「カイ兄ってちょー情けないヘタレだよな」
台所でアイスを頬張っていたカイトに向かって、そう宣ったのは双子の片割れレンだった。
自分より年下のその少年(メイコがいうところの弟)はカイトに冷たい一瞥だけくれた後、斜め前の椅子にドカリと腰掛けた。レンからそんな言葉を貰ったカイトはというと、スプーンをくわえたまま小首を傾げて不機嫌顔のレンを見やる。
"情けないヘタレ"とカイトにとって不名誉窮まりないだろう形容をされても、彼は取り留めて気にした様子もなかった。それどころか、ほけほけと緩く笑って、「んー? 具体的にどこが?」などとレンに聞き返す始末。正しく情けない自身の兄(不本意ながら兄だ)に、レンは盛大な舌打ちをしてみせ、
「めー姉好きなくせに何も行動しないところ」
と低い声で告げた。
ギロリと鋭い眼光を乗せ、レンがカイトを睨みやる。その鋭い針のような視線を受けてもカイトはレンに相変わらずの微笑みを向けていた。
(………このタヌキめ)
この兄は、その実、誰よりも腹が据わっていたりする。だが、メイコを筆頭にそのことを知る者は少ない。つまりカイトは誰よりも相手を欺くのも上手かったりするのだ。レンもここ最近になって、ようやっとそれを悟ったところだ。
唐突に水を向けられたカイトはぱちぱちと目を瞬いて、「ふぅん? 行動ねぇ…」と漏らして、あらぬ方へ視線を巡らす。ややあってレンに視線を戻したカイトはコトリと首を傾げてまたも笑った。
「レンがリンにするみたいな? いかにも"好きだー"って自白するような、行動?」
こんな言葉をレンに投げ付けて。
「あ゛ぁ?」
「あれ、違うの?」
てっきりそういうことだと思ったぁ。
そう言うカイトは緩い顔で笑い続けている。そんな奴に説教じみたことを言うことに馬鹿馬鹿しくなってきたのはレンの方だった。リンとのことを軽はずみに口にされたのも気に食わなかったが、なによりメイコと進展する気が目の前の馬鹿にまるっきりないのが、もう論外だった。わざわざ忠告してやるために割いた時間さえ惜しいというもの。
そっぽを向いてケッと口を尖らせたレンは「もーいい。…こっのクソ兄貴っ!」と年頃のレンらしい暴言を吐き捨てる。そしてカイトから興味が失せたのか、戸棚にあるバナナを取るために席を立った。
(うっわ、機嫌わるー)
あれから、バナナを戸棚から取ったレンは台所から去るかと思いきや、そうせずに元の定位置に居座った。
明らかにぶすくれた顔で好物のバナナをぱくついているレンを眺めていると、どこからか可笑しさが込み上げてきて、カイトは慌ててアイスを口の中に掻き込んだ。そうしてアイスと一緒にその笑いを飲み込み、ちらりと再びレンに目をやる。彼はカイトから故意に目をそらしているらしく、あの可愛らしいような小憎らしいようなレモン色の瞳と視線は交わらない。
まさに反抗期真っ盛り。まだまだ成熟には程遠い(青いという意味で)だろう。が、カイトは敢えてレンの細く無防備な首筋に鋭い刃を押し当てるのだった。
「レンさぁ、俺がめーちゃんと両想いになる行動してないっていうけど、してるから」
「……はぁ?」
お前何いってんの、とでも言いたげにレンが眉を寄せた。
「…全然してるようにみえねぇ」
「そりゃそうだよ。だって」
行動を"起こしてる"のはリンとレンだもん。
カイトがそう告げるとレンはさらに訝しそうに顔をしかめた。
「は?なんだそりゃ。俺とリンの行動がどうしてお前の行動になんだよ?」
意味がわからんとレンがカイトを鼻で嗤った。それを咎めるでもなく、カイトはふふふと含み笑いを漏らした。
そうして、レンはまだまだ子どもだなぁとカイトは一言する。その言葉がレンの癇に障るだろうことももちろん承知の上だった。
考え足らずで愚直でそれでいて純粋な目の前の少年は年相応で大変可愛らしい。自分との差に思わず笑いさえ込み上げてくる程だ。
「何笑ってんだよ!」と自身に噛みつく純真無垢で、だからこそ無知で率直な少年。カイトは凪いだ瞳でそんな可愛らしい"弟"を見つめて、「だってさ」とレンの問いに歪曲した自身の答えを彼の目前に晒す。
「俺が行動を起こせば、めーちゃんは絶対俺に堕ちてこないもの。だから、俺以外の誰かにめーちゃんの大事な大事な家族っていう絆を壊してもらっているんだよ。レン」
「……それが俺とリンだと?」
レンの言にカイトはこっくりと首肯する。
カイトやミク、リンレンと違って、独りの期間が長かったメイコにとって、家族というものは何物にも代えがたいものだ。それをカイトも重々理解している。だが、生憎カイトはメイコの弟で終わる気はなかった。
一目惚れ、一種のインプリンティングに近い、その感情はカイトがメイコと初めて出逢った時から芽生えていたもので。しかしカイト自身がメイコを得るために家族という枠組みを壊せば、メイコとカイトの関係は"家族"よりも遠ざかってしまうことも理解していた。
ならば自分以外の、メイコを"そういう"感情で好いていない者達を使って、家族という枠組みを壊せばいいと思いついたのは、レンのリンに対する言動を見てからだ。彼は都合のいい事に双子の姉であるリンを恋愛感情で好いていた。
そしてリンも恐らくレンを"そういう"感情で好いている。それを悟ったからこそ、カイトは敢えて何の行動も起こさずに傍観を続けてきたのだ。もしリンがレンに対して"そういう"感情を抱いていなかったのならば、恐らく自身はリンに何らかの働きかけをしていた。
全てはメイコを手に入れるために。
思ってもみなかったカイトのしたたかさにレンが絶句すると、カイトは剣呑な場の空気と不釣合いなくらいニッコリと微笑んだ。
「あ、言っとくけど、利用したように見えて、ちゃんと二人の応援もしてたよ? リンもレンも可愛い妹弟だからね」
「……家族の絆を壊そうとしてる張本人が妹弟言うな。まったく説得力ない」
「ひどいなぁ」
どっちが、とは口に出さないでいた。カイトがレンにこの話をしたのは、自分を共犯者にするためだろうと容易に推測できた。カイトの思惑を知っても、リンを好きなレンは今の行動(つまるところリンへのアピール)を制限できない。というか、したくない。
そうすると結果的にカイトの計画の片棒を担ぐことになるのだ。ならば、メイコに告げ口をすることはリンの幻滅にも繋がることは必至。要するにカイトのあくどい計画的犯行を黙認するしかないのである。
あまりにも鮮やかで陰険なカイトのやり方。それに敬意を表して(ただし嫌みも含まれている)、レンは自身の兄にとっての最高の褒め言葉を送ってやるのだった。
「カイ兄ってちょー情けないヘタレを演じる、ちょー悪趣味で計算高いヘタレなんだな。恐れ入った」
「んー? そう? ありがとー」
[小説]Clear The Decks[カイ(メイ)+レン(リン)]
「まっくろ●ろすけ出ておいで~」
真っ黒兄さん、一丁上がり!
………。……どうして私は兄さんをこんな風にしか書けないのでしょうか。
いつか世で主流となっている可愛い兄さんを書いてみたいです。私的な願望で申し訳ございません。
しかしですね。実は奈月家の兄さんはめーちゃんと付き合ったら、こういう腹に一物抱えた性格は鳴りをひそめます。代わりに甘えたな兄さんが顔を出します。そんな設定です。
書く機会あったら書いてみたいですねぇ。
あ、ちなみにタイトルの「clear the decks」は"外堀を埋める"という意です。
付き合うための既成事実を作るために両名これから着々と相手の外堀を埋めていくという意味で用いました。
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ブクマつながり
もっと見る「ふたりでひとつ」なんて言葉を信じられなくなったのはいつだっただろう。
「ねえ」
「うん?」
「そこってどんな感じ?」
「…入ってみればわかるけど」
「それはやだ」
会話は、鏡越しにひそやかに交わされる。
「っていうか、そこって入れるの?」
「二人一度には無理。居場所の交換なら可能かも」
「とか言っ...もしもし、あなたはなんですか
翔破
悪のメイド 前半
Ⅰ.
黄の国の革命において王女リンは処刑された。これは歴史的事実として知られているところであるが、巷説や演劇などでは広く王女生存説が語られている。王女の双子の弟レンが行方不明であることから、彼が替え玉となって処刑されたとするのが王女生存説の一般的なスタイルである。
公文書の記...【亞北ネル】悪ノメイド 前半【鏡音リン・レン】
あぶらぼう
はっきりとその姿が見えるワケじゃなかった。
ただ、時々。
人ごみの中でショーウィンドウに自分の姿が映ったのを見た時、とか。
洗面所で顔を洗っていて、顔を上げた一瞬、とか。
ガラガラの電車の中で居眠りしてて、起きた瞬間の夕焼けに染まった向かいの窓、とか。
そういう一瞬に、一瞬だけ、姿が見え...あの子はだあれ?
@片隅
「リンー」
「なに、めーちゃん?」
頭だけキッチンから出した格好でめーちゃんが声をかけてくる。私は読み掛けの雑誌から顔を上げて返事を返した。
「あのね、もう夕飯なんだけど、まだレンが買い物から帰ってないのよ」
「え?」
ちょっと驚いて壁の時計を見上げる。
銀の針が示しているのは七時半。別にそんなに遅...なまえのない そのうたは
翔破
この作品は、SAM(samfree)氏のかわいいルカうた「Gravity=Reality」へのリスペクト小説です。
みんなの優しいお姉さん、ルカさんが恋をしたものだから、さあ大変……というお話です。
素晴らしき作品に、敬意を表して。【小説化してみた…のか?】 Gravity=Reality
時給310円
駅の改札から出ると、辺りは真っ暗になっている。
家路へ急ぐ会社帰りのおじさん達を横目に見ながら、さて私も早く帰らなくちゃと肩からずり落ち気味の鞄を背負い直した。
肺に溜まった嫌な空気を深呼吸で新鮮なものに入れ替えて、足を踏み出す。ここから家までは歩いて二十分ほどで、決して近くはないけれど、留守番をし...むかえにきたよ
瑞谷亜衣
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