悪のメイド 前半
Ⅰ.
黄の国の革命において王女リンは処刑された。これは歴史的事実として知られているところであるが、巷説や演劇などでは広く王女生存説が語られている。王女の双子の弟レンが行方不明であることから、彼が替え玉となって処刑されたとするのが王女生存説の一般的なスタイルである。
公文書の記録によれば、王女の首は切断された後しばらく塩漬けにして保管されたが、体は市民の投石によって無残な肉塊となってしまった。処分したとされている。これは少なくとも彼女の死後において、王女の性別は確認されていないことを意味する。
また、王女は捕らえられてから自分の体に他人が触れるのを極度に嫌がったらしい。そのため、革命軍は凶器所持のボディチェック以外はとくに身体調査をせず、着替えなども自分でさせていたという記録もある。つまり、服の上からの見た目だけで、革命軍は王女を本物だと認定したことになる。
王女が替え玉で双子の弟であったとしても、これらの記録が事実ならば、矛盾がない。実は、王女生存説は歴史的事実との矛盾が非常に少ないのだ。それゆえ、広く題材に使われているのだろう。
王女生存説が創作されたのは革命からおよそ半世紀ほどたってからだと言われている。ところが、私はこのたび、とある港町の旧民家でそれよりも古く王女生存説に基づいて書かれた文書を発見した。記述された年代は、王女の処刑から数年後と推測され、これまでの認識を大きくくつがえす発見だと私は認識している。
さらに驚くべきことに、この文書には事実性を裏付ける記録が存在した。こちらは黄の国国立病院(旧王立病院)の資料として保管されていたものだ。
これらの文書が事実だとすれば、王女生存説が創作ではなく歴史的事実と言うことになってしまう。港町の文書は内容的に突飛なところがあり、そのまま事実と認定することは難しい。しかし、国立病院の文書が虚偽である可能性は低く、それゆえ、港町の文書も全てが創作であると断定することは困難である。
私自身、これらの文書をどう位置づけるべきか悩んでいる。しかしながら、革命期の黄の国の歴史について、再考を促すだけの史料価値はあると考え、ここに転載する。
以下に、それらの文書の内容を転載する。
Ⅱ.
黄の国王立病院・レオン医師の手記より抜粋
『王女の公開処刑の際、一人の少女が発狂して倒れ、当院に運ばれてきた。少女は運ばれてきてから数時間後に目をさましたが、なかば放心状態だった。私の質問に対し少女は自分の事を「王女付きのメイド・ネル」とだけ言って、それ以上なにも答えなかった。 11月1日』
『自らの主人の処刑を見て、よほどつらかったのだろう。ネルと名乗った少女は王女がまだ生きているかのような発言を繰り返していた。おそらく、強い精神的ショックにより記憶が錯乱しているものかと思われる。 11月2』
『ネルと名乗った少女が、退院許可の出ないまま病院を脱走。行方不明になった。記憶が錯乱したままで外に出るのは危険だ。医師として、あの患者に対する責任を感じる。 11月5日』
『ネルの捜索依頼をしに行った。警察機関は旧王国から新政府への移行事務で多忙であるといって受け付けてくれない。普段の業務がある以上、私が自ら捜索することもできない。残念ながら打つ手がないようだ。 11月6日』
Ⅲ.
港町の旧民家で発見された文書より
(なんて美しい少年だろう)
アキタ州から身ひとつで出てきた私は、王家のパレードを見ていた。私の生まれ育った田舎とはちがい、何もかもが壮大で洗練された美しさを持っていて、私にはあらゆるものが新鮮だった。そんな中でも彼は格別だった。鮮やかなブロンドヘアー、スマートな着こなし、大きな瞳。彼は穏やかな笑みを浮かべながら、王女の横にそっとよりそっていた。ひと目見て、私は彼にあこがれた。彼は王女に仕える執事であり、王女の双子の弟でもあった。
私も髪は黄色いブロンドだし、背丈もそんなに変わらない。なのに、どうしてあの双子と私はこんなに違うのだろう。
王家をめぐって何があったのかは卑しい身分の私にはよく分からなかった。とりあえず、カガミネ公爵家の双子のうち、姉のリンが王家に養子としてひきとられ、弟のレンは彼女のそばで仕えるために執事になったそうだ。
私は、彼に近づきたい一心で、お城のメイドの求人募集に応募した。私は運良く採用され、無事王女付きのメイドとなった。そして、そこにはパレードの時に見たあの美しい少年がいた。
「ネルさんですね。これから、よろしくお願いします。」
そして、彼は私に対しても、あの穏やかな微笑を向けてくれた。私はそれだけでうれしくてしょうがなかった。
「はじめまして。これから王女様に仕えさせていただきます、ネルと申します。」
一方、王女リン様はうやうやしく礼をする私に対して、フンッと鼻で笑って過ぎ去るだけだった。あんまりな王女の態度に、私はこれからの宮中での生活に小さな不安を覚えた。しかし、あの少年の側に居られるのなら、そんなことはささいな問題だった。
わたしの主人であるリン様はどうしようもなくわがままで、自分勝手だった。たとえば、私が給仕をしていた時、熱いスープを頭からかぶせられた事があった。自分でそんなことをしておいて彼女は、「床が汚れてしまったわ。早くふきなさい。」などと命じるのだ。何かが彼女の気にさわったらしいが、それが何だったのかはよく分からない。そんなことがしょっちゅう、誰に対してもあった。
このどうしようもない王女に、レン様はひたすら尽くすだけだった。レン様はいつでもリン様のそばにいた。そして、リン様のどんなわがままも聞いていた。リン様の健康のためにと自分で作ったいもけんぴを足蹴にされても、レン様は穏やかに微笑んでいた。
私はいつしかリン様を憎むようになっていた。自分にきつく当たるということもそのひとつだ。しかし、それ以上にレン様にあれだけ尽くされながら、まるで感謝をする様子がないのが憎らしかった。リン様は自分に全てが与えられることが当たり前と考え、レン様ですら道具としか思っていないように私には見えた。
その一方で、私はレン様に近づこうと必死だった。ちょっとした隙があれば、レン様に声をかけた、そばに寄った、いもけんぴを作るレン様を手伝うふりをして抱きついたこともあった。変質者まがいに後をつけたりもした。思い切って「お背中をお流ししましょうか」なんて聞いたこともある。レン様は顔を真っ赤にして首を横に振った。そのかわいらしさに私が笑うと、レン様は顔をさらに赤くして「からかわないでください」と言った。
だけど、私の好意はあまりレン様に通じていなかったようだ。せまり方が強引過ぎたせいか、からかって遊んでいるとしか思われていなかったらしい。からかったら楽しいのは事実だったから、仕方がない。
Ⅳ.
私はある日、決意した。このままでは私は、レン様にとってイタズラ好きのお姉さんでしかない。それ以上前には進めない。
身分違いの恋かもしれない。今は召使だとはいえ、レン様は将来王国の重役につくことが確定している。一方私は、田舎の農村の、ドン百姓の娘だ。それでも、一歩を踏み出せば想いが報われる可能性が全くないわけではない。逆にこの一歩を踏み出せなければ、例えどんなにお似合いで仲良しでも、決して報われることはないのだ。
私は、レン様に告白をする!
ある日私は、レン様に恋文を書いた。恋文には名前を書かず、待ち合わせの場所と時間だけを指定した。もちろん、レン様の予定をばっちりとチェックした上で、レン様の手が空いている日時を指定した。
夕方、お城の噴水の裏で、私はレン様を待った。レン様の影姿が見えたとき、私の緊張は激しく高まった。もう自分の心臓の鼓動以外何も聞こえないぐらいだった。
レン様は、私の姿を確認して驚いた様子だった。そして話しかける前に辺りを見回した。
「何、探してんですか!」
「あ、いえ、ネルさんには関係のない件です。あれ? そいういえばネルさんはなぜここに?」
私の書いた恋文は、私のものとは完全に思われていなかった。
「あの手紙を書いたのは私です。」
「ネル…さん…?」
レン様は口をぽかんと開け驚いた顔をした。しかし、次の瞬間には照れ笑いを浮かべながら、頭をかいていた。
「やだなぁ、からかわないでくださいよ。こういう罠は卑怯ですよ。」
「いや、そうじゃなくて!」
いったい、普段の私はレン様にどういう存在に思われていたのか。とにかく、告白を告白だと伝えるだけでもひと苦労だった。
結局、私の全身全霊を込めた告白は実らなかった。今はまだそう言う事は考えられない、それがレン様の答えだった。つまりは回答保留だ。レン様ほどの身分の貴族であれば、自由に恋愛をすることなどできない。それによって一族のみならず、国家の命運すら変わってしまうのだから。そう簡単に「はい」と答えられるはずがない。保留にしてくれただけでも、気づかいに感謝しなければならないところだろう。
でも、それをきっかけに私はリン様を妬むようになった。恋愛は許されなくても、姉弟ならいくらでもそばにいられる。まるで恋愛ができないことを逆手に取ったように、レン様はリン様のことばかりを考え、つねにリン様のそばにいた。
髪の毛の色も背丈も似たようなものなのに、どうして私とリン様でこんなに違うのだろう。
私がこれほどまでに彼を求めているというのに、レン様は私のことなど目もくれず、あの傲岸不遜、唯我独尊の王女に全てをささげるのだ。
空回りした私の想いは、リン様への憎しみへと変わっていった。
Ⅴ.
王が病に伏すと、リン様が摂政になった。当時、摂政の位につける者は王族限定だったので、彼女しか人がいなかったせいだ。はじめは、リン様はただの傀儡だと思われていた。しかし、彼女は自ら積極的に政治に関わった。
彼女はまず、自分の気に入らない貴族や官僚を大した理由もなしに片っぱしからクビにした。そして空いた官位に自分におもねる者を入れた。まるで出たら目な政治だったが、リン様の暴政を権益拡大のチャンスととらえた一部の貴族たちは彼女を熱烈に支持した。
そうして権力が大きくなるうちにやることもどんどん過激になっていった。大臣を処刑にし、領主には兵を送って滅ぼし、一揆を起こした農民は皆殺しにした。はじめは権益拡大のためにリン様を支持した貴族たちも、いつのまにかリン様に殺されることだけを恐れて彼女に従うようになっていた。
しかし、それも長くは続かなかった。没落した貴族たちや貧困にあえぐ市民といった、守るべきものを持たない者にとっては、暴力は決定的な抑止力にはならなかった。リン様が自分への反発を暴力で抑えつけるほど、そういう人間が増え、新たな反発が生まれるようになった。そしてリン様はそれを抑えつけるためにさらなる暴力をふるう。リン様の政治は殺戮のいたちごっこに陥っていた。
いつしか王都は王女の悪口であふれ、いくつもの国家転覆をはかる組織が生まれた。誰が敵か味方か分からない不安の中で、リン様はますます凶暴に、残酷になっていった。しかし、反王国組織はどんどん大きくなっていく一方で、王国は相次ぐ粛清により組織はガタガタになり財政的にも限界に近づいていた。
そんな急激な時代の流れの中、私たち王宮のメイドも少しずつ不安にかられるようになった。リン様の性格は昔から悪かったが、その政治が行き詰まりはじめてから、それは病的なものへとかわっていた。リン様の外国語の家庭教師をしていた桃色の髪の女性は、何の根拠もなく邪教徒だと決め付けられ投獄された。舞踏会に参加した緑の髪をした貴族の女の子は、リン様の足を踏んでしまったと言うだけでリン様に処刑されてしまった。その暴君は、もはや政敵や反逆者だけではなく気に入らないもの全てを殺そうとするようになった。
レン様は政治向きの命令を受けることも多かった。それはつまり、リン様から残酷な命令を受けることも多いと言う事だ。レン様は残酷な命令を受けた時、彼女に見えないように悲しい顔をした。そんなレン様の顔を見るのが私には耐えがたかった。その頃には、リン様はレン様にもずいぶんときつく当たるようになっていた。悪の王女にけなげに従うレン様は、とても痛ましく、哀れに思えた。
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「ねえ」
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「…入ってみればわかるけど」
「それはやだ」
会話は、鏡越しにひそやかに交わされる。
「っていうか、そこって入れるの?」
「二人一度には無理。居場所の交換なら可能かも」
「とか言っ...もしもし、あなたはなんですか
翔破
「カイ兄ってちょー情けないヘタレだよな」
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@片隅
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