[第4話]~過去
 頭の中が、ざわつく。私は、その場から1歩も動けずにいた。
 早く、此処から離れないと、連とめい子さんに気付かれてしまうのに…。

 私のほうへとだんだん近づいてくる、2人の足音。
 
 「…りん…。」

連が、私の名前を呟く。
瞬間大きく波打った私の心臓。

 「りん…、今の…聞い…」
連が言い終わる前に簪を拾って、そこから逃げ出した。
連の顔を一瞬見たけれど、水彩画のように滲んでよく見えない。

 私は、泣いていた。

何が哀しいのか、何が嫌なのか、判らずに簪を握りしめて。
唯そこから逃げたかった。だから私は、町を走っていた。

 ”どうして、いつも、誰も私に何も言ってくれないの!?”
 ”どうして、いつも、誰も私に何も言ってくれないの…?”

 ……い、つ、も…?

 私を襲うあの頭痛。
頭に流れ込んでくる、これは…。

 目の前が真っ暗になった。


    *    *    *    *    *    *    *    *

 真っ暗な部屋。…此処は…私の部屋…。

 「どうして、いつもあなたはそうなの!?」
 「仕方ないじゃないか…!」
 「一言言ってくれればよかったじゃない!」

聞こえてくる怒声と嗚咽。
 お父さんと、お母さんだ…。

 しばらくしても止みそうにない2人の声に、私は、だんだん苛立ちを覚え始めた。
部屋は、いつまで経っても真っ暗なまま。

 私は、窓の方へ歩みだした。
鍵を開け、外へ飛び下りる。
 ガラの悪い友達と夜中まで遊び呆けた。

 …その時、髪を染めたんだ…。

 蘇る記憶。これが…私だったんだ…。
 両親は、毎日喧嘩。2人に見放されて、一人ぼっちだった。
逃げるのは、闇しかなかったんだ…。
 
 仲間と別れて、夜の街をひたすら彷徨う。
視界に映るのは、地面と自分の足元だけ。

 それが、不意に滲みだした。ここでも私は泣いていた。
目から零れた涙を、拭いながら歩く。

 歩いているうちに、どこかの横断歩道にさしかかった。

 トラックのクラクションが響く。
視線をあげると、すぐそこに1台のトラックが迫っていた。

 
 私は逃げずに、そのトラックを見つめていた。

目の前が真っ白になる瞬間、私はうっすらと晴れやかな笑顔を浮かべた。

 


 ”やっと…、逃げられるんだ…。”



 すぐその後に、目の前が白く染まり、意識が遠のいた。



   *    *    *    *    *    *    *    *

 目が覚めると、私は見知らぬところに居た。

 ”此処は何処だろう…?”
行灯の明かりだけではよく見えない。
目線を泳がすと、綺麗な女の人が目に入った。

 「あ、目が覚めましたか…?」

 「…巡屋さん…。」
 「此処は、巡屋の客間です。かいとさんが河原で倒れていたりんさんを
連れてきたんですよ。」
 「連…は…。」
舌足らずな口調で、巡屋に問いかける。
 「鏡屋さんは、いますよ。」
巡屋さんが手を出した方へ目を向けると、眠る連の姿があった。
 すぐ近くで、座ったまま寝ている。

 よく目を凝らすと、うっすら涙を流していた。

 「連・・・。」
思わず小声で、呼びかけた。


 「姉さん・・・。」

 連がぽつりと言う。


 私は、それ以上何もできなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

緋色花簪

りんの過去です。
一応、タイムスリップした日の記憶ということなので。
今回は、ほぼりんだけですね。

 追記

注目の作品に追加されました!
皆さんのお陰です!
ありがとうございます!ありがとうございます!

閲覧数:391

投稿日:2012/03/18 10:38:45

文字数:1,397文字

カテゴリ:小説

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