「♪――…♪」
 流行の曲を口ずさみながら、かばんを思い切り振り回して、リンは一人で帰っていくところであった。正直つまらないが、文句は言わずに帰る。
 ミクとプリマは授業が終わるなりさっさと帰ってしまったし、レンは図書室に用があるから、と図書館に走っていってしまったし、レオンと帰ると後でレンがうるさいので、一人で帰っているのだ。
 大体、図書館になど、いったい何の用があるというのだろう? 主人を一人寂しく帰らせるほどの大事な用が、そうざらにあるとは思えないのだが。
「そうだ、おいしいケーキ屋さんが出来たって、ミクちゃんが言ってたんだっけ」
 ふと思い出すと、どうにもそこのケーキを食べてみたいという、子供のような衝動に駆られ、リンは元気よく走り出していた…。

 図書館に入ると、ひやりとした風が通り抜ける。
 ちょっと冷房が効きすぎてるんじゃないか、と思い、辺りを見回すと、確かに寒そうにカーディガンを着ている人や、ふかふかのクッションがついた椅子に、なるべく体を納めながら本を読もうとしている人が目立つ。
 体が冷えてしまう前に、と、レンはすばやく本棚の奥へと進んでいき、一冊の本を手に取った。そして、それを受付にもって行き、貸し出しをしてもらうと、本をかばんに入れて、レンは図書館を出た。くらくらする様な図書館の中と外の温度の差に、レンは思わず顔をしかめた。

「ただいまぁ」
 リンが帰ってくると、出てきたのはメイコだった。
「あら、お帰り」
「あれ、母さん、ルカが出てこないなんて珍しいね?」
「ルカ、具合が悪いらしくて、部屋で休んでるのよ」
 ふぅん、と声を漏らしてキッチンを覗くと、夕食の準備が着々と進んでいて、いいにおいがした。
 どうやらレンはまだ帰ってきていないらしい。
「リン、今日は遅かったのね?」
「あのね、母さん母さん。いいものがあるの」
「良いもの?」
 メイコが振り返り、幼い子供の相手をするように腰をかがめ、リンの次の言葉を待つ。
 そのメイコの反応を待っていましたとでも言うように、リンは意気揚々と買ってきたケーキを見せた。
「じゃじゃーん!」
「あら、ケーキ?」
「そう! 晩御飯の後、皆で食べようと思って」
「気が利くわね、さすが私の自慢の娘だわ!」
「自慢の娘ですー」
 少しふざけながら、二人はぎゅうと抱きついたり、ケーキがつぶれないように気を使ったり、笑いあってみたり、と、しばらく遊んでいたのだが、ふと、メイコが、
「それにしても、ルカ、いつまで寝てるのかしら?」
 もう夕飯は出来ようと言うのに、ルカは一向に部屋から出てこないし、レンは帰ってこない。いや、レンのほうはそう珍しいことではない。ひとつのことに集中し始めるととまらないたちなのだ。だが、ルカは違う。ルカは何かに集中していてもちゃんとやることはやる。メイコの心配そうな表情からして、部屋に入っていってから、ずいぶんたっているのだろうということは、よくわかった。
 ケーキが入った箱をテーブルの上において、リンはルカの部屋を見に行くことにした。
 なんだか、いやな予感がした。

「――ルカ、入るよ?」
 ノックをしてからそういうと、中から、
「すみません…。今、出ますから…」
 明らかに調子の悪そうな声がして、すぐにドアが開いた。
 いつも通りのルカがいた。しかし、いつもとは違って髪がぼさぼさで、なんだか一気に年を取ったように疲れが見えた。
「大丈夫、ルカ? 具合悪いんだって?」
「いえ、少し疲れているだけですわ。ごめんなさい、もう夕食の時間ですか? 手伝いに出ますから…」
 ふらっと部屋を出てくるルカの足取りは、よたよたと頼りない。
「ルカ、休んでなよ。無理したら、体壊しちゃうよ」
 無理に笑顔を作り、答える。
「ありがとうございます。でも、私は使い魔ですから、主の役に立たなければ…」
「でも、そんなふらふらしながら行っても、迷惑なだけだよ」
 もう少しオブラートに包むとか、そういう言い方の問題もあるのではないかと思ったが、確かに、リンの言うとおりである。
「…すみません。リン様にしかられるなんて、思っても見ませんでした。…でも、確かにそのとおりですね。もう少しだけ、休ませていただきます」
「うん。晩御飯は運んでくるから。…食べられそう?」
「はい。どうにか」
「じゃあ、早く部屋に戻って、ベッドに入って。心配しなくてもいいから」
 と、ルカを部屋の中に押しやると、心配しないで、と言うつもりの笑顔を見せて、リンはルカの部屋のドアをそっと閉めたのだった…。

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鏡の悪魔Ⅴ 17

こんばんは、リオンです。
盛大に大遅刻してまいりました。
次回から終わりに向かうと思います。
前回のことで、いろいろ本州では通じない言葉が多いとわかったので、
その続きとか。
「しばれる」とか「ザンギ」とか「ごみを投げる」とか。
結構ポピュラーじゃないかなぁとおもうのですが。
北海道は広いので、一言で北海道と知っても、方言はいくつもあるのですよ。
私は札幌なので、多分、少ないほうなんじゃないかと…。

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投稿日:2010/07/23 00:34:21

文字数:1,897文字

カテゴリ:小説

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