その女は笑うのだ。
抱き締めてくれるのでしょう?
と囁くように笑うのだ。



懇意にしてもらっている花街から入った仕事は新しく花魁になる女の着物を作ることだった。
呼び出され、通された部屋の中央に座るその姿は噂に違わぬ美しさ。

目を奪われたのは、彼女の頭上で揺れる真っ赤な椿。

いつもなら、作業を仲間内でいくつか分担するのだが、今回は採寸や縫いは勿論、着物を染め、柄をつける仕事まで全て自分でやると決めた。
この女に、己で作り上げた衣を纏わせたい、と思ったのだ。

数回の面会を重ね、三度目にはもうこの女に触れたいと思うようになっていた。
女も、私の気持ちには気付いているようだった。

「何を微笑んでいらっしゃるのです。」
「いや、綺麗だな、と。」

女は髪にいつも椿の花の簪をつけていた。
触れるそれは当然人工物。
滑らせるように移動した手のひらで触れた頬は、柔らかく暖かかった。

「ふふ、」
「何がおかしい?」
「いえ、予想通りでした。」
「何がだ?」
「貴方様の手は冷たい。」

己の頬を包む手のひらに、自分の手のひらでを重ねて女は嬉しそうに微笑む。

「手の冷たい方は、」
「心が暖かいとでもいうのだろう?」
「あらご存知で。どこかのお嬢様にも言われましたでしょう。少々妬けます。」

本当は嫉妬などしていないだろうに。
この女は言葉や表情の選び方が上手いと思った。

「だからこその花魁か。」
「はい?」
「いや、何でもない。続けるぞ。」
「お願い致します。」

女から手を離し、持ってきた反物を合わせる。やはり、赤が似合うな、と思った。

「お前、色は何が好きなんだ。」
「色ですか?…赤、ですね。」
「ふ、やはりな。その椿も、真っ赤でお前の黒髪によく映える。」
「桜のように淡い色も悪くはないと思いますが、私、あまり桜は好みではないのです。」
「それは珍しい。女はみな、桜が好きだが。」
「えぇ。でも、儚く散る桜よりも、私は潔く落ちる椿が好きなのです。」
「らしい、な。」
「ふふ、そうですか?」

嗚呼、愛しい。

「貴方様は、やはり椿よりも桜を好む女性が良いのでしょうか?」
「…いや。私も、どうせならば美しく堕ちたいと思う。」

嗚呼、愛しい。
堕ちて、しまいたい。

いや、駄目だ。
堕ちては、駄目だ。

「……今日は終いにしよう。」
「もうお帰りになってしまうのですか?」
「………頭を冷やしたい。」

荷物を片付けて、挨拶もそこそこに部屋を出る。
側にいたら、抱き締めてしまいそうだった。

愛したところで、身請けする金どころか店に通う金すらない。
この仕事が終わったら、私と女はおそらく長い間会うことはないだろう。
店主が安いとはいえない着物をそうそう新しく作ってやるとも思えない。
この先も別件であの店へ仕事に出かけることはあるだろうが、すれ違うだけの関係になるならばいっそ気持ちに蓋をすべきだ。

この気持ちに嘘をつかず、堕ちたとしても椿のように美しくはなれないのである。



「あ、例の花魁の着物、決まったのか?」
「あぁ。今から柄付けに入る。」
「って真っ白か。…白無垢みたいだな。」
「あぁ、そうだろう。」

自嘲気味に笑う。
好いた女に白無垢のような着物を贈るなど、自傷行為もいいところだ。
あの女は、これを着て他の男に抱かれるというのに。

白い生地に、真っ赤な色を落とす。
あの女を表すならば、この花以外に他はなかった。



出来上がった着物を風呂敷に包み、店へ向かう。
何とも気分の重たいことだった。
己の衣を纏う女を見たい気持ちと、見たくない、仕事を終わらせたくない気持ちが雑ざりあう。

「そこのお兄さん、ちょいと覗いていかないかね。」
「あぁ、小物か。」

ふいに声をかけてきたのは、女物の小物を扱う店の店主だった。
声に応えてちらりと店先に並ぶ簪をみて、見つけたそれに手を伸ばす。

銀の本体に紫の蝶々の飾りがついた小振りの簪。

「贈り物ですかな。」
「…まあ、そんな感じだ。」

包んでくれ、と店主に伝え、受け取ったそれを懐に入れ再度店へと足を進めた。



「まあ、綺麗。」

渡した着物を羽織った女は、予想通りに美しかった。

「ふふ、でもまさか白地だとは。」
「お前の髪の黒と、椿の赤、生地の白…全てが美しくみえるためにこれにした。」
「本当、見事な椿の花…」

生地に描いたのは、真っ赤な椿の花。

「お前を想えば…自然と筆が走る。」
「ふふ、素敵な口説き文句ですね。」

微笑む女の頭上で椿が笑う。
私は懐から簪を取り出し、椿の側にそっと差した。

「?」
「おまけ、だ。」
「まあ、綺麗な簪。」

椿に魅せられ寄ってきた、紫の蝶々。
言葉に出来ない想いを抱えた、私の悪足掻きだった。

「まるで貴方様みたい。」

蝶々を鏡で眺めながら女が言う。
私は何も答えられなくて、ただただ女の頭上で揺れる椿と蝶々を眺めていた。

嗚呼、堕ちて、しまえたならば。

「お前は、やはり綺麗だな。」
「ありがとうございます。」
「きっと、良い、花魁になる。」
「……………私、今は名前がないのです。明日の朝、新しい名前を頂くことになりました。」
「…そうか。」
「ですから、私は今、何者でもないのですよ。」

女は言葉を続ける。

「普段なら側に置いておく新造を貴方様とお会いする時は下がらせている意味、
気付いていないとは言わせません。」

女の言葉で頭が麻痺して、ろくにシラも切ることが出来ない。

無意識に伸ばした腕をとって、女はふわりと微笑んだ。

「抱き締めて、くださるのでしょう?」

嗚呼、私は椿に魅せられた愚かな蝶々。
あまりにも美しく強い存在に抗う術など、持っていない。

腕を引いて、細い体を抱き締める。女の頭で椿と蝶々が触れ合っていた。

「……“私”が最後に触れる方が、貴方様で良かった。」

掻き抱いた拍子に女の頭から簪が抜け落ちる。

しゃらり、

椿と蝶が揃って床へ堕ちていった。



END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

簪ノ蝶-novel version-

つ、か、れ、た…!(笑)
コラボ「拍ノ音」に参加させていただいたのをきっかけに、ずっと書いてみたかった「呉服屋?がくぽ様→花魁な貴女」をイメージしながらを書いてみよう!と思ったのですが、歌詞が上手く流れてこず、じゃぁ小説でまずは軽く固めてみるか!と思ったのですが…

歌詞はあくまで「イメージ」なので、細かい設定はいりませんが小説はいりますもんね…花魁とか、着物とか、簪文化は奥が深い!
でも、しきたりに縛られてると長くなる。

ってわけで、全部「モドキ」でお願いします!ww
和「風」です「風」!!
一種のファンタジー?(笑)

なので、しきたりとか伝統とかはあまり意識しないでくださると助かります。

因みに、話の内容上、桜より椿とか言ってますが私は桜が大好きです。
夜桜サイコウ!

あとは薔薇と牡丹と曼珠沙華が好きです。

閲覧数:179

投稿日:2009/10/22 23:59:06

文字数:2,500文字

カテゴリ:小説

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  • 花香

    花香

    ご意見・ご感想

    こんにちは、足跡辿って参りました。

    このお話が大好きです!
    とても私好みでブクマしてしまいました(*'ω'*)
    好きなお花が全部同じなのにも驚きです(笑)
    あと芍薬もなんかも捨てがt…あ、話がそれてしまってすみません。

    他の作品もどれも好きでしたv
    また覗きに来ます。
    これからも頑張って下さい!

    2011/06/21 10:53:11

    • 蝶子

      蝶子

      うわああああありがとうございます!!!!
      すごく嬉しいです!!
      ブクマまで/////嬉し過ぎてニヤニヤしてしまいました///

      はい!!
      これからも頑張らせていただきますのでよろしくお願いします!!
      本当にありがとうございました!!!

      2011/06/21 21:30:34

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