12月24日。
街中が白い魔法に包まれる日。
街を歩く人々が、思い思いの感情を胸にその日を祝う。



息を吐けばそれは朝でも夜でも白く舞い上がり、小さく小さく分散されて静かに空中に消えていく。
ふわふわと舞い降りる粉雪は太陽の光で反射してきらきら光り、掴もうとすれば儚く溶けてしまう。

例え街でどんな事件が起きようが、どんな大雪が降ろうが、皆「クリスマスだから仕方がない」と騙されたふりをする。
特別な日だから。一年に一度しかないから。
そんな風に特例だと思うことで、どんなに嫌なことがあっても何事もなかったかのように過ごしたいのかもしれない。
すぐそこにあるはずの大切なものを見落としながら。

それに気づく者もほとんどおらず、街はお祭りムードに包まれている。
子どもはサンタクロースを待ち、プレゼントをもらうためにいい子を振舞う。
大人は自らの困難を振り払い、大切な人を想いながらそれぞれの道を歩く。



再び、街中が白く染まる日がやって来る。
今宵は、何が起きるかわからない。











<<前夜祭に抱えし夢は>>











迂闊だった。


「がっくんがっくん!メリクリ!」


リビングの扉を開けると、リンが弾丸のようなスピードで俺にタックルを決めてきた。
しまった。ハロウィンのときもこんなテンションでお菓子を奪い取っていったのに、どうして予想しておかなかったのか。


「レン。こいつを剥がしてくれ」
「あいよー」


アイスバーを食べながら片手でリンをひっぺがすレン。
恐ろしいほど手際がいい。
もしや慣れてるな?


「ねーえーがっくんープレゼントー」
「俺はサンタじゃないぞ」
「私にとっては、プレゼントに関わる全ての人がサンタですうー!」
「何もやらんぞ」
「けちー」


いいじゃん私たちもうすぐで誕生日だし!と喚くリンを、あまり迷惑なことするとお前のご飯少なくするぞとレンが(無理やり)諭した。
その後のささやかな反撃(リンのクレーム)をスルーしながら今日の予定を確認する。

珍しいことに、今日は全員がオフらしい。
たまには皆休もうぜ!と面倒くさがりなマスターが無理やり入れたのかもしれないが。


「私たちもうすぐ誕生日なのにー」
「とりあえず落ち着け。今日はミク姉達がご馳走作ってくれるらしいし」
「えっ本当?それ本当?許す」
「単純ダナー食いもんに釣られるとかリンは子どもダナー」


同じ双子なのにレンのほうが落ち着いてるってのはいったいどうなんだろう。
でも語尾が棒読みっぽくなってるのはやっぱりレンも食べ物に弱いのだろうか。


「ほら、何騒いでるんですか?朝食できましたよー」


リビングの扉を開けてミクが入ってくる。
ひとまずここで双子のクリスマスの愚痴(?)も終了のようだ。






*






「結局今日は何もできなかったー。一日を無駄にしたよー」
「嘘をつくな。アイテムを駆使する某レースゲームと人生を辿る某すごろくボードゲームとトランプを散々やったあげく一番楽しそうにしてたの誰だよ」
「テヘッ☆」


双子のコントはさておき。


「今日はまた随分気合を入れたな。そういえばグミも手伝ったんだっけ」
「うん。このフライドチキン!」
「おー」
「を、盛り付けました」
「だろうとは思ったよ」


盛り付けが上手いことに定評のあるグミ。


「ほとんどはめーこさんが作ってくれたんだよー」
「ルカ姉は?」
「あの、下手ですけどケーキ作りました」
「飾りつけは私です!」
「グミちゃん飾り付けと盛り付けは本当上手だよねー」


ミクのコメント、遠まわしに味付けとかは下手って言ってないか?
今グミとても嬉しそうだけど絶対気づいてないよな。
ミクも悪気はないだろうけどなんか怖いよな。


「ルカちゃんのケーキ美味しいよねー」
「ありがとう。あっ顔にクリームついてるわよ」
「つまみ食いしちゃった☆」
「グミちゃん…」


ルカが一瞬肩を落としたように見えた。
今日キッチンでグミは飾りつけとか以外に活躍したのだろうか。
皿を割ったり鍋を焦がしたりとかしてないだろうな。


「まあそれはともかく、今回のクリスマスパーティーも忘年会をかねて早く始めましょう」
「そうだねシャンメリー開けよう、ふたが戻ってこないやつ」
「なんかそれ懐かしいような気がするわ」


細かい突っ込みはナシで。






「はあ、なんだかんだで今年もいろいろあったわね」


ワイングラスを片手にメイコがため息をつく。
いろいろ、ね。


「確かにな。マスターの知り合いの人のところにお邪魔させてもらったこともあったしな」
「ああ…大変でしたよね。楽しかったですけど随分危険な街でしたし。神威さんお手伝いしてましたよね」
「手伝いというか勝手に暴れさせてもらっただけというか」


あの時はただの一泊二日の旅行だったのに随分疲れた。
旅行というにはけっこう猟奇的な街だったが。
到着早々変な奴らに出くわしたし。


「そういえばあんたたちは二人で行ったんだっけ?」
「そうです。途中でミクちゃん乱入しましたけど」
「でもいいわね。あんたたちは相変わらず仲いいし。私なんか何も進んでないわよ」


そう言うとメイコはワイングラスを傾けて中身を飲み干した。
少しばかりやけになっているのでは、と思ったが俺たちに何かができるわけでもない。

例え何かができたとしても今はどうしようもない。
実際にカイトは今朝から一人でどこかへ出かけているわけだし。
家にいたって、酔ったメイコの相手をするだけだろうし。
どちらも今は進展する様子がない。
俺たちから何かするというわけにもいかない。






「しかしこれまで本当にいろいろありましたよね」


メイコが黙り始めてきたかわりに今度はルカが喋りだした。
珍しく酒を飲んでいることもあり、普段は皆の話を聞いていることが多いルカが今日はよく喋る。


「そうだな。今年はある意味、いろいろ忙しくなったしな」
「それもあるんですが、この仕事を始めてから身の回りがいろいろ変わったような気がします」
「あー確かにな。もう三年も経つんだよな」


そもそもなぜ俺はこんな仕事をやっているんだろう。

元々は全員関わりを持っていなかったのに、今は全員シェアハウスで暮らしている。
歌を歌う仕事に就いたかと思えばなぜか役者をやることに。
歌の仕事を一切もらっていないのが心底不思議で仕方がない。

俺は大学時代に召集を受け、大学に行きながらこんな仕事をやることになった。
学校に行っているのは俺だけじゃなく、双子やミク、グミもそうだった。

大人組は俺以外はどうだったのだろう。
人のプライベートを詮索するのもどうかと思うし、俺からもとくに何も言っていない。


そもそも俺たちはここに来ることになった全員の大まかな理由や過去も知らない。
俺が知るのは、ここに来て仮の家族として暮らす皆と、仕事の同僚としての皆だけ。
要するにここに来てからの皆しか知らないわけだ。
あとはせいぜい、リンとレンが双子ということ、俺とグミが兄妹ということくらいか。

俺は何も知らない。
ルカのことも。


「昔はこんなふうに、演技でお仕事させてもらえるとは思っていなくて。将来何になりたいかなんてのも考えてなかったんです」
「誰でも未来なんてものは曖昧さ」
「そうですかね…」


きっとそうだ。
誰でも「こうなりたい、こうしたい」という理想を持っていても必ずしもその理想が叶えられるわけじゃない。
確立された未来なんて、全ての人に約束されるとは限らないのだ。


「穏やかな日常が約束されている揺り籠の中で…今後のことを、揺り籠の外での生活を本格的に考え始めるのは、中学生の頃だろうな」
「やっぱり進路のことですよね」
「ああ。俺がそうだったよ。大人の大変さを知った頃には、もう今まで通り過ごすことはできず、少しずつ準備を整えていくしかない」


そう。
あの頃は本当に、自分はただ平凡に社会で生きていくのだと思っていた。
とくにパッとしない、何の取り得もなく日常に溶け込むしかないのだと。
何の因果でこうして暮らしているのかはわからない。
ただいろいろな縁が重なり合わないと、今俺はここにいないだろう。






「あ、もうメイコ寝ちゃいましたね」


話に花が咲く中、静かな寝息が聞こえるほうに目をやればメイコが机に突っ伏して撃沈していた。
こいつもある意味、いろいろ苦労しているんだよな。


「ほらメイコ、ちゃんと自分の部屋で寝なきゃダメでしょー」


うっすらと起きたらしいメイコを部屋まで送り届けるルカ。
起きなかったら完全に放置のパターンだったな。


「カイトさん、結局帰ってきませんでしたね」
「あいつのことだ、今終電の電車で帰ってる途中だろ」
「かなり大雑把ですね」
「いつものことさ」


でもあいつだって、何も考えずただ旅行しに行ったわけではないだろう。
メイコとのことについて多少は関係しているはずだ。
あいつは踏み出そうとしている。

そっちはもう任せればいいだろう。
進展がないのは…俺たちだって一緒だ。


「ここに来なければ、二人を応援することも、こんな風に恋をすることもなかったんですよね」
「まあ、そりゃあな」
「なんか今日、私たくさん喋ってますね。うるさくないですか?」
「いや、大丈夫だよ」


いつも話を聞いてもらっている立場なので新鮮ではあるが。


「俺も昔さ、ある子に個人的に話を聞いてもらってたことがあるから別にかまわないよ」
「そうなんですか…そういえば」


ルカが何かを思い出したように言う。


「私も昔、そんなことがありました。ある場所で偶然出会っただけなのに、その人は思いつめた表情で自分のことを話してくれたんです。…結局私一人じゃ何も出来なかったし、その人とももう会うことはありませんでしたけどね」
「へえ。世の中にはそんな人もいるもんなんだな。まあ話を聞いてもらえるだけでも少しは気が楽になるからな」
「はい。でもとても優しくてかっこいい人でしたよ。私の知らなかったいろいろなことを教えてくれました。それに、なかなか面白い話もしてくれました」


そして、彼女は少しの微笑みを浮かべながら言う。




「今思えば、それが私の初恋だったんですね」


グラスを机に置く仕草も、いつもより少し丁寧で。


「彼の言い回しや性格も、どこか神威さんに似てましたね」


まるでその記憶に寄り添うように。


「だから今神威さんを好きになったわけじゃないですけど、やっぱり惹かれてしまうんです」


まるで思い出を、儚く壊れてしまいそうなものを扱うように。


「あんな風に接してもらえたのは初めてでしたし…どこか共通する優しさを、思い出したんでしょうかね?」


誰かを思い描きながら愛しげにグラスを撫でて。


「本当に、大切な人だったんだな」
「はい。今は多少違いますけど、やっぱり大好きでしたよ」


寂しげな笑みを浮かべながら、俺にその表情を見せた。


思いの形は違えど、そうやって長い時間に渡って誰かを思い続けるのは素晴らしいことだと思う。
純粋に誰かを思い続けるのはなかなかできないことだし、賞賛されるべきことだと思う。

だけど、俺は彼女のその思いだけは素直に受け止めて認めることはできそうにない。
醜いヤキモチのせいなのか、彼女に「昔好きになった人に少し似てた」と言われたからなのか。
もちろんそれもある、むしろ後者は確実なのだが、それでも何かが違う。

まるで、何かとても大切なことを忘れてしまっているような。
まるで、とても重要なことに気づくことができていないような。



……俺は今、どんな顔をしているんだろう?
ちゃんと彼女に向けられる表情が作れているのだろうか?



「こんなこと、神威さんに話しても仕方がないですよね。それに、もう会えないんだし…忘れてください」
「ああ……俺は、大丈夫」






"私も昔、そんなことがありました"
俺も昔、そんなことがあった。

"神威さんに似てましたね"
似てた。そのときの少女も、話し方がとてもよく似ていた。

"大好きでしたよ"
大好きだった。ああ、確かに、そうだったかもしれない。

"もう会えないんだし"
会ったのも話したのも、たった一度きり。




「俺さ、もう部屋に戻るよ…おやすみ」
「おやすみなさい、神威さん」




思い出せない。
思い出せ。あの出来事が今に繋がる鍵を。

彼女は。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【がくルカ】前夜祭に抱えし夢は【舞台裏】

明けましておめでとうございます。
ゆるりーです。

新年早々舞台裏シリーズですが、これクリスマスイヴの話です。
一週間以上遅れた上に年明けました。
遅刻もいいところです。


前回「Jackは甘き夢を見る」の続きです。
今回はがっくん視点ですが、何かに気づきかけました。
頑張れ。

微妙にカイメイも動き出してます。
コラボのほうに「ランプシェード」というタイトルで投稿してますが、うちのカイメイは基本がくルカと正反対なんですね。
うん。(カイトは扱いも)頑張れ。


そんなわけで今年も我が家のボカロたちをよろしくお願いします。

閲覧数:728

投稿日:2015/01/01 02:14:37

文字数:5,210文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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