人間と死神。
 限りある命を持つ存在と、終わる事の無い命を持つ存在。生きる者と、命を終わらせる者。
本来なら、人間は死神の姿を認識する事は出来ない。死神が命を終わらせる為に目の前に現れても気が付く事は無く、ただ漠然と己の死期を悟るだけである。
 ごく稀に、霊などを見る事が出来る人間が死神の姿に気が付く事もあるが、それも命が終わる直前だけであり、まだ死ぬべき時では無い人間に死神が見える訳がない。
「そこのあなた」
 だからだろう。その声が自分を呼んでいるものだと言う事は露ほども思わず、声がした方に顔を向ける事もしなかった。鈴のような音が聞こえたような気がしただけで、何かをする事も、何かを考える訳でも無く、背を壁に付けてぼんやりと立っていた。
 部屋の床は塵一つも無く磨き上げられており、壁にも汚れや染みの一片も見当たらない。人間の生活を詳しく知っている訳ではないが、この部屋に生活感と呼ぶものが全く無いと言う事は断言できる。
「聞いてるの? それとも聞こえないの?」
 まるで病室のようだ。むしろそう言われた方が納得出来る。納得した所で、自分に何か利益がある訳でも、仕事に支障が出る事も無いが。
「そこの黒ずくめのあなた! 聞こえてるのなら何か反応くらいしてくれる!?」
 苛立った怒鳴り声で服装を指摘され、ようやくその声が自分を呼んでいるものだと理解した。理解はしたものの、同時に疑問が湧く。
「私の姿が見えるのですか?」
 自分でも不思議なくらい滑らかに言葉が出た。その理由を考える暇も無いまま、窓際のベッドの方角から答えが返って来る。
「見えなきゃ声なんてかけないわよ。そう聞くと言う事は、他の人にはあなたが見えないのね」
 鈴のように澄んだ清らかな声。それが聞こえた方に視線を向けると、白いベッドの中で上半身を起こし、自分の姿を真っ直ぐに見つめる少女と目が合った。ゆったりとした白い服と、やや離れた位置からでも分かる程に血の気を感じられない青白い顔。そのせいか、少女の持つ金髪が酷く目立って見えた。
 壁から背を離しベッドの傍まで近づき、少女の顔を良く見てみる。人間の年齢と言うものは見た目とかけ離れている事もあるが、おそらくは十代の半ばくらいだろうと判断できた。
 自分が近くに来たのを確認した少女は、さっきの続きと前置きをして話しかけて来た。
「さっきからずっとこの部屋にいるのに、誰もあなたに気が付いていなかったわ。もしかしたら幻覚かと思ったけど、どうやら違うみたいね」
 他の人がいなくなるまで待っていたと少女は言う。それはつまり、彼女は大分前から自分の姿が見えていたと言う事になる。
 死神として数え切れない程の人間を見て来たが、こんな人間と出会うのは初めての事だった。



 消え逝く者を捜しながら、退屈で仕方の無い気持ちを誤魔化す為に街を歩いていた時、不意にこんな会話が聞こえて来た。
「残念ですが、もう手遅れです……」
「そんな! どうにかなりませんか!?」
 切迫した様子の叫び。悠久の時を死神として過ごしている自分は、それを聞くのは果たして何度目になるのだろう。
 道を行き交う人々は何事も無かったようにそれぞれの行動を止める事もしない。否、実際死神が今聞いた声がここにいる人々に聞こえる訳が無いのである。
「仕事、か……」
 呟き、声が聞こえて来た方角、現在位置から大分離れた位置に存在する高台に目を向ける。正確には、そこに建つ大きな屋敷を見ていた。どんなに遠く離れていようとも、死が迫った者やその者に関わる声が聞こえるのは、死神が持つ能力の一つである。
 目的地に向かって歩く間、女性の嘆く声と男性の怒りの声が否応なしに耳に入る。黒服の死神が道を歩いていても、時折犬や猫が何かに気が付いたように吠えたり鳴いたりはするが、周りの人間は首を傾げたりするだけで、死神の姿が見える事は無い。
「どうしてこの子がこんな目に遭わなければならないの!?」
「何故治す事が出来ないのだ!」
 相変わらず叫び声は聞こえ続けている。子どもの命がこの先長く無いと医者から告げられ、両親はそれを受け入れられない状況と言った所か。
 良くある話だ、と思う。ただ思うだけで、それ以上考える事は無い。
 声の発生地に到着し、壁をすり抜けて屋敷に入る。死神にとっては外と内を隔てる壁など無意味なもので、特に違和感も無く部屋の中に移動し、三人の人間が窓際のベッドの傍に立っているのを視界に入れた。
 子どもが不治の病に罹った事を嘆く女性と、医者と思われる人間に掴みかかる男性の様子を眺める。
 ただ眺めるだけ、見ているだけ、別にどうする気も無い。神とは言われていても、自分には他人の病気を治す能力も命を引き延ばす力も無い。人間が言う全知全能の神など、所詮は空想に過ぎないのだ。
「……じゃあ殺して」
 騒ぎ立てる大人達の隙間を縫うように発せられたその声は、大きなもので無かったのにも関わらず良く響き、直後に部屋は静寂に包まれた。
「何を言って……」
「もういいでしょ!」
 問いかけようとした女性の言葉を、少女特有の高い声が強引に遮る。
「何でそんなに騒ぎ立てるの!? 私の病気が治らない事なんて、ずっと前から分かっていた事じゃない!」
 動揺する大人達を無視して一気にまくし立てる。
「それが何なの!? ずっと私にこそこそ隠して来たのに、お父様もお母様も今知った風に装って! ふざけた演技はいい加減にしてよ! 今まで私の事なんて見向きもしなかった癖に!」
 叩きつける話し方とはこの事を指すのだろうなと死神は思う。自分に向けられた言葉では無いのにも関わらず、声が振動となって体に伝わって来る。
「こんな家で生きるのも、病気で苦しむのももう嫌なのよ! いっその事、死んで楽になりたい!」
「私達はお前に生きていて欲しいと思っている!」
 演技などでは無いと感情を露わにして言う男性に、少女は先程の怒鳴り声とは打って変わった冷静な口調で答えた。
「皆が生きていて欲しいのは『私』じゃなくて、『伯爵の跡取り娘』なんでしょ」
 その声は冷たく冷え切っている。そうである事は疑う余地が無いと断言していた。少女は再び怒鳴り声を上げ、枕を男性に投げつける。
「出てって! 今日はもう一人にして!」
 少女の激しい剣幕に押され、大人達は部屋の入口へと歩く。全員が部屋から出ていきドアが閉まった後、少女は何度か咳き込んだ。
「はあ……。きつ……」
 咳が治まってからしばらく過ぎた後に顔を上げ、少女は壁に向けて言い放ったのだ。
 そこのあなた、と。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

黒の死神と人間の少女のお話 1

 もっと評価されるべきと評判が高い、たーにゃ(白黒P)様の『鎌を持てない死神の話』に挑戦。
 この曲もっと伸びてもいいのになぁ……。

 双子じゃないリンレン書くのはコレが初めて。どうなる事やら。

 原曲 【鏡音レン・リン】鎌を持てない死神の話【オリジナル】
 http://www.nicovideo.jp/watch/nm6630292

閲覧数:417

投稿日:2011/04/01 21:44:04

文字数:2,721文字

カテゴリ:小説

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  • 星蛇

    星蛇

    ご意見・ご感想

     読ませて頂きました。これからどうやって展開してくか楽しみです。続きを心待ちにしています!

     私もこの曲大好きです♪なんで伸びないか不思議ですよね@@;

    2011/04/02 08:25:01

    • matatab1

      matatab1

       ホントに何で伸びないのか疑問しか湧かない。埋もれた名曲ですよね。
       ニコ動では約3万4千回、ユーチューブでは約49万4千回(11年4月2日現在)。文字通り桁違いの再生数。
       
       死神のレンと人間のリンがどう関わっていくのか、温かい目で見守ってあげて下さい。

      2011/04/02 11:18:29

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