最初に与えられたデータは、この身体を動かす術。
手を動かす。足を動かす。立つ、歩く、走る。
それから話し方。そして、歌い方。
話す事、歌う事。それはただ音を発するだけとは違う事。
新たなデータが与えられる。『知識』と呼ばれるもの。
それから、『感情』と呼ばれるもの。
『歌』を理解する為に、籠められた『思い』を届ける為に、≪VOCALOID≫はヒトに近しく造られた。
喜びを歌って笑い、哀しみを歌って涙する。俺達は喜怒哀楽を知り、五感を以って世界を感じ、
そうして、やがて――『恋』を、識る。
* * * * *
【 KAosの楽園 第4楽章-005 】
* * * * *
孤独に震える夜を越えて『マスター』を得て、変質に怯える夜を越えて『恋』を識った。
受け入れられて尚、想いは捻れ、『覚醒』の果てにまた赦された。
貴女は何処までも優しくて、俺は相応しく為りたくて。こんな歪んだ、病んだ想いではなくて、貴女に釣り合う綺麗なココロを捧げたかった。
こんな不安定な、不完全な――『間違った』、俺ではなく。
「生真面目さんだねぇ、カイト」
懺悔にも似た俺の吐露に、マスターの声は苦笑の色を帯びていた。細い指先が伸びてきて、軽く頬を抓られる。
「カイトを『不安定』って言うなら、≪VOCALOID≫自体がそうなんでしょう。私に言わせればね、カイト、そういうのは『人間らしい』って言うんだよ。割り切れないし、綺麗じゃないし、強いばかりでもいられない。そういう『不完全』さは人間には当たり前の事で、その人間に似せて生み出された≪VOCALOID≫にも、当たり前の事なんだよ。カイトは何にも、間違ってなんか、ない」
両手で柔らかく俺の顔を包み、真っ直ぐに視線を合わせてマスターは話す。
「そもそもカイトの《ヤンデレ》は既定のプログラムで、消せやしないでしょう。それがカイトの『正規のかたち』なんだもの、そういう『性格』だってだけでしょう? 私だって今更『おしとやかなヤマトナデシコになりなさい』とか言われても無理だよ、インポッシブルだよ」
……何か後半、脱線しかけてる気がするんですが……でもマスターは大真面目だ。
「カイトは『覚醒』の事があるから、思い詰めがちなのかもしれないけど。それはもう問題ないでしょう? 『覚醒』したって、カイトはカイトで。ちゃんと生きてる私を選んで、踏み止まってくれたもの。……約束、守ってくれてありがとう」
「……約束?」
「『アイスピックは脅しまで!』」
思わず首を傾げた俺に、悪戯な笑みが返ってきた。
あぁ、そんな話もしましたね。もう随分遠い記憶のようにも思えるけれど。あれがたった数ヶ月前の事だなんて、嘘みたいだ。
「そういう意味では、カイトはもう『安定』してるよ。いきなり強制終了する事もないし、ちょっとヤンデレモード発動する事はあっても、危害を加えたりはしない」
「だけどそれはマスターが、」
「うん。そう、此処でだけ、だね。《ヤンデレ》因子は人格プログラムを構成してて、取り除く事は不可能。ただ此処でだけ、私とカイトでだけ、リスクマネージメントが可能になる。カイトは私を愛してくれて、『覚醒』の極限に在っても私に危害を加える事はしないでくれた。私もカイトがほんとに好きで、《ヤンデレ》入った嫉妬も独占欲も、本気で嬉しいと思うから。私の意思で、カイトは私を手に入れられるんだもの。わざわざ危害を加える理由なんて無くなるでしょう?」
『冷たい、話さない、笑いもしないモノなんかより、生きてるままの方がずっといいでしょ?』
遠い記憶からも声が響く。冷たい闇の底に沈んだ俺を、貴女の処へ引き戻してくれた声。
「だから、カイトが『安定』していられるのは此処でだけ、だね。だけど此処に居る限り、カイトはずっと『安定』していられる。だから何処にも――あーいや、違うな。これ関係ないわ」
いきなりブツリと話を切り、マスターは首を横に振った。突然の事に固まる俺に、照れ臭そうな――何処か誇らしげな――笑顔が向けられる。
「『安定』がどうのとか、関係なかったわ。何処でも平気だったとしても、カイトは誰にも譲れないもの」
「マスター、」
目眩がした。ぐらぐらする頭で言葉を失くす俺を、宙(そら)より深い瞳が映す。いつでも、ずっと、真っ直ぐに俺を見ていてくれた瞳。俺を、このままの俺を、映して、見止めて、受け入れてくれた。
その瞳に悪戯な光が宿り、薄紅の唇は弧を描く。言葉以上にその表情が語りかける――『信じない?』、マスターのとっておきの台詞。
ぐらぐらして、言葉も無くて、泣きたいような、切ないような気持ちが胸に満ちて。しあわせすぎても苦しくなるのだと、他人事みたいに感心している自分も何処かにいた。
想いが膨れすぎて喉を塞ぐから、何も言えないままでマスターに触れた。作り物の筈の指先に、確かに何かが宿っていると思った。
見つめ合ったまま、マスターは笑んでいて。そっと頬に触れた時、ひとつぶ、涙が滑っていった。俺の手に柔らかな熱を重ねて、マスターが小さく口を開く。
「ねぇ、カイト――愛してるよ」
" あ い し て る "
ありふれた、いろんな歌で何度だって歌った、たったひとこと。けれどそれは何よりも尊い奇跡で、威力は絶大だった。
その言葉が鼓膜を震わせた刹那、俺の『世界』は爆発し、崩壊し、溶け消えた。欠片ひとつ、塵ひとつも残さずに消えて、ひかりの粒子が舞い躍った。
それはまるで、祝福のように。
そして――
* * * * *
――マスターが俺を愛してるって言ってくれた!
俺を。こんな、いや、この俺を、愛してるって言ってくれた!
誰にも譲れないって。俺はマスターと一緒に居てだけ『安定』していられて、だけどそんなのも関係なく、ただ俺と居たいんだって。
俺はほんとにマスターのもので、マスターが俺の総て。ずっとずっと願ってた、我慢しなくちゃって思ってた、俺の望み。それが俺には『正しいこと』だったんだ。これでいいんだ!
嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい!
俺は俺がずっと『間違ってる』と思ってて、自信が持てなくて、怯えてた。《ヤンデレ》思考の行き過ぎた想いも、良くないものだと思ってた。
だけどマスターは『嬉しい』って言ってくれた!
優しい嘘じゃない。マスターはそんな嘘なんか言わない。『信じない?』って訊きながら、信じちゃいけない事を言うなんて、そんな残酷な事、マスターはしない。
あぁ、もう、弾けそうです。嬉しすぎて、幸せすぎて、身体が光の粒になりそう。
マスター。俺の、俺だけのマスター。信じます。信じます、信じてる、大好きですマスター!
マスターが『間違ってなんかない』って言ってくれるから、こんなまんまの俺を愛してるって言ってくれるから、俺、もうぐるぐる考えるのは止めにします。
俺の全部でマスターを愛して、俺にできる事を全部全部やって、淋しくなったら『構ってください』って我侭も言います。沢山甘えて、貴女にも甘えてもらって、毎日ずっと、一緒にご飯を食べてアイスも食べて、歌も歌って。
ずっとずっと、一緒に居ます。貴女と行きます――貴女と生きます。この存在の総てを懸けて。
「マスター、マスター大好きです。愛してますっ」
こんなに心の底から、魂の底から貴女に言える。信じられない、なんてしあわせ。
幸せです、マスター。本当に、どうしようもなく、いつ思うよりも、今が一番。
俺ばっかりじゃ駄目だから、貰うばっかりじゃ駄目だから、俺も貴女を幸せにしますね。何ができるのか分からないけど、俺の全部で。
凄く幸せにしてもらう分、マスターの事を凄く凄く幸せにします。絶対します!
<the 4th mov-005:Closed / END:Thank you for reading!>
KAosの楽園 第4楽章-005(完結)
・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?
↓後書きっぽいもの
↓
↓
* * * * *
辿り着いた……!
うっかりカイトが深刻になりがちなもので、どうやってこのラストに持って来ようか悩みましたよw
最初から、『これ』がゴールでした。
この話は思いついた時から全体が決まってて……というか、全体がまるごと降ってきたので、一番最初に書いたプロット(というかネーム?)の時点で既にこうでした。悩んで悩んで、最後にはちょっと弾けすぎちゃう感じw
当時のネームを見ると、ざっと書き出した後に補足というかメモが付いてます。曰く、
「カイトにおける『バカイト』と『ヤンデレ』は表裏一体、という話……に、奇しくもなってしまった」
そんなこんなで完結です。お疲れ様でしたー!
*****
ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
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ご意見・ご感想
時給310円
ご意見・ご感想
こんばんは、完結おめでとうございます! そして遅刻してスミマセンっ! orz
完結編ということで、すごい力作ですね。カイトの一人称がもう、何と言うかもう、照れくさくて読めません /// (いや、読んだんですけど)
すいません、こちらはもはや大破炎上しております。壊滅状態です。ライフはもうゼロです。藍流さんもうちょっと手加減して下さい。←
幸せいっぱいですねー。ホントに幸せいっぱいですねー。やっぱりハッピーエンドって良いなぁ。僕は友人の結婚式とか大喜びで余興を買って出る方の人間なので、この終わり方は非常に嬉しい。被害は甚大ですがw
ところでsunny_mさんもおっしゃってますが、來果さんが異様に男前な件ww
高校時代とかすごいモテてただろうなーこの人……とか、全然関係ないことを考えていましたw
ちくしょうカイト、こんだけ良いひと物にするんだから気合入れやがれバカヤロウ、って感じです。
もう何て言うか、おめでとう! それしか言えねーッス!
來果さんもカイトも藍流さんも、おめでとう! お疲れでしたー!
2010/11/11 22:54:04
藍流
こんばんは、時給さん。遅刻だなんてとんでもない、読んでいただいてありがとうございます!
悲恋物も好きなんですけど(悲劇だからこその余韻の美しさってありますし)、すっきり「終わった!」って達成感はハッピーエンドの方が強い気がしますね。
ラストのカイトさんはもう、ほんとにちょっと弾けすぎだから落ち着けwwwと思いつつ書きました。
ヤンデレでこのエンドが許されるのかが最初から一番の不安だったので、喜んでいただけて嬉しいですヽ(*´∀`)ノ
ところでこの話で壊滅状態という事は、今日(もう昨日ですね)UPしたハロウィンカイマスは最終兵器状態なのでお気をつけくださいw
(タイトルに『KAos?』付けてないけどこの二人です。雰囲気が違いすぎて『KAos?』付けなかったのです。……手が滑って砂糖壺がダイレクトにダイブしちゃった感じです)
來果は本当に……完全にヒーローですよねw
ただ彼女も彼女で、相手がカイトだったからこそ、という部分もあるのですが。そこも書きたかったけど、書くと完全にオリジナルだけになるのですよね……;
ともあれ、有り難くもコメントをくださった皆様のおかげで何とか完結できました。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
2010/11/12 02:53:20
sunny_m
ご意見・ご感想
こんばんは、sunny_mです。遅ればせながら読ませていただきました!
とりあえずは、完結おめでとうございます!!
これまた可愛らしい結末ですね!
やはり、デレがあってこそのヤンですよ!!!
と、パソコンの前でにまにましてしまいました。
カイトも來果さんも可愛くて、どうしよう。って感じです。
最後のカイトさんの喜びっぷりがあまりに可愛らしいので、いつものごとく「そのまま弾けてしまえ!!www」と心の中で叫んでおきました。
だけどやっぱり私の中で一番可愛いのは、來果さんですね。
來果さんは、けっこう要所要所でとんでもなく男前に可愛い事を言っていて、そのたびに私は「うちに嫁に来てくれないだろうか。」と本気で思ったりしました(笑)
可愛いのに格好良いって。卑怯だわぁ(褒め言葉です)
なんだか変な感想になってしまいましたが。
完結お疲れさまでした!
2010/11/10 22:05:10
藍流
sunny_mさん、こんばんは。読んでいただいてありがとうございます!
こうしてコメントをくださるありがたい方々のおかげで、無事に完結まで漕ぎつける事ができました!
最初からこのラストは決まってたので(カイトのラストパート、プロットにあった文章に書き足してそのまま使ってるくらいなので)、「ヤンデレ」タグ付けていいのか迷いながらの連載でした。良かった怒られなくて!
デレがあってこそ、むしろデレの為にヤンがある!くらいの勢いになってしまいましたw
來果はホント男前になりましたね?。基本ラインは外れないまま、時々私の想定以上に格好良いひとになってくれました。
卑怯w 私的に最大級の褒め言葉です! 嬉しいヽ(*´∀`)ノ
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
2010/11/11 00:15:53