それでも、君を信じたいんだ。
<王国の薔薇.6>
リンは僕を忘れたわけじゃない。
僕はこの二年間、ずっとそう言って自分を励ましてきた。
たまに、そう、忘れたようにふと見せる無邪気な笑顔や優しい心遣いだってそうだ。全てが全て変わってしまったわけじゃない。
だけど。
だけど―――
「レン、ちょっと珍しいものが欲しいわ」
「珍しいもの、ですか」
「そうよ。買ってきなさい」
至極当然、といった口調で言い放たれる。
無茶だ。
僕は心の中で嘆息した。
何らかのものであれ食べ物であれ、名品や珍品の類は全てここに集められている。
そうそう簡単にリンの言う「珍しいもの」が見つかるとは思えない。
ちょっと、が「珍しい」にかかるのか「欲しい」にかかるのかは判断出来ないけど、言い付けられる僕にしてはあんまり変わらない。
つまり、手のかかる仕事だという点は変わらない。
でも僕が返す答えは一つ。
「畏まりました、リン王女」
他の言葉は、返せない。
街はまだ活気に満ちていた。
「ほら安いよ安いよ!」
「そういえばさぁ、アイツ仕事につけたんだってさ」
「ママあれほしい~!」
「はあ・・・ぎりぎりだわこれは」
ざわめく人々。
昼下がりの城下街なのだから、活気はあって当然ではある。
人にせよ物にせよ、集まるのはこの地なのだから。
―――でも、ちょっとまずいな。
辺りを見回しながら、僕は胸の奥に疼くような危機感を感じた。
こうして買い出しに出されるたびに人々の姿から活気が失われていくのが分かるからだ。
そして・・・同時に怒りの波が渦巻き始めているのも。
一つの原因はリンの下す過酷な法であり命令であるだろう。
でもきっとそれだけじゃない。
もう一つ。
これも命令に含まれるのだろうけど、その中でも飛び抜けて恐ろしいそれは。
一つ目より遥かに生々しく、残酷なそれは―――・・・。
「広場だ!」
凜、とざわめきの中に声が響く。
たった一言、文脈すら分からない。
でもそれが何を意味するかは僕を含めその場にいた全ての人が理解していて、ざわめきは俄かに密度を増して喧騒となった。
買い物をしていた人の波が一方向に向かう。
僕も、唇を噛んでその波に乗った。
この街の広場、そこには忌まわしいものがその姿を晒している。
断頭台、だ。
「やめて!やめてください!」
断頭台には、既に一人の男性が横たわっていた。
「何故ですか、父には何の落ち度もなかった筈です!」
台の下で叫ぶ声。肉親を殺される恐怖と悲しみに張り裂けそうな声だ。
僕からは人込みで姿は見えない。
でも何故だか、聞き覚えがある気がした。
何故だろう・・・?
少しだけ首を捻る。
疑問は、すぐに解消された。執行の役人が声の主に声を掛けたからだ。
「見苦しいぞ、メイコ騎士団長―――いや、解任された今となってはただの人か」
メイコ。
僕は驚いて役人を見上げた。
たしか類を見ない剣の天才で、旧くから王家に仕えてくれていた一族の一人だった筈だ。
なのに、彼女の父親が断頭台に?
わけがわからない。
「この者は大逆の罪により死刑に処す」
「ふざけるなッ!」
淡々とした役人の声に、彼女の声は鋭く切り込む。
「大逆!?そんなことありえない!嘘よ!」
嘘だ。
僕も、彼女と同意見だった。
大逆?そんな訳がない。彼は忠臣と言ってもいい人だったのに。
政治の中枢からは外れていたけれど・・・いや、だからこそ、だろうか。彼は酷く実直で誠実な人柄だった。
「メイコ」
苦しげな声に場が静まり返る。
娘に向けた言葉。その声はもう覚悟を決めた者だと聞く人に分からせるような、とても落ち着いた声だ。
その声に被せるように、三時を告げる鐘の音が広場に響き渡った。
「・・・憎むな」
その声はとても静かで。
それでも鐘の音の隙間を縫って、僕の耳まで確かに届いた。
同時に――――
「っ、い、いやああああぁぁぁ――――――――――――――っ!!」
上がる悲鳴。飛び散る血飛沫。断頭台から消えた、彼の首。
なんてことを。
頭が上手く回らない。
死刑を判断するのは王女の役目だ。
他の罪ならともかく、死刑という人の命そのものを左右する刑罰は審議に審議を重ねて決定される。
では彼は本当に罪人だったのか?
そうだったとは、思えない。
「許さない!」
貫くような叫び声に意識を引き戻す。
微かに顔を背けた人々の中、隙間から垣間見えた彼女は断頭台を見上げ、力の限りに叫んでいた。
「許さない、許さない!今まで私達は王家のために働いて来たのよ!?信じて来たのよ!?私は父さんが献身しているのを見てきたから自分もそうしようと思えた!なのに、この仕打ちがあなたたちの答えなのね!恩には死で以って報いるのが流儀なら、なら私だってそうしてやる!」
「今だけは聞き流してやろう、メイコ殿」
「待ちなさい、人殺し!」
歩み去る役人に、彼女は怒りを投げ付ける。
胸が刔られる気がした。
彼女が人殺しと呼んだのは、許さないと誓ったのは僕であり―――リンだ。
一気に込み上げてきた吐き気が堪らなくて、彼女の叫びにいたたまれなくなって、僕は足早に広場を去った。
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