午前5時45分。
目覚まし時計も何もなく私は目が覚めた。
ベッドから足を下し掛布団だけきっちりたたむ。

朝食を適当にパンで済ませたら制服に着替える。
白いブラウスに首元には学校指定の黒い紐リボン、茶色でチェックの少しオシャレなデザインのスカート。
スカートの丈は膝ちょうどあたり。
髪型を変えたり伊達メガネを外すことは出来てもスカートの丈を変えるのはまだ少しだけ抵抗があった。
白く肩口や裾に赤いラインの入ったベストを着て少しぼさぼさになった髪をとかしたら鏡を見ながら髪の一部だけを出来るだけ丁寧に編んでいく。

この髪型は佳絃さんに考案してもらったものだ。
自分に自信がないと嘆いていた私に、そんなことはないといって「君の髪はすごく綺麗だから、もっと綺麗に見えるようにしてみたら」と私のおさげをほどいて少し不器用ながらも一部を編んでくれたのだ。

これからは体育のとき以外はこの髪型でいようと思うくらいには気に入っている。
納得のいくように出来たら茶色の上着を着て玄関に出る。
母親がリビングのドアを開けて「いってらっしゃい」と声をかけた。
私は一度振り返りいってきますとぼそぼそ答えるとドアを開けエレベーター前へ向かった。

外は晴れてはいるもののまだ少しだけ寒かった。
マンションを出て住宅街を歩きながらふと、あることを思い出す。

………昨日の緑の髪のあの子、今日は会わなかったわ。

昨日は相当急いでいるようだったし部活の朝練か何かに遅刻しそうだったのかしら?

一体何年生だったのだろう。リボンの色はあまり覚えていない。
私の通う学校、は学年ごとでリボンとネクタイの色が違う。

一年生は黒、二年生は緑、三年生は赤だ。
けれど二年生以上の人たちは指定リボンを外していることも多いという。
きっと私は外すことはないのだろうとぼんやりと考えながら歩いているうちにとある場所についた。
そこには、昨日出会ったばかりの金髪の少女がいた。
「おおお!よかった、世良って時間に正確に動く子なんだね。もう行っちゃったかと思ったよ~。」

昨日、私に向かって女の子が自転車で突っ込んできた時にちょうど奈々が助けてくれた場所。
そこで奈々は私を待っていた。
また一緒に登校出来るという嬉しさと、新鮮さ故に自然と小さく微笑んでしまう。
「おはよう、奈々」
「うん、おはよう世良」
私たちはそう言葉を交わすと学校へ向かって歩き始めた。
「世良、これからはその髪型で固定なのかな?」
奈々がどこか嬉しそうに私を見る。
「うん…気に入ってるから。おかしく思われるかしら…」
「思われないよ。似合ってる。おさげも可愛いけどその髪型もすごい可愛い。」
万弁の笑顔で拳をぐっと握り奈々はそういった。
「ありがとう」
そんな奈々がおかしくてますます笑みが広がってしまう。
奈々といると、本当に心地がいい。

けれど奈々は、私といてそうではないようだった。

昨日のカフェの帰りも、どこか苦しそうだった。それでも奈々は笑っていたけれど。

奈々の瞳の奥で揺れているものは、隠しようがないほどに濁りきっていて、浄化するにはどうしたらいいかなんてきっと奈々自身も分からないほどに混沌としていた。

そんな状態でも私に笑って話し続ける奈々は、必死に自分の内にある感情を押さえつけているかのようだった。
「ねぇ世良!お昼休みに___」
そんな奈々を
「奈々」
私は、見ていたくなかった。
腹の底から沸き立つ何かが私の皮膚を泡立てるほどに巡り、頭の奥を熱くさせた。
「……世良?」
奈々が怪訝そうな表情を浮かべる。
「ねえ、なにをそんなに怖がっているの?…それでは少し違う?怯えているというほうが正解?」
思った以上に感情が軽薄な声がでた。
警戒させてしまっただろうか。
「え?なにも怖がってもないし怯えてもないよ。どうしたの世良」
奈々がきょとんとした表情になる。

そうやってその瞳の奥にある感情を必死に隠そうとするのも分かる。
見え隠れする奈々の瞳の奥の揺らぎを、私はじっと見つめた。
何も言わず、ただ見つめていた。

奈々はとまどうように私を見ていたけれど、だんだんと何かを理解したように私から顔を背け俯いた。
「あー…、世良は……人の本質しか見てないんだね。すごいや。僕にはそんなに真っ直ぐ見抜ける自信はないからね。でも大丈夫だよ世良、僕は平気だから。」
そういって奈々は悲しそうに笑った。
見ていてとても苦しくなるような笑顔だった。

「………岳斗さんの、ことは?」

私がそういうと、奈々はピタリと動きを止めて、息が出来ないというように瞳を絶望いっぱいに見開いた。

それを見て私はやっと軽率すぎる自分の行動に気が付いた。

彼女は、本当にどうしようもなく苦しいのだ。
昨日、私と出会った時もカフェに皆で行っている時も、家路についているときも。
それよりも前から、私と出会うずっと前から一人で胸の奥で抱え込んでいたのだろう。

誰にもそのことを話さずに。弱音を吐かずに。

気づいている人もいたんじゃないだろうか。奈々が苦しみに揺らいでいることに。
けれど声をかけられても、奈々は私にもしたように「大丈夫だよ」と微笑むだけで、自分の中に苦しみを押し込み続けていたのだろうか。

苦しみの渦に、そのまま奈々が取り込まれてしまうのではないかと不安の波紋が私の中で広まった。

気が付けば私は奈々の手を握っていた。
「え…世良?」
空虚な瞳が私を見た。
そんな顔させたくない。そんな苦しそうな顔、させたくない。

初めてできた、大切な友達。
その子は私が思っている以上に真っ暗な世界にいた。

独りぼっちで。

暗い駐車場を思い出す。そこで車の陰に蹲る名前どころか顔すら分からない少女の事を。

昨日の出来事がぐるぐると頭の中をめぐる。

人とかかることが怖くてずっと一人だった私。
怖さで進めずにいた自分を沢山後悔して、人を知る為の勇気がほしいと言えた私。
そう思うきっかけをくれた奈々。
そう言った私を、後押しをしてくれた佳絃さん。

独りだった私。
ずっと孤独で、周りを遠ざけていた私にも引き上げてくれた人がいた。

ちょっと不器用ぽくても木漏れ日のように暖かい、少しばかりお人よしな人が、真っ暗で何も見えなくなって、どうしていいかわからなかった私を引き上げてくれた。

私にも、出来るだろうか。

「奈々、お昼休みは一緒に過ごしましょう?…裏庭の、ケヤキの下で。」

佳絃さんのように。
真っ暗で孤独な場所にいる奈々を、引き上げることが。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

私たちの花物語 紫君子欄の揺らぎ

世良ちゃんの制服姿をイラストで是非拝みたいものですといったら先輩がドミノピザの制服をきたIAちゃん描いてくれました。
そんなことはどうでもよかったですね。はい。
世良ちゃんガンガン活躍させたいですね!
でも実際こんなこと出会って二日目の早朝に何も知らない子に言われたら普通は「余計なお世話よだまらっしゃい」って思っちゃうかしら?
まあでも世良ちゃんは(世間もろとも)知らずとも奈々ちゃんの中で既に大きな存在なので関係ないのですおっおっ
どれほどデカいものなのか!!
なんていうのはちびちび語っていけばいいかなぁと遠い目で思っていたりもしますの。
茜ちゃんが全く出てこない。。。
あたりまえでしたね。奈々ちゃんの回はもうちょっと続きますよー!

閲覧数:242

投稿日:2013/08/22 18:43:47

文字数:2,711文字

カテゴリ:小説

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