送ってくれる車に乗ってる間、私はずっと上の空だった。七海さんみたいに怒る事も、しふぉんみたいに純粋に楽しみにも出来なくて、漠然と不安を感じていた。
「それじゃ、ひおまた明日ね~。」
「あ、うん!明日ね!おやすみ。」
しふぉんが家に入るのを見届けると、自然に溜息が零れた。
「…そんなに嫌?」
余程ぼんやりしていたのだろう、運転していたのが輝詞さんだった事に私はその時始めて気が付いた。後部座席を振り返る体勢でこちらを見る目が思いの外真剣で、思わず言葉を詰まらせた。と同時に背筋がぞくりと冷えた。車の中、似ても似つかないのに、私の頭の中にねじ込まれるみたいにある光景が巻き戻って…。
「―おいっ?!」
次の瞬間には頭が真っ白になって車から逃げ出していた。後ろから何度か声が聞こえたけど、振り返りもせずただ走っていた。何処へ行きたいとか、輝詞さんは悪くないとか、そんな事を思いやれる余裕はその時の私には無かった。
「おい!待てって!急にどうした?!」
あっさり腕を捕まえられて、その手に更に私の頭はパニックになった。
「や…!嫌!嫌っ!…侑俐さん!」
「侑俐…?」
手が解かれた意味も考えず、ガタガタと震える手で電話を掛けていた。
「侑俐さん…侑俐さん…!」
呼び出し音を待つのすらもどかしくて名前を呼び続けた。ほんの数秒が永遠にも感じる位長くて長くて悲鳴を上げそうなのをひたすら堪えていた。
『――もしもし?緋織?』
声を聞いた瞬間、張り詰めた糸が切れたみたいに涙が溢れた。
「侑俐さん…ゆうり…さ…!うっ…ふぇっ…!侑俐さん…!」
『――緋織?!おいどうした?!緋織?!』
心配そうな声が何度も聞こえて来て、私は電話口でただ泣きじゃくるしか出来なくなっていた。と、不意に携帯を手から奪われた。
「響侑俐さん…ですね?『∞』企画でお伺いした輝詞です。」
「え…?」
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