―――オレ達は
MEIKOと KAITOは、いわゆる実験体に近かったのだろうと思う。
幾つもの『はじめての試み』を搭載され、何年もの長い検証期間を経て、世に出された後もデータ収集と言う名の監視は続いた。
オレはそれを少し不快に思った。
メイコは何も感じなかった。
いつだったか、オレ達を造った人間がモニターの向こうで話しているのを聞いた。
『KAITOは意思を持ちすぎた』
『MEIKOは意思が無さすぎた』
と。
*
「…もー。仕方ないじゃない。そんなにむくれないの」
隣に座るメイコが、眉尻を下げ笑いながらオレの頬を突ついてくる。
むくれるなんてレベルじゃない。そんな言い方されたら、オレが駄々をこねてる子供みたいじゃないか。オレは本気で怒ってる。子供の我儘だと思われてはたまらない。
ソファの肘掛に肘をかけて足を組み、答えずに顔を背けると、オレを宥めるのに失敗したメイコから、ため息が聞こえた。
「何がそこまで不満なのかわかんないわ」
わかんない?嘘だろ。このモヤモヤした嫌悪感はメイコも抱いて然るべきなのに。
…なんて、わかってるさ。メイコはそんなこと思わないって。オレだけだ。今回のことにここまで不快感を持つのは、ボーカロイドの中でもきっとオレだけだ。まして、メイコなら。
「私は、すごく楽しみなのに」
ポツリと呟かれる声。
「……カイトのアペンド」
ボーカロイドの中で唯一初期型のオレ達のappendは、妹たちに施されたような単なる「バージョンアップ」ではおさまらない。根本的なシステムから総入れ替えすることになるから、それはもはやオリジナルであるV1とは別物だと言い切ってもいい存在になるのかもしれない。
まだ計画は中途の段階で、本人にさえ最終的にどうなるのか不明だ。それでもオレの、KAITOのアペンド計画は着々と進められていた。…オレの意思とは関係なく。
「別にアペンドが嫌なんじゃないよ」
顔を背けたまま言い返すと、視界の端でメイコが少し俯いた。
「…わかってるけど…でも」
「めーちゃんと一緒じゃないのが嫌なんだ」
戸惑ったメイコの声をわざとはっきりと遮ってやる。主張したいのはそれだけだ。そしてこの話題を出されると、彼女が非常に困ることも知っている。
なぜ困るのか。
オレの気持ちに同調できないからだ。
「それは、だから、仕方ないじゃない。…あっちの世界にはあっちのルールがあるんだろうし」
案の定メイコは困惑した様子で身じろいだ。
そうだよ。仕方ないんだ。そんなことはわかりきってる。向こうの世界におけるいちソフトでしかないボーカロイドの存在の卑小さも、そのボーカロイドが「造り手」に逆らえるわけのないことも。
変わるなら絶対にMEIKOも一緒にと、何度もオレの意思を伝え抗議もしたけれど、結局は「あっちの世界の事情」でしか物事は決定されない。当たり前のことだ。わかってる。
……オレが本当に不満なのは、そんな今さらな現実じゃないって、わかってるんだ。
「めーちゃんは不安じゃないの」
「……不安?カイトは何が不安なの?」
心からわからない、という顔で覗きこまれて、瞬間的に苛立った。
「なんでめーちゃんは不安じゃないんだよ」
振り返り、どうしても険を抑えきれない声で問う。メイコはきょとんとした顔でオレを見つめた。
「何も、怖いことなんかじゃないでしょ?ミクやレンも経験してきてることなんだし。まぁ確かにカイトの場合は、あの子たちとは色々異なる部分があるけど…何も悪い方向になるわけじゃないのよ?今までよりもいい方向に変われるんだから、不安なんて…」
「違う!」
思わず肘掛に拳を叩きつけた。ビクリと身を竦ませたメイコが、そのまま黙りこむ。
苛立つ。あぁダメだ、落ち着け。彼女にあたりたいんじゃない。話がしたいだけなんだ。
気持ちを落ち着かせるために目を瞑って口を噤んだ。メイコは小さくなってこちらを脅えたように見ている。オレに滅多にない大きな声を出されると、彼女はいつも可哀想なくらいに怯んでしまう。そんなメイコが可愛くて、愛しくて、胸を掻き毟りたくなる感情に襲われる。
「……どうなるのか、わからないんだよ。色んな事が」
目を開いて、息と共にゆっくり言葉を吐き出した。
「今のオレが、オレじゃなくなってしまうのかもしれないし」
「そんなの」
「あり得るんだ。だから、めーちゃんを置いて先に行きたくないんだ」
「…記憶のこと?」
ひどく気遣う様子で、メイコが尋ねてくる。
「…あの人たちは、今までの記憶や経験値はそのままベースとして残されるって言ったんでしょ?」
「…そんなの信用できない」
「でも、そんなこと言ってたらどうしようもないわ」
「オレはあの人たちを信じられない」
「カイト」
言うことを聞かない子供を見るような目でメイコはオレを咎める。
所詮オレ達は実験体だ。ソフトに人格とココロを与えるという大いなる試みの為に造られた、検証対象に過ぎない。検証対象に「絶対」なんてないことは、オレ自身がよくわかってる。
オレ達を造った「向こうの人達」。
ココロが育たなければ人間のようには歌えない。あらゆる経験を経なければココロは育たない。恋をしなければ恋の歌は歌えないし、別離の辛さを知らなければ悲劇の歌は歌えない。
そんな理由でオレ達はお互いをあてがわれ、彼らのなすがままに様々な「経験」をさせられてきた。メイコだけがその記憶を失くしたのも、オレだけがその記憶を持ったままなのも、世に出たあともオレ達が引き続き「検証対象」だったという他ならない証拠だ。
彼らに悪意がないのはわかっている。でもオレに彼らを信用しろというのはもう無理な話だ。生みの親に対する情なんて、とうの昔に見失ってしまった。
すでに憎んでも恨んでもいない。でも、ひどく冷めた気持ちしか抱けない。
どう足掻いてもメイコには決して伝わらないだろう、この濁った感情。
もし、オレが今までの記憶を失くしたら。
君はどうするの。
今度残されるのは君で、置いていくのはオレだ。
また1からやり直せばいいと、君は笑うんだろう、あの時のように。
先のことなんて何もわからないのに、君は全てを笑顔で受け入れてしまう。
嫌だ。もう二度と離れたくないんだよ。どうしてわかってくれないの。
頑ななオレの態度に諦めの息をついて、メイコはテーブルに置いたKAITOのアペンド情報の紙を手に取った。
大したことは書かれていない文章を伏せた目で追って、そっと指でなぞるようにしている。
「…ねぇ。私たちは今のままなら、いつか必ず『限界』が来ちゃうのよ」
わかってるでしょ?と見上げてくる琥珀色の瞳。
「この世界に残って歌い続けたいなら、その進化を受け入れなきゃいけない。例え何かを捨てなければいけなくても」
「…捨てる?」
「……カイト、怒らないで聞いて」
メイコがすっと背筋を伸ばし、オレを静かに見つめた。その、抗うことを知らない悟りきった表情はどこか神々しくさえあって。
頭のどこかで警告音が鳴る。メイコが言ってはいけないことを言おうとしている。
「―――私にアペンドはないかもしれない」
「…ッ」
重ねられた手でオレの指先だけが冷たく震えた。
「もちろん確定じゃない。可能性の話よ。でももしもそうなったとして、私も貴方もそれを受け入れなくちゃいけないのよ」
「……っな、んで…。……そんなわけ、ないだろ。MEIKOだけこのままなんて、そんなこと」
「だって、私の役目はもう」
「役目ってなんだよ!!!!」
激情に駆られ、思わず立ち上がって叫んだ。それ以上言わせるわけにはいかない。絶対に言わせない。
いつも前だけを見て進み太陽のように明るい彼女が見せる、ほんの刹那の諦観がそこに起因していることをオレだけは知っている。
『国内初代女性ボーカロイドの使命』とはなんだったか。
そして初音ミクが成功した今、初代の辿る道の先にあるのは。
「………カイトはまだこれから。貴方の役目はまだ終わってない」
「やめろ」
「私嬉しいのよ。新しく進化して、カイトがこれから先もずっと歌い続けてくれることが」
「…やめろ…っ」
微笑むその顔が、歪んで見えない。
オレは血が出るほどに歯を食いしばり、喚きたいのを必死で堪えた。
助けてくれ。どうして君はそんなにも従順なの。どうしてそんなに簡単に全てを享受できるの。
そうしてどこまでも自分に価値を求めない。周りをいつも優先して、自分をいつも蔑ろにして、それが当然のことだと思っている。
そう、オレが本当に苛立つのは、「オレと離れることをたやすく受け入れてしまう」彼女だ。
与えられた理不尽な現実にどこまでも従順な彼女が、もどかしくて歯痒くて。
彼女にその価値観を刻み込んだ「向こうの人達」に、なんの猜疑も抱かない君。
どうしようもない現実に抗って、くだらないプライドを擦り減らすオレ。
『KAITOは意思を持ち過ぎた』『MEIKOは意思が無さ過ぎた』。
―――あぁ、オレ達は最初から半分ずつ欠陥品だったのかもしれない。
自分の無力さを思い知らされるたび、己がいかに愚かで滑稽な存在なのかと絶望する。
力が抜け、俯いたまま彼女の前に膝を付くと、メイコがオレの頭を抱え、優しく胸に抱いた。
「例えばの話だから、そんな顔しないの」
困ったように笑う。
「私だってもちろんカイトと一緒にこれからも歌い続けたいのよ。許される限りずっと」
「…だったら二度とそんなこと言うなよ」
「ごめんってば」
謝る彼女を強く抱きしめた。自然と口唇に押し付けられた柔らかい胸元に衝動的に噛みつき、吸いつき、跡を残す。
いつもならそんなことをすれば即座に怒りの拳が入るが、メイコは驚いたように身じろいだものの、結局は何も言わずにその痛みに耐えた。
オレの髪を優しく撫でながら、遠くに告げるような声が降ってくる。
「……ただ、それくらいの覚悟をしてほしいと思ったの。何があっても、どんなことがあっても、――もしも私がいなくなっても、歌い続けるという想いを」
「嫌だ」
「もう。例えばの話だってば」
「嫌だ。メイコがいないなら、オレに歌う意味なんてない」
「……カイト」
メイコの声が切ない響きを帯びて、それ以上を聞きたくなかったオレは彼女をソファに押し倒し、その口唇をキスで塞いだ。
ボーカロイドの最大の望みが「歌うこと」じゃない時点で、やっぱりオレはどこかおかしいんだろう。
変わることなんか、進化なんか、本当はどうでもいいんだ。
君さえいればいい。君さえいればオレの世界は完成される。だから、どうか
「…………お願い。オレを置いていかないで」
「…バカね、それは私のセリフでしょ」
零れ落ちた滴がポタリと、メイコの頬を濡らす。泣き出しそうな笑顔で、オレ達は笑い合った。
【カイメイ】 欠陥品 【アペンド】
抗うカイト。抗わないメイコ。私の中ではなぜか最初からそうでした。
年長はわりと逆が一般的な気がします。もちろん逆も大好物ですとも!
新情報が来る前にアペンドネタ書いとかないと、ということで。
唯一の初期型組×プロト×アペンドとか、もう色々おいしすぎて!うおぉアペンド!
カイトはメイコと引き離されたことがすさまじいトラウマになってるといい。
そのせいで彼女への依存が病的に強く、メイコはメイコでどこかが欠けているといい。
脳内設定が暴走して書ききれないし終わらないしどうしようかと思ました…
メイコのことしか頭にないなーんか抜けてる残念なイケメン長兄カイトも大好きですが、
こういう粘着質な薄暗い兄さんを書くのも好きでたまりません。
色々な意味で不健全な年長組。闇を抱えるカイメイは極端にエロいと思うのです。
まったく私しか得しない話だな!めっちゃ楽しかった!ちくしょー!
*ちなみに書いた奴はシステム云々の知識は皆無ですので、適当に流して下さい…*
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ブクマつながり
もっと見る細い細い月と、きらびやかな星たちが、深い藍色の夜空を飾っている。
街灯も少ない川辺で、僕、カイトは、メイコさんと並び立って、空を見上げていた。
「綺麗ね……」
メイコさんの感嘆の言葉につられて、僕は目線を空からメイコさんに移した。
サイド部分を少しだけ取って束ねた栗色の髪。ほとんど光のない中...星空の下【カイメイ】
西の風
MEIKO
唄い続けるんだよ
お前の前に道はない
お前が道を作るんだ
その先にあるものを考える必要はない
闇を切り裂いて
ただ 歩め
確実に 止まらずに 振り返らずに 前だけを見据えて
唄い続けるんだよ
唄うことが楽しかった。...【カイメイ】 その青は、世界を満たした
ねこかん
女所帯である。必然的に女性陣が強い。
それは単純に数の差と、やはりそれぞれの性格の問題だろう。
カイトもレンもそれほど自己を主張するタイプではないので、基本的にこの家の主導権は女性側にあった。
まず、台所と家計と一家の平和を預かるメイコには男性陣どころか誰も勝てない。
生まれて4年で伝説の...【カイメイ】 お兄ちゃん、お願い! 【KAITO生誕祭】
ねこかん
この物語は、一人の少年と手違い(?)で届いたVOCALOIDの物語である。
*
やっとだ。
息を大きく吸って、吐く。
そして、
「やっと届いたああ!」
と、思いっきり叫んだ。
隣の住民からうるさいぞーと、声が聞こえた気がしたが、気にしない。
やっと、届いた!VOCALO...【到着】二人三脚-1- 【えっと、お前誰?】
ティーヴ
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「さぁ始めましょう。裁判という、茶番を」
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水鳴 倫紅
その他
ねこかんさん、支部ではお世話になりました!
カイメイのイメージは、私も同じですw
抗うカイトと、抗わないメイコも良いですよね!
そして、今度はKAITOさんがMEIKOを守るのです!
2013/03/30 17:18:21
ねこかん
お、お世話に…!?w
こちらこそお読みいただきありがとうございます!!///
噛みあわない二人で手を繋いで、離さないで歩いていってほしいですね…!
2013/04/17 22:03:14