『私を襲ったものは間違いなく、クリピアのものです』
『噂は真実だ。王妃に謝罪の必要はない。クリピアは王妃を襲った不届き者を捕らえて、差し出すべきだ』
公式に発せられた二人の言葉は、そのままクリピアへと伝えられた。ボカリアへも同様に。
知らせは王女の耳に、そろそろ届いている頃だろう。
城内は慌しかった。
兵の配備や、武器や食料の確保を急ぐ手配のためだ。
公言されてはいないものの、迫り来る戦の予感は、聡い者ならば既に気付いている。
次第に城内の緊張が高まる中、他国より特使が訪れたという知らせを、国王と王妃は玉座で受けた。
「・・・特使?」
「はい。早急にお知らせしたい旨があるとのことで、目通りを願っております」
家臣の報告に、二人は顔を見合わせた。
「・・・クリピアからですか?」
「いいえ、ボカリアからです」
王妃の声に答えたのは、玉座の前に傅く家臣ではなく、別の声だった。
「お許しもなく、御前に失礼いたします。何分、一刻も惜しいものですから」
いつの間に謁見の間に入ってきたものか、慇懃に無礼を詫びたのは、まだ若い男だった。
「近衛兵!」
真っ先に動いたのは、他ならぬ国王だった。剣に手を掛け隣に座す王妃を庇うように前へ出る。
後れを取った護衛達が、叱責に打たれたように一斉に動き、忽然と現れた男の周りを取り囲んだ。
「・・・おやおや」
周囲の警戒や困惑も知らぬげに、彼は玉座の王を見上げた。
白銀の髪の下から神経質そうな瞳が、探るように並ぶ二人を見つめる。
「・・・あなたが、どうして」
「王妃様にはご機嫌麗しく存じます」
少なからず戸惑いを見せた少女に頓着せず、定型の短い挨拶を投げると、男は国王の前に膝を突いて頭を垂れた。
「申し上げます」
「・・・聞こう」
若干の警戒を残したまま、レオンが促す。
「国王陛下ならびに王妃様のお言葉は拝聴いたしました。わが国の大公もこの度の件を大変重く見ております。ですが、そもそも一介の噂を真に受けて騒ぎ立て、かの国への礼を欠いたのはわが国。その為に二国が争うことは大変に心苦しくございます。両国共に一度矛を収めて、話し合いの席について頂きたく、取り急ぎお願いに参りました」
「話し合いだと?」
意外な言葉に、レオンは特使の顔を見返した。
「ボカリアが、わが国とクリピアの間を取り持つと?」
「ことの発端はわが国の軽慮なれば。異存がございましょうか」
真意の読めぬ無表情で、銀髪の男が頷く。
思案するように、レオンは沈黙した。
驚きの表情を浮かべた王妃を横目に見つつ、慎重に言葉を選ぶ。
「しかし、話し合いを望んだところで、クリピアが耳を貸すかどうか」
「ご案じなさいますな」
まるで歌うかのように軽やかに、銀髪の特使は告げた。
「クリピア国には既に、わが国の公子自らが説得のため出向かれました。シンセシスの方々におかれましては、どうぞ心安くお待ちください」
「ハク、待って!」
引き止める声が辺りに響き、男は城門へと続く石段の途中で足を止めた。
見上げた先、石段の頂上に姿を見せたこの国の王妃が、日ごろの立ち振る舞いを忘れたようにドレスの裾をからげて駆け下りてくるのを迎える。
「何でしょうか」
やっと追いついた男に掴みかかりそうな勢いで、ミクは上がった息を整える暇もなく、早口に問いかけた。
「さっきのは本当なの?お兄様がクリピアへ渡ったなんて・・・。クリピアはボカリアの友好国ではないのに、危険ではないの!?」
不安と焦りを見せる少女を、ハクは無感動に見返した。
「今更でしょう。わかっていて、貴女は選択なさったのではないのですか。でなければ、何故、公子がせっかく機会を作ったのに、この国に留まったのです。あの噂の意味に気付かぬ貴女ではないでしょうに」
「・・・やっぱり、噂を流したのもお兄様なのね」
ミクは目を伏せ、溜息をついた。
「私がいれば、たとえこの国がクリピアと戦になっても、ボカリアは協力関係を崩せないと思ったの。クリピアと相対する限り、ボカリアとの同盟はこの国の命綱になるわ。・・・でも、まさかボカリアが仲裁に入るなんて思わなかった」
兄の側近中の側近と呼ばれるその男へ、戸惑う顔を向ける。
「どうしてなの。そこまでする理由がないわ。いずれ、どちらの国も手に入れるつもりなら、出来るだけ二国間で争わせて残ったほうを叩くほうが、ずっと効率が良いはずよ。それなのに、どうしてお兄様が」
「本気で言っているのですか」
少女を見下ろすハクの紅い瞳が、鋭い険を帯びた。
「貴女がこの国に留まれば、戦火に巻き込まれることは避けられない。そうなれば、あの方がどうするのか、本当にわからなかったのですか。貴女への危険を減らすためだけに、あの方は国の利益も、我が身の危険さえも顧みずにクリピアへ向かわれたのですよ」
責めるような響きに、ミクも苛立ったように男を睨み返した。
「私にこの国に嫁げといったのはお兄様よ!国益のために私を嫁がせておいて、今更、私のためと言って国益を無視するの。一体、お兄様はどうしたいのよ!」
「貴女は!」
低く唸り、ハクは我に返ったように声を飲み込んだ。
目を瞑り、すぐに冷静を取り戻した瞳を開く。
「・・・貴女は、まずご自身を知ることです。あの方に答えばかりを求める、その前に」
「私のことは、私が一番よく知っているわ!わからないのはお兄様の考えよ」
「もう少し貴女は賢い方だと思っていましたが」
喧嘩腰の態度を見せる少女を、彼は辛辣に切り捨てた。
「自分が心底目を背けたいと願うものは、逃げ場なく眼前に突きつけられない限り見えないものです。人の心は形なく他の誰にも見えないものだからこそ、己の目さえ塞いでしまえば、それは無かったことに出来るのですから」
怒りをこらえるように、ミクが奥歯を噛んだ。
「私が、何から目を背けているというの」
「それこそ、ご自身で知るべきことです。私もこれ以上の道草はしていられません。これから、すぐにクリピアへ向かわなければ。あの方のお呼びですから」
冷淡に言い放って歩き出した男が、数歩進んだところで、珍しくも迷うように足を止めた。
肩越しに振り返り、無表情のままに告げる。
「この国に留まるご決断をなさったのは貴女です。あの方の考えが知りたいと言ったのも。例え、その決断を後悔することになっても、自ら呼び込んだ結果から目を背けられませんよう」
「どういう意味・・・?」
「すぐに分かるでしょう。宜しいですね、決してご自身から逃げてはなりませんよ」
「逃げないわ」
はっきりとミクは言い返した。
「逃げないと決めたから、だから私は此処にいるのよ」
ミクの答えに、男は微かに目を眇め、今度こそ足を止めることなく立ち去った。
その予言めいた言葉通り、ほどなくして届いた知らせ。
それは、ボカリアの公子がクリピアの王女に結婚を申し込んだという一報だった。
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えーと、あれ? 本来、ミクさんの亜種でしたっけ・・・?
何だか、弱音のヨの字も吐かなそうな、大いに別人になってしまいまし~た。<それ以前の問題が・・・
第10話に続きます・・・。と、とうとう二桁・・・。
http://piapro.jp/content/kqrxc9dyzixi61tb
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azur@低空飛行中
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>★心愛★様
ありがとうございます!
ピアプロでは小説自体が中々マイナーなので、続きをと言って頂けるのはとっても励みになりますv
遅筆ながら、続きも頑張ります!
またお目を通して頂ければ嬉しいですv
2008/10/01 20:00:40