25.防衛開始
海岸では、駐留部隊の高射砲が空に向かって火を噴いていた。
牽制にはなっているようだが、飛んでくる飛行機の数のほうが多い。
一機しかない高射砲の火線をすり抜け、次々に飛行機が飛んでくる。
爆撃機は島の中央を目指し、落下傘を落とす飛行機は島の外縁を旋回する。
駐留部隊は必死に対抗しているが、圧倒的な量の差に押されつつあった。
一方、ヴァシリスたち島の者は、爆撃の手をすり抜けながら、武器庫を掘り起こしていた。一歩間違えれば埋まっている火薬ごと吹き飛ばされてしまう危険な賭けである。
武器庫の位置を部隊長に聞き、ヴァシリスが瓦礫の様子を見ながら自らもぐりこんだ。
「こんなに切羽詰った状況だが」
ヴァシリスの顔に笑みが浮かぶ。
「……遺跡の様だな」
外は、島の男達が周囲を警戒しながら見守っている。『奥の国』の部隊は、爆弾に続いて、人を落としてきている。
人と人との戦いになる。
緊張感が、じわりと昼の暑さとともに高まっていく。
「みつけたぞ!」
ヴァシリスの声に、数人の男達がヴァシリスの引き込んだ紐を目印に、彼のルートを進んでくる。
「点検と確認は駐留さんにしてもらえ! 暴発したら事だからな!」
掘り起こした小銃を、ヴァシリスが外の男へとリレーしていく。
一番外で待ち受けるのは、今日、船で大陸の国へ兵役に発つはずだった若者たちだ。
「ヴァズさん! どうかご無事で!」
「行ってきます!」
声が、外から響いてくる。
ヴァシリスは心の中で答える。
生き残れ、と。同時に、強く願う。
島を、守れ、と。
「よし、小銃が男全員分渡ったぞ」
小銃、弾、手榴弾などを取り出せるだけ掘り出したあたりで、ヴァシリスのすぐ後ろで武器を渡していた男が告げた。
その男も小銃を手にしている。
ヴァシリスもうなずき、最後の銃を手に取り、外へと這い出した。
外からの音が変わっている。響いていた飛行機の音が去り、人が走り回る音が、這い出たヴァシリスの耳を現実へと引き戻した。
ごくり、とヴァシリスの喉が鳴る。手にした銃をぐっと握りこむ。
小銃は若い男たちへ、小ぶりな短銃は、身を守るためにと、けが人の手当てを続ける者たちに渡されていた。
武器を掘り出して外へ這い出したヴァシリスに向かって、崩れた壁の向こうから兵士が叫ぶ。
「こちらへ渡してください! 順に点検します!」
点検の順番待ちは三つほどだ。そう告げた大陸軍の兵士に、ヴァシリスはうなずいた。
「大丈夫だ。方法は知っている」
兵士と部隊長が見ている前で、ヴァシリスは慣れた手つきで点検を済ませた。
点検をしてもらっていた若い島の者が、驚いた表情でヴァシリスを見ていた。
「ヴァズさん、武器、使えたのですね」
「……まあな」
飛行機から降ってきた落下傘は、すべて海岸近くに落ちた。島を外側からじわりと包囲するつもりであろうと、部隊長は、空に向けていた双眼鏡を首に下ろしながら言った。
「相手も、主要街道をまっすぐ上がろうとはしないだろう。いいか。地の利があるのはこちらだが、相手もじっくり空から島を観察したはずだ。
油断はするな。敵は、プロの軍人だ」
部隊長は、島の者と兵士達を八つの班に分け、島に散らばらせた。
ひと班あたり、四人から六人。小回りが利き、なおかつ敵に遭遇しても対処できる人数だ。
ひと班だけ中央広場のこの場所に残した後、部隊長は言った。
「ヴァズと呼ばれていたか。貴方が、ここの中央広場の守備隊長だ」
駐留部隊の人員はあと二人だが、残っている。それを差し置いて守備隊長とは、と、ヴァシリスは驚きつつも、うなずく。
「出来るな? ヴァシリス・アンドロス」
「はい」
はっきりと、ヴァシリスは肯いた。その強く光る瞳に、部隊長もうなずく。
「コルトバ」
部隊長が、武器をくれといったルカを振り返る。
「貴官には武器を渡さない。そのかわり、非常事態により、別の仕事を頼みたい」
部隊長はルカを、残した隊員二名のほうに押しやった。
「このルカ・コルトバ上等兵を、ドレスズ島へ連れていけ。そして、ドレスズの通信施設から、援軍を頼め」
「アイサー!」
「待ってください!」
とっさに叫んだのは、ルカだった。
「私は、島を守るためにここに来ました! ドレスズへは一日掛かります! 今から援軍を呼ぶより、ここで人を減らさないほうが」
「一日くらい持ち堪える!」
部隊長が咆えた。
「そうだろう? ヴァシリス?」
振り返ったヴァシリスが、肯いた。
「……はい。」
埃に汚れた顔の中で光るその瞳は、たしかに島の者の顔だった。
部隊長が促す。
「行け! 訓練どおりにやればいい! 」
「アイサー!」
勢い良く敬礼し、駆け出す三人の兵士の背中に、風が翻る。
走り出したルカの髪がばらりとほどけ、薄紅色の波が背中で波打った。
ヴァシリスも、海への街道を警戒しながら、配置についた。
ルカを視線で見送り、仲間に短く指示を出しながら、ヴァシリスは六人の班を二人ずつ組に分け、物陰にぐっと身を潜めた。
その馴れた様子に、ヴァシリス班の班員となった島の若者が、驚きを隠せずにいる。
「ヴァズさん、どうして」
「かがめ!」
短く発せられた有無を言わさぬ指示に、若者がどきりと身を潜める。
「気を抜くな。相手も気を抜かずに来るぞ」
* *
一方ルカたちは、訓練に使われる小船の場所にたどり着いた。草のつるや深緑の布で巧妙に隠されたそれは、空からも判別できなかったのだろう、無事にあるべき場所にあった。
「一気に出るぞ!」
ぐおん、とエンジンが唸り、白いしぶきを蹴立てて青い海を走り出す。
ルカは怖くてしかたが無かった。
いつ、後ろから射掛けられるか、上から爆弾が降ってくるか。無意識のうちに張り詰めた意識が、ルカの頬を真っ白に染めていく。
エンジンのある船尾にひとり、舳先にひとり、兵士がじっと進行方向と水平線を監視している。
「『奥の国』艦船、船影なし!」
「確認、船影なし!」
ぞくり、とルカの肌があわ立つ。
「『奥の国』の飛行機は、そんなに遠くから飛んできたのだろうか……」
なぜ、『島』に落下傘を落とし、兵士達を孤立させる真似をしたのか。
「『奥の国』って、わっかんねぇな」
舳先で進行方向を見張る兵士が、ぼそりとつぶやいた。
ルカも頷いた。やがて、視界のすべてが海と空に囲まれる。
島の騒乱が嘘のようだとルカは思った。
不気味な静けさであった。
つづく!
滄海のPygmalion 25.防衛開始
「短い人の生にだって、歴史があるんだよ」
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
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だって、喜びだって、様々なのに...幸せが足りないよりも
mikAijiyoshidayo
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