毎週土曜日、午後七時半。それは紫の彼と一緒にいられる唯一の時間。
いつものように各自で食材を持ち寄って、徒歩五分の距離にある彼の家に集まる。お酒が入ることもあるけど、それはどちらかの気が向いた時に限り、大抵はウーロン茶を飲んでこのひとときを過ごしている。
今日もまた、私は彼の向かいの席で、彼の話を聞いている。
「へえ、本当に今の仕事が大変なのね」
「まあ仕事が大変だっていうのは大抵の人が感じていることだと思うから、俺だけがどうこういうつもりは特にないんだけどな」
「でも、大変なのは事実でしょう? 私だったら接客業はどうも自分には向いていないから続けられないよ。それも、カフェの店主なんて」
彼は昔からの夢だった自分のカフェを開いてから、毎日忙しそうだ。土曜日だけは早めにお店を閉めて、幼なじみの私と一緒に過ごしてくれている。こんな面倒くさいことに付き合ってくれている以上、彼に我儘は言えやしない。
「だけど、続けている一番大きな理由は楽しいからだよ。やっぱり自分が作った料理や飲み物で喜んでくれたら嬉しいし、お客さんが過ごしやすい環境になればいいなって思ってるから」
「その思いは、きっとお客さんにも届いてるよ。最近、いつも来てくれる人がいるんでしょう。きっと常連さんよ」
「そうだといいな。……あ、グラス空いたな、また何か作るよ」
ここしばらくの彼はカクテル作りにはまっているようで、私との食事でも度々作ってくれることがあった。まだ趣味の域を出ないらしいけど、ゆくゆくはお店で出せるようにして、昼はカフェ、夜はバーにできたらなあ、なんて話もよく聞いている。
彼の夢を応援したい一方で、引き止めたい気持ちもどこかにあった。今は私のためだけに作られる味は、いずれみんなのものになってしまう。彼がバーの仕事も始めれば、こうして毎週会うことなんてできなくなる。私だけの時間を望み続ける、こんな気持ちが知られたら、きっと彼は軽蔑するだろう。それだけは嫌だ。
私だけが、彼へ幼なじみ以上の感情を抱いている。彼は私を女として見ていない。付き合いの長い友達程度の認識なのだ。
午後十一時、この時間になると彼はソファーの上で眠ってしまうことが多い。朝早くから仕事をしているから、こんな時間まで起きていると自然とそうなってしまうのだろう。今日みたいに、お酒が入っている時なんかは、特に。
そっと近づいて、お酒を飲み始めると結われなくなるきれいな紫の髪に触れる。手のひらを入れるとさらさらと流れ落ちるそれは、決して捉まえられない彼自身のようだ。一束掬って口付ける。それは彼が眠っている間、いつも私がしていることだった。彼には心の内を打ち明けられないから、私だけの秘密にするつもりで。
さていつも通り片付けを、と立ち上がりかけた時、くいと手を引かれる。え、と振り返った瞬間見たものは、熱を持った彼の唇を、私の手のひらに触れさせているところだった。
「ど、どうしたの」
「気づいてないとでも思った?」
「……お酒のせいでしょ」
こんな言い訳はずるいとは思ったけど、これしか思いつかなかった。そう、これはお互いに、酔ったせいでしたことで。
「俺が酔った勢いでするように見えるんだ」
「そうは言ってない」
「名誉のために言っておくけど、今日はアルコールを一滴も飲んでないよ。互いにね」
「でも、いつもモスコミュール飲んでるじゃない。今日だって作ってたわよね?」
「ノンアルコール版があるんだよ。気になるなら確認してみなよ」
そう言われて確認してみると、キッチンに並んでいた瓶は全てジュースやシロップの類だった。いつもこんなことはしないのに、どうして急に。
「ルカの気持ちには薄々気づいてたよ。でも俺の前ではっきりとはそんな意思を見せてくれないから、確かめようと思って」
「だって、私だけがこんなこと思ってるなんて知られたら、遠ざけられると思って。それにガクの迷惑になる」
「ならないさ。照れくさいから店で出すためにカクテル練習してるって言ったけど、違うんだよ。ルカの喜ぶ顔が見たくて。それだけ」
「えっ、じゃあ、もしかして最初から」
「信じられないなら、もう一回してみせようか」
赤くなる頬を押さえようとして、それをするより早く、彼の長い指先が私の唇にとまる。悪戯に笑うその人は、今までに見たことがないほど、私のことだけを見つめていた。
「今度はこっちに、君の目で見てわかるようにね」
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