東京・原宿で人気の玩具専門店「キディディ・ランド」。
ここの店長は、ちょっとそそっかし屋だけども明るい、カイくんが務めている。
毎日子供からお年寄りまで、いろんなお客が、欲しいものを探しにやってくる。忙しい毎日だ。
きょうは、カイくんは、いつになく緊張している。
東京・青山にあるキディディ・ランドの本社の会議室で、各地の店舗の店長たちが行う「店長会議」に出席するのだ。
店長さんたちが集まって、自分が任されているお店の成績の報告や、発表をする。
仲間に会って、いろいろ店のことや気になる製品のことを話し合えるのは、けっこう楽しい。
でも!店長たちに共通の思いは一つ。
ちょっとコワい、社長のパワーに触れるのが、楽しみでもあり、恐ろしくもある。
●お店の調子はどう?
「こんにちは。お久しぶり」
会議室に入って行った、原宿店店長のカイくんは、さいたま店の店長の安さんに挨拶された。
「やあ、どうも」
にこやかに挨拶を返す。
会議室には7~8人の店長たちが、すでに席に座って、てんでに雑談をしている。社長はまだ来ていないようだ。
「最近は、どうですか、お店。世の中はけっこう不景気が長いけど、アンさんのところは?」
カイくんは、アンさん...安さんに話しかけた。
「そうねえ、この間の母の日セールは、あんまり売れ行き良くなかったわね」
安さんはほおずえをついた。
彼女は、女性店長なのだ。
「うちのところも、去年と同じって感じでしたよ。そこそこでしたね」
カイくんも答える。
「そう。なかなかねえ、景気が回復しないものね。でもね、船橋店の普利間さんのところは、母の日セールが盛り上がったらしいわよ」
「へえ、そうですかあ。うらやましいな」
ザワザワ、と話し声が続いていた部屋が、急に静かになった。
社長が会議室に現れたのだ。
赤いスーツに、茶色のショートヘア。
小柄だが、強い存在感を示す女性。キディディ・ランドの社長、メイ咲音が入室してきた。
●店長会議がはじまった
キディディ・ランドを創業したのは、彼女、メイ咲音のお父さんの、咲音潤三。
昭和の創業の時には、小さな個人の玩具店にすぎなかったが、平成の中ごろには全国にファンを持つ、玩具好きの人に愛される有名店に育て上げた。
そして数年前に、彼の娘のメイが、若くして2代目社長となった。
いまでは関東・関西に数店ずつ、全国で10店ほどを展開する中堅企業に、キディディ・ランドを育てている。
パワフルで厳しい手腕を持つ女性経営者。でも、おもちゃを愛する優しい心を持つ女性として、業界でもその名が知れている。
「みんな、元気でやってるかな?今日の会議をはじめます」
凛としたメイの声で、店長会議がスタートした。
店長たちから、お店の近況、経営状況、今後の目標が順番に述べられたあと、メイの話がはじまった。
「きょう、話しておきたいことは、私たちの店のライバル、トイパークが新しい店舗を出したことです」
メイは、目の前の机に生徒のように並ぶ、店長たちを見まわして言った。
「トイパークさんとしては2店舗目。今のところの情報では、さほど奇抜な店ではないようだけど、非常に要チェックのようね」
店長たちは、うなずいて聞き入った。
メイ社長はつづけた。
「これから夏場になって、夏休みの学生や観光客のお客が増えるから、品揃えの充実と、各店のスタッフとのコミュニケーションなどしっかり気を配って下さい」
彼女の声は、決して威圧的ではないのだが、よく通る声で聴く人の心をとらえる。
「売場のテーマの立て方も、いろいろ工夫するように。そうそう、一つ言っておきたいわ」
メイは、カイくんの方を見て
「原宿店のカイ店長。君のところは成績もいいほうだし、よい顧客をたくさん持っている。頑張っているようだしそれは良いのだけれど」
メイは机の上の水を、ぐっと飲みほして言った。
「君のところは、テーマの立て方がよくない。この前のゴールデンウィークのテーマは、たしかこうだったな。“ひやっと楽しい玩具とグッズ”」
メイは指で机をトントン、と叩いた。
「ひやっと、とは何だひやっととは。そんな販売促進のテーマはおかしい。売り場作りに工夫をしているのは良いけれど、もっとキーワードを考えてほしいわね。では、今日はこれまで。これから暑くなるけど、みんなで頑張っていきましょう」
メイは、手元の書類をまとめた。
●楽しい売り場を作ろう!
会議を終えて。自分の店に向かって、カイくんはトボトボと足を進めていた。
「やれやれ、きょうは社長に言われちゃったな。“ひやっと”ってのは、ボクなりに“クールな”って意味だったんだけど、変だったかな」
その時、うつむいている彼の背中をトン、と叩いた子がいた。学生服を着た中学生の男の子だ。
「店長さん、こんにちは!」
あれ、この子だれだろう。
「どうしたの、元気ないね」
ニッと笑った男の子の顔を見て、あ、そうか!と思った。
お店によく来てくれる子だ。この前まで悪ガキの、聞かん坊だと思ってたのに。この春に中学生になったんだな...。
「や、こんにちは」
男の子は仲間たちと一緒に、手に単語カードを持っている。
「今ね、テスト期間なんだ。これが終わったら、みんなでお店にまた行くからね」
そういうと手を振り、皆でワイワイと向こうへ歩いて行った。
そうか、あのワンパク小僧が中学生か。
ようし、彼らが遊びにくる頃には、もっと楽しい売場を作っておいてやろう。
カイくんは何だか元気が出てきた。
そして足早に自分の店に向かって歩いて行った。
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