マスターが。
そう言って、ミクは泣きだしそうな自分を叱咤激励するように、きっと、前を見据えて言った。必死で泣くまいと食おしばり、皆を見回した。
「マスターが、いま、ひとりなの。だから」
泣くのを堪え、ミクは言った。
双子を視線を交わした。黄色の髪が揺れて、行ってきます、と外へ駆け出した。
続いて、お隣りの兄妹が、すぐに戻ります、と走り出した。
メイコがルカに視線を向けた。その視線の持つ意味を即座に理解して、ルカが頷くとメイコはカイトを連れて録音室へ向かった。
0と1でできあがっている単純な生き物だからなのか、それともこれが家族の絆なのか、わからないけれど、皆、何をすべきか分かっていた
ルカは、隣で泣くのを堪えている妹を抱きしめた。
いつだったか、自分が迷子になって、ここに帰ってきた時、姉が抱きしめてくれたように。そういえば、がくぽには叩かれたな、なんて事も思い出しながら。
ぎゅ、と大切に、抱きしめた。
よく、頑張ったね。そう言ったら、ミクはようやく顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
怖かった、悲しかった。初音ミクが、いなくなるのが、酷く辛かった。マスターを傷つけるのが痛かった。
でも、気持ちがわかるから、やるしかなかった。
うん、とルカは頷き、そっとその小さな肩を抱きしめた。いつだったか姉がしてくれたように、優しく抱きしめて。いつだったか兄がしてくれたように、その薄い背中をあやすようにそっと叩いて。
自分たちは、抱きしめることができる、泣いている子がいたら、触れて、大丈夫だよ、と言える。そのことが嬉しかった。どうしても届かない、どう頑張っても、どうする事の出来ない事は世の中にたくさん転がっていて。無力さに打ちのめされそうになる。それでも、自分たちには、抱きしめる腕があるという事が、嬉しかった。本当に嬉しかった。
―泣きじゃくるミクの声の合間をくぐり、遠くから歌声が響いてきた―
アレンジの違う、同じ曲を兄と姉は器用に合わせて歌っていた。さすがは兄さんと姉さんだわ。そう思っていたら、腕の中で泣いていた妹が、顔を上げて聴き入っていた。
その大きな瞳から涙を流しながらも、それでもその目を大きく見開いて、歌声の聞こえる方をじっと見つめていた。まるで音の持つ色を見極めようとするかのような、その様子に、思わずルカはふと微笑んだ。
こんな状況でも、泣いていても悲しみに沈んでいても、それでも。歌姫としての血がさわぐのか。そう思ったらほほえましくて、ルカが笑みを落としていると、その気配に気がついたのだろう。ちらりとルカに視線を向けて、少し恥ずかしそうにミクも笑顔を返してきた。
歌う事ができる。私たちは、歌う事ならばいくらだってできる。
ミクを連れて録音室に行くと、淡い光の灯った中、メイコとカイトが並んで歌っていた。力強い姉の声に、柔らかな兄の声。元はメイコの曲をアレンジを変えてカイトにも歌わせたのだという、その歌声は違和感無くひとつの曲として紡がれていた。
二人の歌声の先にあるディスプレイの向こうは薄暗かった。
もう日も暮れるというのになのに電気もつけずに、マスターはどうしているのか。そう思うだけで、胸の辺りがざわざわとした。その画面の一枚向こう側。ただ1センチにも満たない距離なのに、地球の裏側よりも、月よりも遠い。
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