* そう、その日確かに俺は死んだ
ザシュッ
鋭利な刃物が肉を切り裂く、おぞましい音が耳にとどいた。
絶対に死んだ!と思うのだが・・・・・・痛みは、ない。
俺は固く閉じていた目をおそるおそる開き、
その光景に息を呑んだ。
まず目を奪われるのは、視界を覆いつくすほどの緑。深い森の木々を思わせるような深緑の髪。身の丈ほどもあるその艶やかなストレートに、オレは数瞬見惚れてしまった。
体つきは、華奢なほう。顔は見えないが、年のころは俺より少し上―15、6歳くらいだと思う。
立ち姿は堂々としていて、ファイティングポーズのように構えられた少女の片腕が、驚くことに死神の鎌を受け止めていた。
鎌は少女の腕を半ばまで切り裂いたきり止まっている。
滴り落ちる少女の血・・・・・・頭の中がざわめく。
「くっ、邪魔を」
少女の出現にルカも驚いているようだ。それ以上に悔しさを滲ませてルカは唇を噛み締めていた。
「邪魔はどちらだ。」
少女はトゲのある口調で切り返す。
「盟約を、忘れたか。このレン、この世界こそ我らの待ち望んだ奇跡だというのに。ルカ、おまえにそれが判らぬわけがあるまい?」
「盟約などっ・・・・・・判るさ。奇跡、そう、奇跡だとも!ならば今ここでソレを屠ることこそが、最良の選択肢ではないのかっ」
内容はよくわからない。が、ルカは先ほどまでの冷静さが嘘のように激昂していた。
「望なら叶ったのではないのか。数え切れぬほどの犠牲の上に!その上でさらに何を望むというのだっ!これより先は、」
「そうだよ、ルカ。」
冷徹な少女の一言にルカは言葉を詰まらせた。
「っ!・・・・・・何の、ために。」
「望みのため。」
少女の言葉と同時にルカは吹っ飛んだ。少女が目にもとまらぬ速さで攻撃したのに思い至るまで数秒を要する。
腹部を押さえながら立ち上がったルカに、少女は言い放った。
「次邪魔をしたら、今度は許さないから。」
瞬間肌を刺すようなプレッシャーが放たれる。同時にルカは音もなく消え去った。
少女はこちらに向き直ると、その深緑の瞳でまっすぐに俺を見た。
しばらくの間見つめあう俺たち。
・・・・・・え、えーと?
「あの、」
「ん?」
ルカに相対していたときの気迫が嘘のように、少女の瞳は優しい。
「ありがとう。」
「?」
いや、かわいく小首を傾げられても。
「さっき、助けてくれたんだろ。」
「あぁ、いいの、別に。気にしないで。」
「気にしないでって言われても・・・・・・怪我してるし。」
俺は少女の怪我をまじまじと眺める。傷口は小さいが、深そうだ。それなりに出血しているし―――重症っぽい。不安に心がかき立てられるような感覚を覚える。
そんな俺の心配をよそに、少女は俺に手を差し伸べた。
腰を抜かした格好の俺は、少女の助けを得て立ち上がる。
すると少女は、いきなり俺に抱きついた。
甘く、切ない印象の少女のカオリ。どこか懐かしい。
耳元で少女が囁く。
「助けたワケじゃ、ないんだよ。」
どこか楽しげで、どこか悲しげな少女の声が紡がれる。
「いまからワタシはレンに、もっとヒドイことするから。」
そういうと少女は、その牙を俺の首筋に突き立てた。
鋭い痛みは一瞬。すぐに嘘のように消え去った。
しかし突き立てられた牙の感覚は、ある。
体内に侵入した、異物感。おぞましい感覚、恐怖。
ゴクリッ
やがて少女の細いのどが、音をたてる。俺の中から溢れ出した灼熱を、彼女のノドが嚥下する。
ゴクリッ
徐々に体中の血が沸騰する。カラダが、熱くて、アツいのが徐々にせりあがってきて。ノドが・・・・・・
「やめろっ」
俺は目一杯の力で彼女を突き飛ばそうとした。
しかし以外に力が強く、少女が俺を解放するカタチとなった。
少女の腕から開放された俺は、再び無様にしりもちをつく。
再び少女と相対した俺は戦慄した。
唇は俺の血で朱に染まり、妖艶なまでに美しかった。滴り落ちた朱は口端から零れて白磁の肌に紅の筋を描いている。欲望に濡れるその瞳は、先ほどとはうって変わって緋色にひかり輝いていた。
「おま、え・・・・・・きゅ、きゅうけつき?」
少女は微笑んでひとつ頷くと、俺に片腕を差し出した。
ルカの一撃で負傷したほうの腕だ。まだ傷からは真紅の血が滴りおちていた。
それを目の当たりにした瞬間、俺のなかで何かがはじける。
沸騰を続ける血、アツい。
カラダジュウ、アツいっ
ノドが、焼ける!
俺は差し出された腕にむしゃぶりついていた。
おぞましい、と騒ぐ理性も遠のいていた。
景色が朱に染まり、
アタマのなか、フラッシュバックする光景をみた・・・・・・
―――キミのその儚げな笑顔に惹かれた。その美しい髪に触れていたかった。その宝石のような瞳が好きだった・・・・・・だから愛した。
キミが笑うから、オレも笑っていいような気になる
キミが存在するから、オレも存在していようと思う
愛しいその名は、
「・・・・・・ミ、ク・・・・・・」
オレ自身の呟きを遠くに聞きながら、俺の意識は闇へと落ちた。
そう、その日確かに俺は死んだ。
人間としての俺の命日は、確かにあの日だったんだ。
ハッピーバースデー、俺。
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-----------...ネバーランドから帰ったウェンディが気づいたこと【歌詞】
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