-RISK-
鋭い刃が舞うように宙を切る。
何度か美しい黄金色の背中をかすって、数本のやわらかい毛が床に落ちていくのも気にせず、毛を踏んで刀をかわす。
「避けてばかりではいつまで経っても私は倒せぬぞ!」
『…黙れ。そっちこそ、息切れしているだろ?』
「その言葉、そっくりそのまま返してやろう」
そんな言い合いをしながら二人はもう三十分も飛び回っていた。
お互い息も切れ始めていたが、流石といったところか、二人ともペースが落ちることがない。
「そろそろお互い決着をつけたほうがいいな」
『…決着、つけてやるよ』
二人はにやりと笑いあった。
次の瞬間に炎を纏った狐が、紫色の髪が、宙を舞って、その影が窓から差し込む光によって交差した。血が飛び散る。
トンと軽やかな音を立てて床に立ったレンの腹からは血が溢れ、代わりにがくぽの肩も噛み千切られた大きな傷が残っていた。
変化をといてレンが傷に手を当てると、この間の治りかけの傷をえぐられた状態になっていた。
「ですから、手紙の通りの場所に行ったら、あまりよろしくない状況におかれてしまった、と」
ここまでランから聞いた話を要約して説明し終わったルカは、冷静にしているように見えてこれ以上ないほど興奮していた。
「…それは…レンと、誰が?」
しかしカイトのほうは冷静なままで、優しげな丸みを帯びた目をモデルのようにシャンと立つルカへとやった。
「レンと、レンの主人のリン様と姉のリンちゃんが」
「…大変だ…」
一気にカイトの顔色が豹変して焦りだすのを見て、ルカは何かを感じ取ったらしく、館を出ようとするカイトにつきながら聞いた。
「何が、そんなに大変なのですか?」
「確かレンはあのこと『誓い』を終えているはず。そんな状態なら彼女が危なくなることもありえる。そのとき、レンはどうにかして彼女を助けようとするだろうが、その方法が問題だ。魔法でどうにかしてくれればいいんだけど、それだと時間がかかるからね。悪魔のキスは自分のエネルギーを相手に送る、最速の方法なんだ。多分、レンは、もしものときはそれをするだろうね」
『誓い』とは、主と使い魔である事を認め合う儀式のようなもので、リンにあったときにレンが跪いて手の甲にキスをした、あれだ。
「それが、なにか?」
「しらないのかい?主と使い魔の恋愛は禁止、性的なものでないにしろ、恋愛の類と思われるものの全ては禁止。その規律を破ったものは、問答無用で魔界へと連れ戻される。勿論、キスもね。俺たちのいる館は一応魔界でも行き来できるようにしてあったけど、館から出て人間界にはいけなくなるし、主は魔界へ行ってはいけない」
つまり、恋愛と思われることを行うと主と使い魔は問答無用で別れ離れにされ、永久に会えない、まあそういうことだ。
その話を聞いてやっとルカも事の重大さに気がついた。もしものことがあったとき、レンも傷を負っていてキスをしたらどうなるだろうか?残っている力の全てを注いでもリンは回復しないかもしれないし、仮にメイコたちが間に合ってリンは家に戻ることが出来たとしても、カイトの館へ行くほどレンをすいているリンのこと、レンとあえないと知ったら、心にも大きく深い傷を負うことだろう。
だからこそ、だからこそ彼女らをすぐにでも助けなければいけないのではないだろうか?
「…行くよ。遅いならおいていきますから」
「大丈夫ですわ」
黒く、白く、大きな翼を広げると二人は相手を見ようともせずに広く、何事もないかのように青い空へと飛んだ。
二人は同時に倒れた。
腹から出る血を止めようと懸命に魔法を使うレンと、肩から毒々しいほどの量の血が流れ出る激痛に、奇声を上げるがくぽだった。
「お兄ちゃん!!」
メグががくぽに駆け寄り、どうにかしようとしているが、メグ自身は魔法が使えないらしくおろおろしていた。呆然としていたリンも我に返ってレンによっていくと、弱いながらも回復魔法を使って回復を試みた。
何度も呪文を唱えるリンは必死で、周りなど見えないようだった。
「リン、後ろ!!」
「え…?」
どうにか動けるまでになってリンに叫んだレンの言葉に、振り返ったリンの後ろにいたのは――シルバーの銃口をきっちりとリンに向けた、メグだった。
「よくも、よくもお兄ちゃんを…。許さない!!お前は僕から大事な人を奪ったんだ!お前の大事な人を僕が奪ってやる!!」
「な…よせ!お前も罪人になるんだぞ?」
「そいつを殺して、僕も死ぬんだ。関係ないね」
そういってリンへと向けた銃の引き金に手をかけた。その手は小刻みに震えていて、故意にではなくとも震えのままに弾が発射されてしまいそうだ。
おびえて動けないリンを見てメグは口元をゆがめて小さく笑ったが、目が笑っていない。銃を持った右手の震えを抑えるために左手を添えて、メグは一思いにとでもいうように、小さな引き金を引いた。
『パァン!!』
広い部屋に乾いた銃声が響いた。
激痛。体中が焼けてしまうような熱を持った弾丸が、強い力を持って体にねじ込まれていく感覚がして、リンはその場に倒れこんだ。
「リン!リン、リン!?」
呼びかけるレンにリンはもがくわけでもうめくわけでもなく、小さな吐息で返した。
その光景を見て、メグは狂ったように高らかな笑い声を上げて銃口を自分のこめかみへと押し当て、先ほどよりも躊躇(ためら)わずに引き金を引いた。また、銃声が響いた。
どうしたらいいのかも分からず、回復魔法を使おうとしたレンは自分が悪魔であることを思い出した。
四人は合流し、響いた銃声のもとへと走っていた。
先ほどのカイトの話をルカがランとメイコに伝えて、このままではまずいかもしれないことを教えた。
そうして、一つの部屋へ辿り着くと重い扉をゆっくりと開いた。
中で倒れていたのは、メグと見知らぬ青年だったがきっとメグの仲間だろうことは予測でき、覗き込んだぎりぎりのところでレンが座っているのか足の裏が見えた。
「レン、よかった。レ…」
安心したようにランが扉を押し開けて中へと入り、その目にはいった光景は――
キスをした。
禁忌だと分かっていたけれど、彼女を、リンを助けるためにはこれしかないと思ったから。自分が危ないコトだって、分かってはいたけれどそんなことを気にしてはいられなかったのだ。本当は、ダイスキだって、胸を張って言いたかったくらい、好きだったのだから。けれど、彼女が死にそうになっているのを見ていたら、なんだかそんなことはどうでもよくなって、ただ、彼女を助けようって。
柔らかい唇が重なる感覚がして、体から力が抜けていくのを感じたのを最後に、レンはその場に倒れこんだ。その頬に、一粒の涙が光った。
―――サヨナラ リン―――
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