そして僕は彼と出会った。
<王国の薔薇.4>
あれは、何歳の時だっただろう。
どちらかといえば最近のことだったと思うけれど、僕達の一家は海を越えた隣国である青の国に行った。
青の国に行くのは初めてだったから少し楽しみに感じていた。
他の国で知り合った人から話だけは聞いていたけれど、実際かなり住み易そうな国で少しばかり羨ましかった。気候もいいし、地理的条件もいいし、敷かれているのは善政。理想的だと言ってもいいかもしれない。
―――僕たちの国もこうだったら。
そう思ってしまうのは、仕方なかった。
特筆すべきはそれだけじゃない。
「彼」は里親達の青の国での協力者の息子として僕に紹介された。
その時のことは、今でもよく覚えている。
だってまず纏っている空気が違った。
『はじめまして、レン君。カイトと言います、よろしくね』
な、なんだ、この人!?
あまりの驚きに僕は無作法にも口篭ってしまった。
『・・・れ、レンと言います。こちらこそよろしくお願いします』
爽やかな人だ。
一目見てそう思った。
その時彼はまだ十代半ばか後半か、とにかくまだまだ「大人」の域ではなかった。
なのにどこかしっかりとした芯があって、余裕を持っていて。
例えるなら柳の枝みたいなものだった。揺れて曲がるけれども、折れない。不必要な装飾も一切ない。
しなやかな強さ。僕がそれを知ったのは、間違いなくカイトさんからだった。
いろいろな国を渡ればいろいろな人と出会う。
人のいい人。信じてはいけない人。器用な人。不器用な人。
でも彼は、僕が見た中で一番すごい、と思うような人だった。
人格者―――とでも言うのかな。
『いろいろな国をわたるのは大変だろうね』
『はい。でも面白いですよ』
『俺もいくつか行きたい国はあるけど、いかんせんうちは貧乏だからね』
『え、でも貴族・・・なんでしょう?』
『貴族なんてもう名ばかりだよ。普通の人とそう変わらない』
『そうなんですか・・・』
彼はとても気さくで、ほんの数ヶ月の滞在だったのにとても親しくなれた(と思ってる)。実際彼とはその後も何度か会って、その度にアイスを貰った。
・・・あ、うん、完璧に見えても欠点ってあるんだよ。
少なくともカイトさんはアイスに関しては変人・・・いや、気にしない気にしない。
まあ、その何回かの招待の中でカイトさんには恋人がいるというのも聞いた。
なんでも隣国の人で一目惚れをし、何日も口説いて最近やっと相思相愛になれたのだとか。
その恋人の話をするカイトさんはとても幸せそうで、ああ本当に大切な人なんだな、とほほえましく感じられた。
カイトさんはいずれ会わせたいと言ってくれたのだけれど、そのあとすぐに王宮に採用されて会わせてもらうどころかなかなか休みすら取れなくなってしまった。
僕としてもいつかお会いしたいとは思っているんだけれど・・・
ただ楽しかっただけじゃなく、ひやりとすることもあった。
一度カイトさんに『レン君も僕と同じ一人っ子なんだね』と言われて、つい否定してしまいそうになったのだ。
もちろん口に出して否定するような失態は犯さなかったけど、『そうです』と認めたときにはとても胸が苦しかった。
だってリンを兄弟じゃないと言うのと同じことなのだから。
僕からすれば、それは嘘だ。
一番言いたくない類の、でも一番言わなければいけない嘘だ。
カイトさんは口ごもった僕を少し不思議そうに見ながらも、すんなりと僕の肯定を受け入れてくれた。
でも。
今でも心配はある。
あの時カイトさんは何かに気付いてしまったんじゃないか、という心配。
彼はのんびりとした言動に似合わず人の機微には聡いから充分に有り得る。
それでもまさか王女と双子だということまではわからないだろう。何と言っても彼は王女のことなど殆ど知らないのだから。
でも世の中何が起こるかわからない。
何らかの折りに王女と会うことがあったら、きっと彼は気付くに違いない。
まあ、そんな機会なんてないはずだけど・・・。
その後、黄の国に戻った僕は驚いた。
王が職務不能になり、代わりに幼いリンが肩書は王女ながらも国の頂点に立った―――いつの間にかそんな事になっていたから。
交代がいつ起きたのかは知らない。他の国にいたときなのだろうけど、他国の話でも流石に王が倒れたらニュースになるだろう。
もしかしたら移動中の出来事だったのかもしれない。
混乱も極めれば冷静になる。不本意ながら、僕は自分の頭でそれを実感した。
・・・どうして?
どうして王が倒れるのだろう。まだ元気な年齢のはずなのに。
どうしてリンが立つのだろう。まだ若すぎることくらい皆分かっているはずなのに。
里親達は僕を心配してくれた。
あれこれと気が紛れるような事をさせてくれて、実際僕はそれで随分気が楽になった。あの二人には、本当に感謝してもし切れない。突然
転がり込んで来た僕にあそこまで良くしてくれるなんて。
でも、続いて聞いた噂に僕は居ても立ってもいられなくなった。
―――王の職務不能は、暴君王女が手を下したことらしい。
噂はそう言っていた。
―――彼女は玉座を手にしたいと望む余り行動を起こしたのだとか。
―――職務不能なんかではない。王はすでに亡くなっておられるそうな。
―――それもこれも、全て王女が・・・
僕は王宮に職を希望した。
叶うならば、リンの側に近づける職を。
何故そんな噂が立ったのか、それは知らない。
でも一つだけわかっている。
それは、その噂が本当だと皆が信じるような振る舞いをリンがしているということだ。でなければ皆がその噂を口にするとき本当に憎々しげにするはずがない。
リンに何が起きたんだ。
それを知らないでいるわけにはいかなかった。
本当は希望が叶うとは思っていなかった。
僕とリンは似ている。
何も知らない人が見れば普通に血縁だと気付くはずだ。地位を知っている人にだって疑惑を招いても全然おかしくない。
そんな人を果たして王女の側に採用するだろうか。
僕なら多分、しない。
なのに、何故か届いたのは許可の辞令だった。
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もっと見るその記憶は光に満ちている。
<王国の薔薇.2>
『お二人はね、皆が待ち望んだお子様だったんですよ』
僕等が小さい頃乳母として面倒を見てくれた女性はそう教えてくれた。
『お生まれになったときには、お祝いに国中の鐘を鳴らしてねえ。私も嬉しかったものです』
『ねえねえ、アンネ!お母様のことをおしえて!』
...王国の薔薇.2
翔破
ただ、淋しいとだけ。
<王国の薔薇.3>
リンと別れてからの数ヶ月は、まるで風のように素早くあっさりと過ぎた。
いや、単に俺がぼんやりしていたからそう感じただけかもしれない。
里親になってくれたのは役職で言うなら外交官の夫婦で、育ててもらった数年―確か六、七年だった―の間にいろいろな国を渡り歩いた。...王国の薔薇.3
翔破
それでも、君を信じたいんだ。
<王国の薔薇.6>
リンは僕を忘れたわけじゃない。
僕はこの二年間、ずっとそう言って自分を励ましてきた。
たまに、そう、忘れたようにふと見せる無邪気な笑顔や優しい心遣いだってそうだ。全てが全て変わってしまったわけじゃない。
だけど。
だけど―――
「レン、ちょっと珍しい...王国の薔薇.6
翔破
彼女のことを忘れた日はなかった。
<王国の薔薇.1>
「しっかしレン坊もわからんなあ!よっくもまああの姫さんに仕えてられるもんだ」
陽気な庭師の言葉に僕はちょっと笑って応じた。
この人は気さくだから話していてほっとする。王宮は堅苦しい人が多いから、息苦しくなることも多いんだけど。
「まあ、意外とやり...王国の薔薇.1
翔破
何故、戻って来たの。
<造花の薔薇.1>
はあ、と溜め息をつく。
正直なところ書庫の本は読み尽くした。手持ち無沙汰というか…まあ何回読んでも面白い、いわゆる名作というものも確かにあるけれど。でもいかに素晴らしい本であっても、何百回も読めば流石に飽きが来てしまう。
―――外に行けたらいいのに。...造花の薔薇.1
翔破
それが罪でなかった筈がない。
<王国の薔薇.14>
「扉、開く?」
「ええと・・・ああ、大丈夫みたいだ」
力を込めて、引く。
隠し扉は重いながらもゆっくりと開いた。
扉は厚く、防音もしっかりしている。ただ一つ声を通わせることが出来るそう大きくない穴は何の変哲も無いような装飾で隠されていて、それを外せ...王国の薔薇.14
翔破
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