もう間もなく結婚式が始まる。
ここ、シンセシスの若き国王と、その王妃となる人の結婚式だ。
式典までの半端な時間を、リンは式典の行われる広間ではなく、程近い中庭で過ごしていた。
広間の中では大勢招かれている他の賓客たちが口々に主役の二人の噂話で盛り上がっている。
若い国王の美男子ぶりや、そのくせ浮いた噂ひとつない清廉潔白さや、花嫁は病弱で人前にほとんど姿を見せないが、音に聞こえた美姫らしいことなど。
「どうだって良いじゃないの、そんなの」
うんざりと呟く。
リンは他人の結婚式など興味はない。他国を訪ねてみるのも退屈しのぎになるかと、招待を受けただけだ。
他所の城の中を眺めるのは、つまらない噂話よりはよほど時間つぶしになることだった。
自国とは異なる様式の調度や装いは目に新しく、見ていて楽しい。交易の盛んな国らしく、珍しい宝石や香水を纏った人々が行き交い、庭園には見た事もない花が咲き誇る。部屋を飾る美しい色をした織物や、クリピアでは見かけない珍しい色合いの絹もあった。
国に帰ったら、新しいドレスを仕立てるためにさっそく取り寄せようか。こちらのデザインも少し取り入れて、自分好みに手を加えて作らせてもいい。
「そういえば、珍しい果物やお菓子も入ってくるんだって、レンが言ってたっけ」
自国から連れてきた召使はこれから始まる式典に伴える身分ではないため、賓客用の別宮に用意された部屋に置いてきている。
レンがいないのではますます式典が退屈だとふてくされたリンに、彼はその代わり飛び切りのおやつを作っておいてくれると約束した。
「昨日のアップルパイも美味しかったな。珍しく一緒にお茶に付き合ってくれたし・・・」
自国の王宮のように人の目が多いところでは、レンは絶対に同じテーブルになんてついてくれないし、敬語だって崩さない。それだけでも、わざわざ他国へ来た甲斐があるというもの。
――今日のおやつは何かな。早く式が終わらないかしら。
まだ式典が始まってもいないうちから、そんなことを思っていると、微かに歌声のようなものがリンの耳を掠めた。
「・・・歌?こんなところで?」
すぐに途切れて消えてしまったけれど、何となくその声が耳に残って、リンは声が聞こえてきたと思しき方へと足を向けた。
「この辺だと思ったけど・・・」
美しく整えられた庭園にそれらしき人影は見当たらず、リンは爪先立って綺麗に剪定された生垣の向こうを覗き込んだ。
果たして、そこには貴族と思しき青年がひとり、回廊の柱に凭れてぼんやりと物思いに沈んでいた。
その髪と同じ色の冴えた蒼の瞳が、目の前の景色を通り過ぎてどこか遠くを見つめている。
珍しい色彩につい見つめていると、青年の視線がふと動き、生垣から顔の半分だけを出したリンと目が合った。
驚いたように瞬いた青年に、リンは慌てて顔を引っ込めた。
生垣から覗き見なんて淑女のすることではない。
「こんにちは、お嬢さん」
頭の上から笑いを含んだ声がして、見上げると今度は青年の方が生垣越しにこちらを見下ろしていた。
リンの目の高さより少し高い生垣が、ちょうど青年の胸ほどだ。随分と背が高い。
「・・・初めまして。この城の方かしら?」
「いいえ、ボカリア公国からです。父の代理で」
丁寧に答える、気負わない物腰に品の良さが伺えた。
その言葉にリンはそういえばと思い出した。
今日の花嫁はボカリア公国から来たのだった。そうなるとボカリアの有力貴族だろうか。
ちらりとそんな考えが頭を掠めたが、それよりも真っ先に気になったことをリンは問いかけた。
「さっき歌が聞こえたのは、あなたの?」
「・・・聞かれていましたか」
照れたように青年が笑った。
「妹が歌が好きなので、一緒に色々と聞いているうちに覚えてしまって。つい気がつくと口ずさんでしまってるんです」
「とってもお上手だったわよ」
「ありがとう」
リンの素直な賞賛に、青年が笑みを深めた。
良く笑う人だと、リンは思った。
顔立ちは怜悧に整っているが、穏やかな雰囲気がそれを和らげている。甘い声と微笑みは、きっと女性にもてるのだろうと思わせた。
遠くから鐘の音が聞こえてきた。そろそろ時間だ。
リンは青年を見上げた。
「広間へ戻りましょうか。あなたも参列するのでしょう?もうすぐ式が始まるわよ」
「・・・どうぞお先に」
一瞬のためらいの後、青年が瞳を伏せた。
「私は、もう少ししたら行きますから・・・」
どうにも動きそうにない青年に、仕方なくリンは先に戻ることにした。
いくら興味のない式典とはいえ、参列に遅れるわけにはいかないだろう。遅れて入って、恥を掻きたくはない。
急いでその場を立ち去りかけ、けれど少しだけ名残惜しさを感じて、リンは肩越しに振り返った。
「またお会いできるかしら」
リンの問いかけに、青年は事も無げに頷いた。
「ええ、きっと。早ければ今夜にでも。夜の舞踏会にも参加しますから」
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第2話】
第3話に続きます。
http://piapro.jp/a/content/?id=dtwapnzykrhtmq2l
レンミクの次はカイリンで出会い編。
何だか生垣に隠れてるリンちゃんを真上から覗き込んでる兄さんの図がふと頭に浮かんで、あれ、ちょっと可愛い構図なんでないのと一人で萌えた結果がこれだったりしてます。身長差ってイイですよねv
コメント1
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azur@低空飛行中
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>ミャー様
ブクマありがとうございますv
ええ、はい。こっそりひっそりと書いてます(笑)。発見していただいてありがとうございます。
かなり勝手な設定満載ですが、ちょっとでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
2008/08/15 21:27:00