あるところに、ひとりの王子さまがおりました。
王子さまはとてもやさしく、歌のじょうずな人でした。
おしろから王子さまの歌う声が聞こえてくると、人びとはとてもしあわせな気持ちになりました。
王子さまは、かわいらしい妹であるお姫さまと、まいにち平和に暮らしておりました。
「よし、これで全部だ」
大きく伸びをしながら腰を上げた。
長い作業ですっかり固まってしまった腰が軋む。
数時間ぶりに顔を上げてみると、すっかり外は暗くなっていた。
いや、よく見れば山際が光の色に染まり始めている。
「もう朝か…。また徹夜になっちゃったな」
「ロック、そっちも完成か?」
背後から声をかけてきた自分の雇い主は、既に出来上がった衣装を箱に詰め始めていた。
急いでロックもそれに倣う。
「ええ、なんとか。レオンさんの方も終わりですか?」
「ああ。随分無理をさせてすまない」
「仕方ありませんよ。船便の予定が狂ってしまいましたから」
今まで二人が作っていた衣装は、遠く離れた劇場で公演予定のオペラに使われるものだ。
世界的にも有名なクルード劇団が演じるとあって、衣装にも多額の資金がかけられている。
依頼されたこの工房も手を抜くわけにいかない。
選りすぐった最高級の生地の発注をかけたのだがその到着が遅れた。
貿易会社が輸送船の燃料の確保に手間取ったのだ。
「石油も最近はますます少なくなってるらしいですね」
「ああ、これからは増えるぞ。こういうことがな。…さて」
ようやく衣装を箱に詰め終えた。
生地の到着が遅れ、当然その製作にかけられる時間が大幅に減ることになった。
これで出来上がった衣装が公演に間に合わないとなれば大変なことになる。
それで二人は睡眠や食事の時間もぎりぎりまで削ったのだ。
「10時に港へ向かうトラックが出る。これで少なくとも本番に間に合わないということはないだろう。後は俺がやるから、お前は先に帰って休め」
「え、でも」
「年下は素直に言う事を聞いていろ。さぁ、帰れ。今日から三日間はここに来なくていい」
「…わかりました。すみません、レオンさんもゆっくり休んでください」
少々きつい物言いだが、それが彼らしさであることをロックは知っている。
軽く頭を下げて工房を後にした。
外に出ると、既に空がうっすらと明るくなっていた。
ふと北の山を見る。
(…やっぱり、綺麗だな)
この季節の北の山は、朝焼けに照らされた山肌が薄紫の羽衣をまとう様に見える。
あそこには小さな紫色の花が咲くからだ。
美しいその花の名を知る者はこの村にはいない。
それどころか、その花に触れることすら嫌がられる。
あれは「夜鳴きの花」だから、と。
「花は何も悪くないと思うのだけど」
軽く溜息を吐いた。
中央都市ニューアウクスブルクから寂れたこのバレラン村に来ることが決まった時、ロックは人知れず心が躍った。
幼い頃、両親と共に立ち寄ったバレラン村。
その時、野原に咲いていた花のことを、彼はずっと忘れることが出来なかった。
(ようやく、もう一度間近で眺められると思ったのに)
その期待は脆くも打ち砕かれた。
「夜鳴きの花」のことを口にしただけで、村の人々が嫌悪感を露わにしたからだ。
(お若い人。あんたは何も知らんのだろうが、あの花はお止めなさい)
(あの花と北の山に関わればろくなことにならん。近付かん方が身の為さ)
(夜鳴きに憑りつかれるわよ。ああ、恐ろしいこと)
―――――夜鳴き
ロックは足を止め、もう一度北の山を仰ぐ。
あそこには「夜鳴き」がいるのだと言う。
「夜鳴き」とは何かと尋ねても、はっきりとした答えは返ってはこない。
ただ、昔から北の山から何者かが歌う声がするのだという。
誰もいないはずのそこから聞こえる歌声は村にとって恐れとなった。
得体の知れぬ何かを「夜鳴き」と呼び、夜鳴きが住む山に怯え、その山に咲く花を忌むようになった。
しかしロックは「夜鳴き」の歌声を聴いたことが無い。
「一度聞いてみたい、って言ったら怒られるかな」
数年前から途絶えているらしい「夜鳴き」の歌。
あの花に魅せられた自分には、花と共に語られる彼の存在もとても興味深いものに感じる。
それも自分が何も知らぬが故であろう。
何も知らぬ自分には「夜鳴き」の歌はどのように響くのだろうか。
まだ誰もいない村の通りで暫し目を閉じて耳を澄ます。
聞こえるのは、鳥のさえずり。
水道の響き。
葉の揺れるざわめき。
風切りの音。
(…聞こえるはず、ないか)
そう、目を開けた瞬間。
風に乗って、歌が
消え入るような歌が、聞こえた
驚いて思わず辺りを見渡す。
誰もいない。
もう一度、耳を澄ます。歌は聞こえない。
だが、あれは確かに。
「歌が、聞こえた…」
北の山を見た。
朝焼けに照らされた紫の色が揺れている。
呼んでいる、気がした。
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