――――――
その名を呼ばれるのは好かないらしい。だから呼ぼうとして躊躇ってしまう。
マスターと二人きり。しかもマスターは動けない。こんなチャンスたぶんない。
マスターが風邪を引いた。面倒を見ようとした兄に代わりお世話をする事になったミク。
「今日のお昼はカレーだよ!」
カレーをマスターの口元へ運びながらミクは微かに口元を綻ばせた。
「楓さん」
「‥‥」
反応はなかった。何故?
真っ赤な顔をして意識ももうろうとしているのだろう。目は閉じたまま、人間の本能で口内に入れられた物を租借、呑み込む事をしていたのだろう。
「楓さん‥‥」
もう一度呼んでみた。やはり返事はない。
ミクはカイトがマスターと二人きりの時こう呼んでいるのを知っていた。カイトは気をつけていたつもりらしいが壁に耳ありである。
マスターにとってカイトが特別な存在だとミクは女の勘で感じていた。何をしても勝てない。そう、どんなに優秀な曲の再現力があっても、どんなに好かれようと媚びても、甘えても、我が侭言ってみたって、絶対に、絶対に勝てない。あの兄に、カイトにはどうしても勝てなかった。何故?自分の方が優秀だと自覚していた。カイトは旧式で、ミクは新型なのだから。曲だってほら、ミク中心の曲が増えた。カイトはコーラスばかり。ミクのソロ曲だってどれほど増えた事だろう?カイトのソロ曲なんてミクが来てから殆ど増える事は無かったはずだ。それなのに‥‥
「楓さん‥‥」
微笑んで、また呼んでみるがマスターは全く反応を示さない。目を閉じたまま、ただ黙って‥‥何故?‥‥
ミクは悲しくて、寂しくて、いたたまれなくなった。
――――――
カイトのアイスピックはミクのネギに突き刺さり、ミクの眼前ギリギリで止まった。
「マス、ター‥‥?」
見れば苦しそうな表情で息も絶え絶えにカイトにしがみつくマスターの姿。
酷く悲しげな表情にミクの表情も変わる。
「マス、タ‥‥」
まるで時が止まったように、誰もが思考停止していた。
「はーいはい、はやとちり」
パンパンと手を叩き、止まった時を動かしたのは誰あろう長女メイコだった。
「え?何?‥‥」
ようやく正気に戻ったらしいカイトがやっと口に出した疑問にメイコは相変わらずの酔っ払いスタイルで答えた。
「何?じゃないわよぉ~。マスターに迷惑かけるなーってさーっき言ったばっかりでしょぉ~?カイトくぅ~ん、覚えてないのかなぁ?」
悪い子はお仕置きだ~と言わんばかり、意地悪く問いかける酔っ払いの姉にカイトはたじろいだ。何故この姉はいつも楽しそうなのか‥‥
「だ、だって、これは‥‥」
「はーいはい。言い訳とは見苦しいぞカイト!それでも男か~っ」
酔っ払い独特のどこか間の抜けた喋り方で一喝するメイコ。言っている事はまともだが、酔っ払っていてはイマイチ格好もつかない。
「ミ~クもぉ~、あーんまりマスター困らせちゃぁダメでしょぉ~?」
メイコはトン、とミクの額を軽く小突いた。
「ったぁ~ぃ」
涙目のミク。良かった、どうやら正気に戻ったようだ。
「ミ~ク~?前に言ったでしょぉ~?あんたはぁ~マスターの曲を最も忠実に再現できるとーっても優秀なボーカロイドだけど、それで何でも叶うと思っちゃダメよ~?って」
アルコール臭をまき散らし、額を擦り会わせてミクに詰め寄った。メイコはだらしなくデヘっと笑うとまた一気に酒瓶をラッパにして飲んだ。
「ぷはぁ~‥‥まぁーすたーも、早いとこ身体治してさ、一緒に飲みましょうよ。ほらほら、さっさと寝る!」
カイトにしがみついたマスターを軽く解いてお姫様抱っこで寝床へ連れて行った。さすがボーカロイド。女性タイプとは言え人間より遙かに力がある。もしかしたらメイコの特性なのかもしれないが、そんな細かい仕様を把握するほどこのマスターはできた人ではない。何せ取説見るのは大の苦手だと言う人だから‥‥
呆気にとられ、きょとんとしているマスター。メイコはニコッと笑って二三度マスターの髪を撫でた。
「さーてと‥‥思い込みとは凄まじい物で真実さえ見えなくしてしまう。誤解は、自分で解きなさいよ?」
誰に言った言葉だろう?メイコはそれだけ言うとミクを連れて部屋を出て行ってしまった。
「マスター‥‥」
不安気に語りかけるカイト。マスターは思いの外柔らかな笑みで小さく呟いた。
「‥‥」
カイトはくすりと笑って顔を近づけ、マスターの耳元でそっと囁いた。
「楓さん。僕は‥‥」
『 す き に な っ て し ま っ た よ う だ 』
―――
夏の始まり。それは立夏を越えた時から始まる。
立夏の夜、楓の住む街では縁日が催される。楓は毎年その縁日を楽しみにしていた。
「やっぱりこれがないと夏が来たって感じしないね」
微笑む楓。白肌が目立つ紺色の浴衣を着て、手にはヨーヨーとかき氷。
「はいはい。そんなにはしゃがないの。また風邪ぶりかえしたらどうする?」
すっかり熱も下がり調子の上がるマスターをそれとなく止めるのは長女メイコ。同じく手にはヨーヨーを持ち、頭に斜めにかけるようにお面をつけている。普段着ている赤いジャケットと同じく、この日は真っ赤な浴衣を着て縁日を楽しんでいた。
「マスター金魚すくいしよー!」
あの日の暴走が嘘のよう。パステルライトグリーンの浴衣を身に纏い、ミクはまたマスターに甘えているようだ。マスターも満更ではない様子。
「よーし、絶対負けないし!!」
「ホント?じゃぁ勝負だよー!!」
楽しそうにはしゃぐミクとマスター。まるで仲の良い姉妹のようだ。
パステルライトグリーンと紺色の影が人混みに消えるのを見送る赤と青、二つの影。
「そう言えば姉さん」
「ん?」
青い男性物の浴衣、手には食べかけの焼き鳥と、お好み焼き、焼きそばの入った袋を下げたカイトはその見た目に合わぬほど真剣な眼差しでメイコに問いかけた。
「姉さんあの日何で『誤解は、自分で解きなさい』と言ったの?別に何も誤解するような事無かったじゃない」
「あら、うっかりしちゃった。マスターは以前ボーカロイドげーむで『ヤンデレカイトED』に辿り着いて随分と心配していたからてっきりカイトが暴走してるって勘違いしちゃったかと思って」
うっかりうっかり。メイコは冗談っぽく笑った。
そうか、それでマスターはカイトを押さえたのか。と、一人合点のいったカイトだが、冷静に考えるとカイトとしては不服だ。
「酷いな、なにそれ」
「何だか知らないけど、世間ではカイトタイプが一番暴走しやすいって噂よ?」
ニヤリと意地悪く笑うメイコ。冗談だろ?カイトは苦笑いを浮かべた。
もっとよく考えれば、マスターはほとんど動けなかったのだ。近くに居たカイトにしがみついたと考える事もできるのではないだろうか?‥‥あえて確認する事もあるまい。きっとそうだ。カイトはふっと笑って歩き出した。
「ちょっと、何笑ってるの?カイト」
「何でも無い!さぁ姉さん、早くしないとマスター達見失っちゃうよ!」
やれやれげんきんなやつめ。
「はいはい。今行くから、そうはしゃがないの」
メイコはまるでみんなの保護者であるかのようにゆっくりと、駆け出す子ども達の後を追った。
夏祭り、楽しい思い出を沢山作り、笑い合い、その一夜を盛大に祝う。
夏は祭りの季節。そう、儚い幻を胸に刻み、一年を彩る大切な季節―――
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Kurosawa Satsuki
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