リンは唖然と目の前の光景を見つめた。
自慢の美しい王宮の広間に、今日になって忽然と現れた物の山が、洪水の如く溢れている。
大理石の床を無遠慮に覆い尽くす、色取り取りの布地や服、絨毯や織物、眩いばかりの金銀細工、置物、花瓶や茶器、積みあがった木箱に気圧されて、天井の壁画さえも霞んでいる。
一体、この王宮の誰に、リンの許しもなくこんな馬鹿げた真似ができるだろう。
足の踏み場もない広間を見渡し、案の定、その只中に青い頭を見つけて、リンはそこへ駆け寄った。
「一体、これは何の騒ぎ!?」
その声に、青い髪の公子が振り返った。
「ああ、今これから貴女をお呼びしようと思ってたんです」
ちょうど良かったとばかりに破顔する。
にこやかな表情は楽しげで、そこに悪びれた様子は欠片もない。
「私が貴女のことを知らないように、貴女も私のことはご存じないでしょう。まず、私や私の国のことを知って頂ければと思いまして」
「それとこれとが、どう繋がるの!」
勢い込むリンに、青年はひとつふたつ手を叩き、離れた場所でせっせと荷を広げていた男を呼び寄せた。
「これは我が家に出入りを許している商人です。わが国は特に珍しい特産品があるとは言えませんが、この国では見慣れないものもあるかと思って呼び寄せました。いささか粗忽ですが、目利きは確かですよ」
猫背気味の商人が、さらに身を屈めるようにして頭を下げる。
「あのねぇ、そうじゃなくて、・・・・・・もう、いいわ。付き合ってあげるわよ」
溜息をつき、リンは辺りを見回した。
目を見張るばかりの細工物から、用途もわからないガラクタのようにしか見えないものまで、あらゆるものがごちゃごちゃと入り混じっている。
欲しいものを取り寄せることはあっても、こうやって雑多なものが一度に積み上がっている様というのは、リンにはあまり馴染みがない。
どこをどう見たら良いものか戸惑い、リンは召使を振り返った。
「・・・レン、何か見繕ってみて」
「わかりました。あちらに掛けてお待ちください」
「良いわ。あっちまで一つ一つ運ぶのも面倒でしょ。面白そうなものがあったら呼んで頂戴」
そう言って、リンは積みあがった山の中から、一抱えはある大きなクッションを引っ張り出して、椅子の代わりに腰掛けた。
まるで、おもちゃ箱の中の埋もれかけた人形のような姿に、青年が微笑ましげな笑みを手の下に隠した。
ここで声を出して笑えば、また少女の機嫌を損ねてしまうだろう。
少女の好みに合わせているのか、召使の少年が主人の下へ選ぶのは、もっぱら絹やアクセサリーの類だった。
手に乗せたネックレスや指輪をひとつひとつ、身に添えてみたり、明かりにかざしたりしながら、並ぶもの無き奢侈を纏う王女は感嘆の声を上げた。
「特別に珍しいものは無いけれど、さすがにどれも質が良いわね。石も、細工も」
「ありがとうございます。こちらなども、よくお似合いですよ」
「そう?・・・どうかしら」
商人の差し出した、大ぶりのトパーズのブローチを胸元にあてがい、ちらりと問うような視線を送る。
口を開きかけた青年の前に、レンが強引に割り込んだ。
「お似合いですが、もう少し濃い色合いの石の方が、先日シンセシスから取り寄せた絹に合うと思います」
「そうね。やっぱり、やめておくわ」
その一言であっさり放り投げられた宝石を、商人が慌てて受け止める。
冷や汗を拭った商人が恨めしげに雇い主を見やり、公子は目を逸らして頬を掻いた。
やがて服や宝石への興味がひと段落する頃には、少女もいくらかこの光景に慣れてきたらしい。
少年の後ろから顔を出すようにして、辺りのものを覗いて回るようになった。
「あれは何が入ってるのかしら」
リンが積み上げた木箱の山を指差す。蓋を開けると、そこには色鮮やかな果実が詰まっていた。
ひとつ手に取ったそれに、不思議そうに首をかしげる。
「シンセシスで見た、オレンジかしら?随分、小さいわね」
「もっと南の方で育つミカンという果実ですよ。オレンジに似ていますが、もっと小ぶりで柔らかい果実です。宜しければ、お味見をいかがですか」
めげずに商品を勧める商人に、リンが頷いた。
「そうね。レン」
頷いた少年は、差し出された果実は取らずに、箱の中から適当なものを手に取った。
柔らかい表皮を割って、色や匂いを確かめた後、崩した房のひとつを口に入れる。
「・・・良いですね。王女のお好みだと思います。幾つか料理場のほうへ。今日のお菓子に使いましょう」
「楽しみね」
弾んだ声を上げるリンに、レンは微笑み返した。商人のいやに疲れたような顔など、当然の如くお構いなしである。
近くにあったハンカチーフを一枚拾い上げて、少年が手を拭っていると、少女はそれにも目を留めた。
「これはなぁに?」
シンプルな白いレースの端に、小さくアクセントのような青い刺繍が入っている。
「デザインは地味過ぎるけど、色は気に入ったわ」
手招きで呼ばれた商人が、諦めたような顔で大人しく説明を始めた。
「その青色はボカリアで好まれるナイトローズ・ブルーといいます。意匠も『ボカロジアの蒼い薔薇』というんですよ。貴族よりも庶民に人気のある柄なので、上流階級の方には珍しいでしょう」
「薔薇?これが?」
「ええ、花びらを一枚というのが、定番になっているようです」
リンが俄かに興味を惹かれたように、商人の顔を見上げた。
「青い薔薇ね・・・何か謂れがあるの?実際に何か意匠の元になるものがあるのかしら」
「いえ、そこまでは・・・」
否定を口にしかけ、彼は慌てたように付け加えた。
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一ヶ月ぶり更新です。流石に間が空きすぎ・・・ orz
しばらくはレンリンとお兄様サイドでお話が続きます。
後編に続きます。
http://piapro.jp/content/7pik2k55d14uwk2o
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