいないでしょう。
なんて書くと、大昔のドラマみたいで信じられないかもしれないけど、本当のことです。
手書きの手紙の書き方なんて全然知らないから、読み辛いかもしれないけど我慢して読んで欲しいな。
まず、あなたと知り合えたことに...【小説化】ドーナツホール プロローグ /親愛なるあなたへ/
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「頑張った君たちに良いことを教えてあげよう」
ハインシュルツの笑みがいっそう深くなった。
映像の乱れ具合で分かる。これはライブ放送じゃない。あらかじめ記録しておいたものだ。特定の条件が満たされると自動的に流れるよう仕込まれていたのだろう。
条件とはなにか? 決まっている。『縮退炉の暴走を止める...【小説化】ドーナツホール8
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「お好きなんですか? 写真」
コーヒーとともに差し込まれてきた問いが、自分に向けられたものだと気付くのにしばらくかかった。覗き込んでいた写真集――人やもの、風景がとりとめもなく留め置かれている冊子――から顔を上げる。
「あれ? 違いました? いつも眺めてらしたので、てっきりそうだと・・・・・・」
...【小説化】ドーナツホール7
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世界が急速に音を取り戻す。復活した聴覚が様々な音を拾い始めるなか、びきりと、脳内に大きな異音が響いた。ほぼ同時に視界が真っ白に塗りつぶされる。
「ぎ・・・…っ!」
末端の神経までを余すことなく走り抜ける衝撃と、脳みそをドリルで内側から抉られるような耐え難い痛みに呻き、僕はブレードを取り落としてそ...【小説化】ドーナツホール6
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あんたの言うとおりだったよ。僕を取り巻く世界ってやつは、嫌になるくらい広くて大きいくせに、強い衝撃が走ると簡単に崩れ始める。憎くて愛おしいその形が壊れちまわないように、僕は走りまわらないといけなかった。開いた穴を埋めるたび、ぽろぽろと大切なものをこぼしながら。
サーベルとブレードが擦れ合う。とき...【小説化】ドーナツホール5
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「たとえて言えば、君はこのドーナツに空いた穴だな」
数少ない古い記憶。あれは一年か、あるいはもっと前か。僕を担当していた科学者は言った。男だか女だかももう忘れてしまったが、やけに呑気で陽気な口調と声音だったのは覚えている。
「僕が空っぽだって言いたいのか?」
試験戦闘後の調整中、処置用の硬いベッ...【小説化】ドーナツホール4
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試作型パワードスーツDN-138、通称“デーモン”。僕が装着している強化外骨格の名前だ。発展型超硬合金、カーボンナノファイバー複合材料などの高強靭素材や各種エレクトロデバイスを組み合わせて出来た最高性能のパワードスーツである。
その戦闘能力はざっと見積もっても、特殊部隊が採用している最新鋭パワー...【小説化】ドーナツホール3
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僕を出迎えたのは鈍色の箱だった。幅・奥行き五十メートル。高さは三十メートル程度。天井には太いパイプが縦横に走り、床には円筒形の何かが無数に据えられていた形跡がある。照明設備が不完全なのか、やや薄暗く、部屋の角には闇が蟠っていた。なにに使われていた部屋なのかはさっぱり分からない。が、本来の機能を潰し...
【小説化】ドーナツホール2
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パワードスーツの硬質な足が金属の床を叩く音が響く。血管のように張り巡らされた鉄色のパイプと申し訳程度の光量の足元灯が延々と続く無機質な廊下を僕は駆け抜けていた。施設突入の際にありったけ用意した銃火器やハンドグレネード、その他各種の制圧兵器は全てこれまでの道程で使い切り、打ち捨ててきた。自分以外の精...
【小説化】ドーナツホール1
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少女は門を見上げていました。
町の入り口の、大きくて重そうな鉄の門です。開かれた扉を、様々な格好の人たちが通りすぎていきます。
「本当に、ここまででいいのか?」
少女の隣りで、女性騎士が尋ねます。
「うん。送ってくれて、ありがとう」
少女は頷き、お礼を言って、町の入り口へ足を向...棺桶少女 エピローグ 終(つい)の街/丘の上の家へ
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あるとき、少女はゆらゆら揺れる焚き火を眺めていました。
街道を少し外れた森の中。棺桶は相変わらず、膝を抱えて座る少女の隣にあります。
少女は一人ではありませんでした。少女の向かいには、木に繋がれた鹿毛の馬と愛馬を撫でる女性騎士がいます。彼女は盗賊を追い払った騎士団の一人でした。
「あま...棺桶少女6 森の中で/女性騎士
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あるとき、少女は街道の真ん中にいました。
「やぁやぁ、お嬢さん。一人でどこへ行くのかな?」
「知ってるかい? ここいらは今とっても物騒なんだぜ。恐ろしい盗賊が出るからね」
「おお、怖ぇ。だけどお嬢さんは運がいい。なにせ百戦錬磨の傭兵が目の前にいるんだから」
「どうだい? 護衛に俺たちを雇...棺桶少女5 街道の真ん中で/傭兵と盗賊
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あるとき、少女は木工屋の工房の中にいました。
棺桶に付いていた木の車輪が、荒れ道のせいで壊れてしまったのです。
雑多な工房の隅っこで、手作りの椅子にちょこんと座り、少女は木工屋の仕事を眺めていました。椅子の隣には、車輪を外された普通の棺桶がありました。
「棺桶用の車輪だァ?」
少女...棺桶少女4 工房の中で/木工屋の男
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あるとき、少女はサーカスの一団とともにいました。
団員用テントの隅っこで、椅子代わりの丸太に腰掛け、少女はジャガイモの皮を剥いています。
少女の前には、山盛りの皮付きジャガイモ、綺麗に皮の剥かれたジャガイモ、重なったジャガイモの皮、そして棺桶が置いてありました。
小さな手のひらで小振りのナイ...棺桶少女3 テントの中で/ナイフ投げの娘
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あるとき、少女は乗合馬車の中にいました。
心優しい老夫婦が、一人きりで道を歩く少女を見かねて、声をかけてくれたのでした。
馬車の幌の中、膝を抱えて座る少女の横には、当然のように棺桶が置かれています。
「ねぇあなた? お母さんとお父さんは一緒じゃないの?」
老婦人は少女に優しく尋ねま...棺桶少女2 馬車の中で/老夫婦
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がらがらと車輪を転がし、少女は歩きます。
小さな体の倍はありそうな棺桶を後ろに連れて、木の車輪をがたがたと鳴らしながら、少女は歩きます。
くりっとした大きな銀色の瞳を真っ直ぐ前に向け、歩きにくそうなドレスの裾を引きずって、少女は歩きます。
毛先の跳ねた長い金色の髪を揺らし、手にはしっか...棺桶少女 プロローグ 旅の途で/露店の店主から