[第3話] ~秘密
巡屋から帰った私は、連の部屋で饅頭をかじっていた。
かじりながら、巡屋であったことを思い返していた。
私を噂した奴は、絞め殺してやる、と思った時のあの頭痛。
緋色の簪をくれた時の連のあの複雑な表情。
あの顔を向けられてからは、まともに連の顔が見れていない。
「はあぁ…。」
大きな大きな溜息をした時だった。
「何かお悩みですか…?」
今では、だいぶ聴きなれた声。
「めい子さん…。」
そう呼ぶと、にこりと笑った。
「何でも言ってください。ここに来て色々大変でしょうに。」
私は、巡屋で、かいとさんに向けたあの嬉しそうなめい子さんの顔を思い出した。
「めい子さんって、かいとさんのこと好きなんですか…?」
そう言うと、彼女は、あからさまに顔を赤らめた。
少しの沈黙の末、先に口を開いたのはめい子さんだった。
「かいとさんとは…小さな頃からの付き合いで…ずっと一緒にいたから…。」
いつもの落ち着いためい子さんとは違う、可愛らしいめい子さんは初めてみた。
しかし彼女は、哀しそうに俯いて続けた。
「でも…知ってるんです。かいとさんは、初音家のみくさんが好きで…。」
「え!?みくさんって、鏡屋の常連の?」
「…はい。」
みくさんは、呉服鏡屋の常連さんだ。
彼女が、若旦那の連を好いているのは知っている。
めい子さんの恋は、これまで1度も報われてないんだ…。
そう思うと、胸が苦しくなった。
「今、客間で若旦那がみくさんの接待をしておられます。」
「連が…。」
さっき思ったより、ずしりと胸の奥が、軋む。
みくさんと連が、一緒に居ると思っただけで…。
その瞬間私は、
「ここ、呉服鏡屋で奉公させてください…!」
と、言っていた。
自分でも驚いた。私働いたことないし。
めい子さんも目を丸くしてこちらを見つめる。
「わかりました。では、若旦那に言ってきましょうか。」
「は・・・はい…。」
私はめい子さんのあとについた。
* * * * * *
勢いでついてきたので、ずっと手に握っていた連のくれたあの簪が、手の中にあった。
あるのを忘れていた位握っていたので、暖かくなっている。
ふと見ると、飾りの細工が一つ欠けていることに気付いた。
「此処が客間です。」
いつの間にか、客間に着いていた。
私は簪を、髪に挿した。
めい子さんが外から若旦那と呼ぶ。
中からする連の声に胸が締め付けられるような錯覚。
めい子さんが、襖を開け、中へ入るのに続く私。
なかには、可愛らしい女のひと。みくさんだ。
「連さん…?どうかなさいましたか…?」
「ああ、すみません。家の者が何か用があるようで。」
「若旦那、少しお時間よろしいですか?」
めい子さんの呼びかけに連は、
「ああ、構わないよ。みくさん、申し訳ありませんが少し席を外します。」
外に出る2人。
連は、私に此処に居ろというような視線をうながした。
客間に居るのはみくさんと私の二人きりになった。
長く重い沈黙。
先に喋ったのは、みくさんだ。
「りんさん、貴方は本当に連さんのこと知らなかったんですか?」
冷たい口調。その質問の意味がわからなかった私は、
「…どういう意味ですか…?」
と訊き返す。
「どう考えても、貴方が連さんのことを全く知らなっかったとは思えないんです。」
「意味がよくわかりません。」
というと、私の発言を無視して彼女は、続ける。
「りんさん、貴方は2年前の春亡くなった、連さんのお姉さんによく似ているのです。」
…ドク…
大きく跳ねた私の心臓。
「連さんには、お姉さんがいらっしゃったんです。名をお凛さんと言いました。」
・・・お凛・・・。
私の名前によく似ている。
「お凛さんと連さんは、とても仲が良く、ずっと一緒に居ました。でも、お凛さんは、二年前、流行ったたちの悪い風邪を貰って、亡くなったんです。」
私は、よくわからなかった。
「それだけなら、珍しい話ではありません。でも、りんさん、貴方は…まるで……、お凛さんの…生き写しです。」
訳のわからないものが、頭の中で渦巻く。
私が、死んだ、連の、お姉さんの、生き写し、なんて…。
固まる私に、みくさんは、
「その簪は、連さんから…?」
頷くしか出来ない私。
それをみて、みくさんは、
「きっと、お凛さんを貴方に重ねているんですよ。」
にこりと笑う。
とにかくこの渦をどうにかしてなくしたかった私は、
「す…すみません、みくさん。失礼します!」
と、客間を飛び出した。
2人は、とても近くで話していた。
「やはり、りんさんを店表に出すのは…。」
みくさんが言っていたことが、間違いであるように心で強く祈った。
「りんは、姉さんに、よく似ているからな…。」
嗚呼、みくさんが言っていたことは、真実だったんだ。
私の髪からするりと緋色の簪が落ちて、床でかしゃりと音を立てた。
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「う、うるさい、わよ。はぁ…はぁ…、それより、リンは?リンはどこ!?」
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...妖精の毒#80
しるる
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