タグ「初音ミク」のついた投稿作品一覧(41)
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その日、わたしはわたしの人生を終わりにしようと決めていた。
ちゃんと死ねる高さの建物の屋上で靴を脱ぎかけた時、先客がいる、と気付いた。
三つ編みの女の子。手すりの外側に立って、地面を見下ろしている。
思わず声をかけてしまった。
「ねえ、やめなよ」
口をついて出ただけで、ホントはどうでもよか...【小説化】わたしのアール
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麗らかな日和。青空から注ぐ陽光に照らされて、一人の少女が歌っていた。緑髪の少女、ミクは目を閉じ、ゆったりとしたバラードを紡いでいた。彼女の前には楽譜スタンドが二つ立っている。二メートルほど間隔を離して置かれたスタンドには閉じたままの楽譜が載せられていた。
少し離れたところには仮設テントが設置され...【小説化】火葬曲34(完)
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今にも消えてしまいそうだった。放っておいたら、いつの間にかふっといなくなってしまいそうだった。ミクのことが気になったのは、そんな彼女の危うい雰囲気を感じ取っていたからなのかもしれない。
盛大な拍手に囲まれて舞台を降りる彼女には、もうそんな危うさはなくなっていて、それを心から良かったと思う自分がい...【小説化】火葬曲33
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ケイ達の素晴らしい演奏で盛り上がった会場は、無名の新人の登場を万雷の拍手で歓迎した。壇上に上がったミクにケイが二言三言の言葉をかけている。あまり緊張しなくていいとかそういった類のことだろう。マイクを渡されたミクはそれでも緊張の面持ちを隠せないようだった。
ケイが自身のピアノでスタンバイの態勢に入...【小説化】火葬曲32
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郊外。夜。厳重な持ち物検査とボディチェックをパスして僕はパーティー会場に足を踏み入れた。今夜のライブには“特別な舞台装置”を使用するということで、楽譜やそれに類いするものの持ち込みは禁止となっている。事前に告知され、周知されていたのでそのことに反発する人間はいないようだ。
石壁を敷き詰めたような...【小説化】火葬曲31
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「私のお父様はミクのお祖父様のお客さまだったの。何度か時計を用立ててもらっているうちに仲良くなって、家族ぐるみのお付き合いをするようになったのよね」
ミクとルカさんはどういったお知り合いなんですかと僕が尋ねると、ルカさんは白身の魚に緑色のソースを絡めながら言った。
「ミクは私にとって妹のような存在...【小説化】火葬曲30
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6月2日
頭の中がぐちゃぐちゃしてる。楽しいデートだったのに。楽しいデートのはずだったのに。どうしてこんなことになってるの? どうしておじいちゃんはあのことをカイトさんに話したの?
僕の曲を歌ってほしいと言われた。どうしてそんなに優しい目でそんなことが言えるの? 私は嬉しいの? 悲しいの? ...【小説化】火葬曲29 ミクの日記2
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5月14日
今日の”火葬”にはお客さんがいた。おじいちゃんに聞いてたから見物人がいることは知っていたけど、やっぱり人前で歌うのは緊張するなぁ。なんて思ってたらびっくり。お客さん、泣いちゃってた。
男の人があんなに泣いてるのなんて初めて見たから、驚いて顔をそらしちゃった。そんなに思い入れのある...【小説化】火葬曲28 ミクの日記1
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艶やかな笑顔でルカさんは自己紹介をする。完璧な淑女というのはこういう人のことを言うのだろうか。自然と背筋が伸びた。
「はじめまして。今日はお招きいただき光栄です、ルカさん。カイト・ミヤネと申します。なにぶんこういった場は不慣れなもので、多少の粗相はどうかお許しください」
精一杯の社交辞令を述べた...【小説化】火葬曲27
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ショーウィンドウに映った自分を眺めておかしなところがないか探していた。左右が反転した僕は白いYシャツの上に黒の小奇麗なジャケットを着て、ベージュのパンツを穿いている。服に合わないのでいつものマフラーは外してきた。
大丈夫だよな?
自問自答する。これからミクとミクのお友達と一緒に夕食を食べる予定...【小説化】火葬曲26
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「ご、ごめん……」
咄嗟にレンくんが謝るも、リンちゃんはショックで口を噤んでいる。場の雰囲気が一気に悪くなった。ことによってはまた喧嘩になってしまう恐れがある。
「だ、大丈夫大丈夫、また書けばいいよ!」
努めて明るく言ってみたが、二人の間にはお通夜のような沈黙が下りていた。いたたまれない空気に冷...【小説化】火葬曲25
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勉強会といっても、そんなに難しいことはやっていない。作曲初心者にいきなり専門用語を羅列したって理解できるはずがないからだ。
流石に知っているか否かで仕上がりに大きく影響する基本の部分は嚙み砕いて説明したが、リンちゃんは体験して覚えるタイプらしいので、最初はその場で音を鳴らして理解させてきた。今は...【小説化】火葬曲24
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季節の変わり目が曖昧なこの土地で、それでも日々の移り変わりを感じられるのは日の長さくらいのものだ。ボランダストリートの一角、とある喫茶店の窓際から傾き始めた太陽を見て思う。あと3時間ほどであの太陽は地に沈むことだろう。
ふかふかの一人用ソファに背を預けて僕はコーヒーと皿に盛り付けられたソフトクリ...【小説化】火葬曲23
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衝撃の告白、というほどでもない。薄々は気付いていた独白に、僕は相槌を打った。
「ケイも?」
「ああ、最初はあんまり興味がなかった。けど、冷やかしに噂の店に行ったとき、ミクちゃんのおじいさんに促されてな」
「ケンジロウさんに……」
僕は少し驚きを込めて呟く。僕のように自分から言い出すのならともかく...【小説化】火葬曲22
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ここがパーティーの会場ならば、宴もたけなわといったところだろう。仄明るいオレンジ光がそっと輪郭を浮かび上がらせる店内。
客の入りは八部ほどで、その視線のほとんどは店の奥に設置されたスタンドマイクで歌うリリィさんに向かっている。周囲を包み込むような優しい歌声と、室内を遊泳する音符達に皆がうっとりと...【小説化】火葬曲21
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意外にも、口火を切ったのは一番恐縮しているはずのミクだった。
「それで、私は何をすればいいんでしょうか?」
パーティーの立案者であるケイに向けて、彼女はおずおずと切り出す。ルビー色の液体をグラスの中でゆっくりと回し、ケイはもったいぶるようにグラスを頭上に掲げてみせる。
「そうだな……。ミクちゃん...【小説化】火葬曲20
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「火葬パーティーだ!」
ミクに席を譲る形でカウンターに移動したケイが、隣に客が居ないことをいいことに両腕を大きく広げる。自信満々の表情は俗にいうドヤ顔というやつだ。
「仮装パーティー?」
その場に居合わせた皆が首を傾げる
「って、あの変装して参加する………?」
小奇麗なブラウスにホットパンツ、...【小説化】火葬曲19
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目的の店は、町の中心からやや北西に位置していた。夕方へかけて、落ち着きを見せ始めた街の中、僕はケイから告げられた住所へと歩みを進めている。石壁に挟まれた細い路地はくねくねと曲がったり枝分かれしていたりと、危うく迷ってしまいそうだったけど、どうにか僕は指定された店に辿り着くことが出来た。
バー『リ...【小説化】火葬曲18
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「良い曲って、どうしたら作れるのかな……」
語り終えたリンちゃんは、溶け始めたソフトクリームをひと舐めしてぽつりと零した。
「あたしの歌、何が悪かったのかなぁ」
しょぼんと肩を落とすリンちゃん。僕はソフトクリームの最後の一口を頬張り、少し考えてこう言った。
「ねえ、僕にその曲を見せてくれない?」...【小説化】火葬曲17
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これってもしかして、未成年者略取ってことになるのかな?
ぞっとしない考えが頭に浮かぶ。小荷物よろしく抱えてきた少女に目を落とし、僕はどうしたものかと眉間を揉んだ。
歪な楕円形をした公園の中央には天使のオブジェが乗っかった時計。遊具は明るい日差しをきらりと反射して、芝生は日光を受け止めて実に暖か...【小説化】火葬曲16
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ミクとのデートから一週間ばかりが経った。彼女からの連絡は未だない。
あれから僕は四日ほどかけて四つの楽譜を書いてケイにその旨を伝え、あとの数日間はミクからの電話を待ちながら平凡に過ごした。
一時は説得に行こうかとも迷ったけど、僕が伝えられるようなことはもうほとんどと言っていいくらいに無いことに...【小説化】火葬曲15
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天使のオブジェが乗っかった時計の針が、午後五時半を示していた。太陽が大きく傾いて、夕方の風が吹き始める頃合いだ。
ボランダストリートから少しだけ西寄りにある公園で、僕とミクは並んでベンチに腰掛けていた。
「子供たち、帰っちゃいましたね」
「そうだね」
がらんとした公園を見たミクが言う。さっきま...【小説化】火葬曲14
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僕は喫茶店で人を待っている。入り口の見えるカウンター席で淹れてもらったばかりのコーヒーを嗜みながら、妙に落ち着いた気分でいた。
ボランダストリートにある喫茶店の名はクレル ドゥ リュヌ。月明かりと言う意味らしい。艶消しのされた黒色の木材を基調に組まれた店内は、光量を抑えたランプが照らしていて、な...【小説化】火葬曲13
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泥のように眠りこける僕を起こしたのは、アパートの呼び鈴だった。連続で鳴らされるベルに気付いた僕は、のっそりと寝床から這い出して、眠りへの誘惑に抗いながら訪問者を迎え入れた。
「寝てたのか?」
尋ねてきたのはケイだった。彼は床に積まれた音楽雑誌やテーブルに転がる空き缶を見やりながら、寝ぼけ眼の僕に...【小説化】火葬曲12
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宵の初め。前にも訪れたことのある墓地へ赴いた僕を、ケンジロウさんは以前と同じように出迎えてくれた。
たった数回の付き合いなのに、まるで長年親しんだ相手と相対しているみたいな、心地よい沈黙を連れて、僕は火葬場へと辿り着く。
広漠とした宵闇の空間に、髪と同じ色の控えめなフリルが付いた、黒いワンピー...【小説化】火葬曲11
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「ミクの歌には不思議な、いえ、不可思議な、というべきでしょうか。そういう力が宿っているようなのです。あの娘が歌うと、周囲にある楽譜が独りでに燃えてしまう」
OPENの看板をCLOSEDに変え、コーヒーを二人分淹れたケンジロウさんは、カウンターを挟んで向かい合う僕に、そう切り出した。
「楽譜が独りで...【小説化】火葬曲10
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馴染みの店の壁には、相変わらず所狭しと楽譜が貼られている。
カウンターでは、デスクトップ型パソコンをカタカタと鳴らす楽譜屋の店主が、いつも通りのしかめ面をパソコンの画面に注いでいた。
太い指が、外見に似合わず軽快な動きをするのを目にすると、少しだけ気持ちが落ち着くのはどうしてだろう。
「カイト...【小説化】火葬曲9
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すみませんとちょっと失礼と通してくださいの三つを駆使してボランダストリートを抜けた僕は、ふぅと一息吐いた。ようやくだ。ここまで来るのに、ヌードルを軽く十杯は食べられるほどの時間がかかってしまった。
さてと。
「一番近い病院ってどっちだったかな」
「こっちです。あそこの信号を左……」
これまで一...【小説化】火葬曲8
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佇まいを見れば思い出す、夢のようなあのひととき。それを作り出した少女が当たり前のように日常に紛れていた。
むしろこちらの方が幻想なのではないか? なんて馬鹿な考えを起こさせるくらい、彼女の生み出した光景は強烈に僕の脳裏に焼きついていた。不自然なほど、少女は群集から浮き立って見える。
気...【小説化】火葬曲7
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「っつぅ……!」
右手の指に走る痛みではっと目が覚めた。じんじんと中指が痛む。どうやら、振り上げた手が机の裏だか足だかにぶつかったみたいだった。何か、幻想的な、不思議な夢を見た気がするけど、いまいち思い出せない。現状を把握するまでに、僕の寝ぼけた頭は五分を必要とした。
明るい。昼だ。間違いなく寝...【小説化】火葬曲6
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