雨も冷たくなってきた、12月中旬のある日のこと。
俺はかなりあ荘一階のしるるさんの部屋の横で、どっぐちゃんと一緒に佇んでいた。
元々の用は、『ネルネル・ネルネクリスマスセール! 大特価で放出しちゃうぞSP!!』という、アイテム割引セールについて相談しようとしていた。
……が。
「……この話声……」
「うん、しるるさんと……『あいつ』だね」
右目の横にシルルスコープを装着した俺にも聞こえた。『彼女』のほんの少し嬉しそうな声が。
どっぐちゃんの顔には、どこか安心したような表情が浮かんでいる。もしくは、手のかかる友人がようやく自分の手を離れた、というところか。
しばらくして、しるるさんの部屋のドアをすり抜けて、一人の少女が外に出てきた。
そして俺たちのことに気付くと、ちょっと呆れたように笑った。
『もう……聞いてたんですか? 立ち聞きだなんて、趣味悪いですよ、どっぐさんにターンドッグさん』
「人聞きの悪いこと言うなよ、清花ちゃん。なぁどっぐちゃん?」
「全くね、清花。Turndogはともかくとして、恩人ともいえるこのあたしに向かってはひどくない?」
「酷いのはお前だどっぐちゃん」
「ふふ……」
明るく笑う清花ちゃん。
なぜどっぐちゃんを通じてでしか清花ちゃんを知らなかった俺が、彼女と面識を持っているのか?
話は数日前にさかのぼる―――――。
「……あれ、ゆるりーさん―――――」
「あ゛!? なんですか!?」
「うぉ!?」
「落ち着きなさいよ」
(ゴスッ!!)
「はぅっ」
ゆるりーさんの脳天にどっぐちゃんのチョップが落ちる。本気でやればゆるりーさんどころかかなりあ荘が両断されるほどの怪力を持つどっぐちゃんのチョップだが、流石の力加減だ。
もっともふつうのチョップは『ゴスッ!!』なんて重い音はしないけどな。
「掃除しても落ち着かないじゃないですかやだー!」
「いえ、これでもだいぶ落ち着いたんですが……それより、今何か言いかけませんでした?」
「あ、ああ……髪留めが―――――シルルスコープが起動してるよ?」
「え……えっ!?」
慌てて髪留めのリングを外すゆるりーさん。リングの宝石が、虹色の光を放っていた。シルルスコープが起動している証だ。
「……!! それじゃあ……さっきのはまさか……!」
「さっきの? ……まさか……清花!?」
どっぐちゃんがぐっと身を乗り出した。
このアパートに憑りつく幽霊―――――清花。しるるさんがまともに接触せず、俺がスコープを使っていない今、どっぐちゃんは彼女の唯一の話し相手であり『友達』だった。
そのどっぐちゃんにとって―――――清花ちゃんの他の人物との接触という話は驚きをもたらすには充分だったようだ。
「ちょっと、何話したのよ!?」
「え、えーっと……」
説明された内容をざっくりと要約すると。
MAXフラストレーションを解消するため、『掃除する!』と言って俺と別れた後、茶猫さんをあしらいつつ掃除をしていたところ、聞き覚えのあまりない澄んだ声をした人に話しかけられた、ということらしい。
「清花ちゃん……は……やっぱりどこか一歩引いたような口調でした。進んで独りでいようとするような……でもそれでいて、誰かを必要としているような……すみません、うまく言えないんですけど……」
「いや、言いたいことは大体わかった。……そうか、清花ちゃんはまだ……」
「……でも、大分ほぐれてきてる。あとはしるるさんが一歩踏み出せば……」
「いや、それだけじゃだめだ」
『え?』
どっぐちゃんとゆるりーさんが同時に俺の顔を見た。
「清花ちゃんもまだ、どこか一歩引いたようなところがあったみたいだな。だとすれば、元凶のしるるさんが踏み込んでいくだけじゃ押し流されていくだけだ。しるるさんを受け止めるぐらいの胆力がなかったら……」
「そんなの……どうやってつけてあげるっていうんですか!?」
ゆるりーさんが問い詰めてくる。
……まぁ任せろってやつだ。ぼっちな娘っ子の扱いは慣れている。
「……ようやくこいつの出番ってわけだ」
ポケットから取り出したのは―――――小さな機械につながったモノクル。
ネルに男女差別反対を訴え続けた結果、しぶしぶだがスクリーンをモノクルに変えてもらった、新しいシルルスコープだった。
その晩―――――。
俺とどっぐちゃんは廊下に座り込んで月を見ていた。
右目にはシルルスコープのモノクルを装着して、ぼんやりと月を眺めていた。
「……なぁどっぐちゃん」
「なぁに?」
「どっぐちゃんにとって今、友達と言える存在はいるか?」
「! ……意地悪ね。わかって言ってんでしょ、あたしがみんなの事友達と想えなくて悩んでること」
「まぁな、お前は俺だからな」
「……清花。それと超特例で、ゆるりーね」
「くく、ゆるりーさん喜び狂いそうだな」
「あの時喜び狂ってたじゃない、友達宣言した時」
「ああ、そうだったな。……だが清花ちゃんは」
ふと、手の上に目線を落とす。空の掌を見つめる。
「100年間ずっと独りだった。いったいどれほどの孤独を味わってきたのか。そこに―――どっぐちゃんと、しるるさんという二つの光が差し込んだ」
「……」
「だけど片方の光には拒絶されて、最後に残った光は非人間。今の清花ちゃんにとって、現世の人間は忌むべきものになってしまっているのかもしれない……そう思うと、哀しいな」
「……そうかしらね」
「え?」
どっぐちゃんが少し体を伸ばしながら、愛用のブラシを取り出して髪を梳き始める。
「清花だって昔は現世の人間だった。そして生前は確かに、友達と言えるような人がいたはずよ。自分の存在が『幽霊』になってしまったこと以外は、その生前の関係と何ら変わらないはず。彼女は―――――人間を、生前築けた人間との『絆』を、最後まで信じようとしていると思う」
「……!」
「だいたいそうでなきゃ、ゆるりーに自分から話しかけたりなんてしないでしょ?」
「ははっ、それもそうだな」
どっぐちゃんと笑い合っていた―――――
その時。
『……あの変わった人は、ゆるりーさんというのですね』
聞き慣れない透き通った声。人間とはどこか異質な感じのする声。
だけどそれでいて、寂しげなあどけない声。
思わず振り向くと―――――
満月を背負うように、ツユクサ色、ツユクサ模様の袴の少女が立っていた。
普通の人間じゃないと気付くのに0.1秒。
足が浮いてる! マジモンの幽霊!? と驚愕するのに0.1秒。
しかしどっぐちゃんの反応を見てその子の正体に気付くのに0.8秒。
合計1秒後に―――――俺は体の緊張を解いて、できる限り優しく話しかけた。
「……君が、清花ちゃんだね?」
dogとどっぐとヴォカロ町! Part10-1~邂逅~
やっと清花ちゃんに会えました。
こんにちはTurndogです。
しるるさんの方が若干進んでしまったので今さら感は溢れてますがw
とりあえず『清らかな花』と『幽霊ちゃんと(ry』の間の話です。
ゆるりーさん曰くイライラには掃除が効くと言うのだから、まぁ実際に効くんでしょうけど、ついでにどっぐちゃんに『めっ!(`ω´#)』とか言われたらもっとおとなしくなるんじゃないかなーと(おい
あとやっぱ相手を殴る時の音は『ゴスッ!!』が良いよね、しるるさんw
というわけで。
邂逅でございます。
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