「レンから離れて!」
何人をも従える澄んだ声が、光の溢れる庭園に響く。
幼ささえ残るその声は、今日までお気に入りの青年に向けて。
陽光に眩く輝く金色の髪を揺らし、足早に近付いてくる少女の歩みに、向かい合うように対峙していた二人が場を譲るように退いた。
割り込むようにして二人の間に立ち、リンは大きく息を吸った。
「出て行って」
短く告げる言葉に、青い髪の公子が真意を求めるように少女を見下ろした。
訝しげに眉を潜めた青年の顔立ちは、造作が整っているだけに、笑みが消えるとひどく硬質で冷ややかにさえ見える。
リンは僅かに背後を振り返り、そこに召使の存在を確かめ、そして目の前の青年へ挑むように厳しい瞳を向けた。
「あなたが、どういうつもりで私に近付いたのかなんて知らない。でも、本気で私に求婚してるんじゃないわ。私に興味があるわけでもない。本当は、政治だってどうでも良いのよね」
固い声音で突きつける。
刃のような言葉は、リン自身の胸にも容赦なく突き刺さった。
本当は相手を言葉の限りに詰りたい衝動を、それを惨めに思う気持ちが、かろうじて喉の奥で塞き止めている。
せめてものプライドで、リンは毅然と背筋を伸ばし、相手を睨みつけた。
「私がいくら何も知らない子供だって、気持ちが本物か嘘なのかくらいは分かるのよ」
「・・・嘘をついたつもりはないのですけれどね」
落ち着き払った答えに、リンは唇を噛んだ。
わかっている。
彼の言葉はどれも、貴族達の使うおべっかのような見え透いた虚言ではなかった。
リンの思うままにならない泰然とした態度にも、好意を示しながらも恋情を伺わせない言葉にも、そこに嘘がなかったからリンは惹かれた。
けれど、嘘ではなかった代わりに、それは真実でもなかった。
彼の言葉の影には言わなかったことの方が多かったのだと、彼が注意深く本音の言葉を隠し、当たり障りのない無害な言葉だけを選んでいたのだということに、リンが気付けなかっただけのこと。最初から示されていた好意は、けれど、今なお出会った時と何ら変わらない距離を保ったまま、それ以上近付こうとする熱意を持たないものだと見抜けなかった。
「ずるい人だわ、あなた・・・」
リンは呻いた。
どれほど我がままを言っても優しい笑顔を見せるから、たとえ政治のための求婚であっても、ほんの少しくらいは特別に思われているのではないかと期待したくなる。だけど彼の言葉がどれほど耳に甘くとも、容姿やダンスやドレスを褒めそやしても、彼は一度だってリン自身を好きだとも愛しているとも言わなかった。
それが結局のところ彼の本音なのだ。どれほど心惑わせるような言葉を紡ごうと、彼が花を捧げる相手はリンではない。和平を望むのさえ、政治のためなどではなく――。
握りしめていた小さな肖像画を、リンは力いっぱい地に投げつけた。
硬い音を立てて転がったそれを、ことさらぞんざいに顎で示す。
「教えてあげるわ。彼女、倒れた父親の看病のためにずっと故郷に帰ってたのだけれど、ボカリア大公が本復されて嫁ぎ先に戻る際には、シンセシスの国王が自ら迎えにきたそうよ。仲睦まじい夫婦だこと」
「ミクがボカリアに戻って・・・?」
カイザレの顔色が初めて変わった。
嘲笑と空しさをもって、リンはそれを見つめた。
いつもどこかに余裕を残したままのこの男の、本気で焦る顔を見てやりたいと何度思ったか知れない。
けれどそれは、こんな風に他の女のことでなんて、そんなものが見たかったわけじゃない。
「そんな知らせは聞いていない・・・!大公が倒れたというのなら、必ず勅使が来た筈だ!何故、それが私の元まで届いていない!?」
「知らないわ。何か途中で事故でもあって、届かなかったんじゃないの」
「―― いつだ」
言い捨てるリンの言葉を遮るように、彼は低く唸った。
「いつ勅使はここへ来た。その知らせはいつ届いた!」
今まで一度だって見せたことのなかった、攻撃的な目つきに射抜かれて、リンの身が強張る。
「大公が本復されたと知れたのは?シンセシスの王は、あの男はいつ、ボカリアへ足を踏み入れた!?」
「知らないと言ってるでしょう!」
意固地に叫び返すリンに詰め寄りながら、冷静さを失った青い瞳は既に彼女を遥かに通り越していた。
ここには居ない男を虚空に睨む、そこには憎悪めいた、昏い炎が篭もっていた。
「あの男・・・、よくも――!」
「帰って!私の国から出てってよ!!」
ついに耐えかねて、リンが叫んだ。
それより早く、彼は既に身を翻していた。
躊躇いもなく向けられた背中、振り返りることなく立ち去っていく後姿が、初めて出会った日の舞踏会のそれと重なる。
残酷に胸を貫く現実に、最後まで抱いていた淡い期待が砕け散るのをリンは感じた。
結局、同じだ。
あの時も、今も、この男はリンのことなど目の端にも止めやしない。
こみ上げる衝動に任せて、リンは床に転がった肖像画を踏み砕いた。
飛び散った破片が粉々になるまで何度も何度も踏みにじる。
―― 絶対に、涙など落とすものか。
胸の奥でひたすらそれだけを繰り返し、滲む視界を瞬きで払いのけ、彼女はきつく足元を睨みつけた。
「・・・この馬鹿げた求婚が妹を守るためなら、あなたがしたことは全部逆効果だわ」
「リン・・・」
気遣わしげな視線を気付かない振りで切り捨て、低い声で召使の名を呼ぶ。
「――大臣を呼びなさい、今すぐ兵を集めるのよ」
可憐な顔を冷たく凍てつかせ、静かな声で王女は告げた。
「あの国だけは、いいえ、あの女だけは殺してやる。捕らえて、首を切り落として、あの男の元に送りつけてやるわ・・・!」
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後編です。やっと一区切り~。
ごめん、リンちゃん。orz
・・・お兄様、予想以上にひどかった。(色恋音痴的な意味で)
アフターケアって大事ですよ・・・。
第20話(!)に続きます。
http://piapro.jp/content/63r12oldfzjmhe6w
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azur@低空飛行中
ご意見・ご感想
はじめまして。メッセージありがとうございます!!
ま、毎日とか、何だかすごい言葉を頂いてしまいました・・・光栄です////
そして、長らくの更新停止が大変申し訳なく・・・orz お待たせをいたしました(汗)
それぞれのキャラの性格は大切にしてるつもりなんですが、いかんせん役どころのアクが強過ぎて(笑)実は、やりすぎてないかドキドキです。イメージを外れてないと良いのですが。^^;
続きもお付き合いいただけたら嬉しいですv
応援、とっても励みになります。ありがとうございました!
2009/07/02 23:51:35