「はーいじゃあ休憩!」
5月23日。
撮影で張り詰めていた空気が一気に和らぐ。
その場に座り込みたいけど生憎今は衣装(しかも制服)、汚れたりしてはいけないので立ちっぱなしである。
「ふう」
持参した水筒を手に取る。
ちなみに中身は麦茶。
暑い時期に飲むのがすごい好き。
現在、一番長いシリーズの撮影中でございます。
あ、休憩中だった。
「今日マスター機嫌悪いな」
ペットボトルを手にこちらに歩いてくる神威さん。
例によって白衣です。
そういう意味では普段と変わらない格好だから見慣れてる。
…二年半くらい見続けてるけどね。
「そうですね。なんか『お腹痛い☆』って言ってましたけど」
「いつもじゃねえかよ…いや、今日は重症ってことか」
「…なんで今日撮影入れたんでしょうね?」
「気分だろうな」
常に気分で生きているマスターは今日もマスターだった。
ちなみに機嫌悪いときはカットが多い。
多分今日はほとんどカットだろうな。
だってマスターがああだもん。
「そういえば神威さん。先日リンちゃんが昔話の絵本読んでたんですよ。部屋を掃除していたら見つけたそうで」
「……なんか聞き覚えあるぞそれ」
「で、『もっと面白くしてみよう!』って変な風にアレンジしてましたよ」
「ほう。…何て改造したのか大体予想はつくから言わなくていいぞ」
うん。
浦島太郎が途中から、一攫千金を目指して新薬を開発した乙姫様が竜宮城爆破しちゃう話になってた。
赤ずきんは狼と少女の対面で、少女による言葉の精神攻撃で狼は結局警察に売られ、少女は報酬をもらってぬくぬく暮らす話になっちゃってた。
もうリンちゃんなんであんな風に話いじるんだろう。
「白雪姫に至っては、継母への復讐にオレオレ詐欺を覚えた白雪姫が、道端で拾ったラジオをいい感じの値段で売りつけるという謎すぎる話になってました…」
「ごめん俺の想像超えてた。犯罪ダメ絶対」
リンちゃん…。
「でも私、白雪姫の話すごいなって思うんです」
「悪質なセールスをする白雪姫がか?」
「あ、そっちじゃなくて…大好きな人の誓いで目を覚ますって、すごいなって思ってて」
「(そんなんだったっけ、白雪姫)」
でも元の昔話は素敵な話が多いけど、面白くしてみるのもいいよね。
私も昔よくやったなあ。リンちゃんほど斜め上じゃなかったけど。
*
今日撮影したシーンは後日また撮りなおすことになった。
今は夕飯を済ませて、洗い物を丁度終えたところだ。
今日の当番は私だからね。
リビングに戻ると、皆自分の部屋に行ったみたいだった。
私の台本はここにあるし、自室まで行くのもなんだか面倒。
だからここで練習しておこうっと。
台本を手にとってソファへ目を向けると、そこには横になった神威さん。
よく見ると手に開いた台本が。
「あ…寝ちゃってる」
夕飯の後に寝転がるとやけに眠いからわかる気もする。
せめてタオルケットでもかけてあげようと立ち上がる。
そういえば、今まで彼とは恋人らしいことしたことなかったなあ。
自分の思いを伝えること自体が私には困難だから、今のような仕事仲間の関係のまま。
私からは恥ずかしくてできない。
かと言って、彼からはとくに何もない。
数ヶ月前の旅行(?)ではいいことあったけど、本当にそれだけで。
タオルケットを持ってきてかけてあげる。
白衣だけを脱いだ状態だから、サラリーマンが疲れて爆睡してるだけにも見えるけど。
「なんで何もしてくれないのかな」
私の性格にも問題はあるけれど、ちょっとでも期待したっていいじゃない。
今の無防備な状態だったら。
きっと、私だけの思い出にできるはず。
ゆっくりゆっくり顔を近づけて、そっと触れる程度のキスをして。
「…ばか」
自分でしておいて、すぐに口元を押さえる。
世の中の人々は、こういうこと平気でやってるんだ。
皆、凄い勇気の持ち主だ。
やっぱり私に恋愛は難しい。
その後、誤魔化すために缶チューハイを開けて、少しづつ飲みながら台本を読んでいく。
酔っているから顔が赤いのだと、そう見えればいい。
私だけの秘密にできれば――それでいい。
【がくルカ】Segreto
今日はキスの日らしいので、舞台裏のなかなか進まない二人に。
タイトルはイタリア語で「秘密」。
イタリア語でがくルカの場合、舞台裏シリーズでございます。
今回は二人とも頑張ったんじゃないかなと思います(当社比)。
とくにルカさんね。
あと書いてて私が恥ずかしかったです。
スゴイナー。
ちなみに赤ずきんの話は私が実際に書いたことあります。
前のバージョンでアナザーサイド。
もう少し何かあとがきに書こうと思ってたんですけど何書くか忘れましたので思い出したら書きますね。
なんだったかなー。
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