-FOX OF FLAME-
ゆっくりと近づいてくるレンは立ちすくみ、自分を凍りついたように見ていた主にそっと手を伸ばした。その手は、リンの細く白い喉へ――。
「きゃあっ」
軽いリンを押し倒し、レンが上に乗るような格好になってレンはその喉へかけた手に、力を入れていく。苦しそうに顔をゆがめていくリンは、抵抗することもままならないほどに強い力をかけられ、小さなうめき声を上げた。
ただ無言で表情一つ変えないレンは操り人形のまま、主を殺そうとしているのではなくまるで、退屈な話しでも聞かされているように。
それを見て娯楽を楽しむように青年が笑い声を上げ、メグが目を細めた。
「レン…やめて…」
「…」
言葉はレンには届かずに消えた。
「レン、お願い…。やめて…お願い…」
頬を一粒の涙が滑り落ちていった。暗いレンの瞳に、輝く涙が映って手に力を入れていたのが、ふっととかれた。不思議そうに、しかしまだ苦しそうに喉をおさえてせきをしながらリンがレンの顔を覗き込んだ。その瞳は美しいエメラルドグリーンの宝石のように光を持った美しさを持っていた。驚いたようにしているリンを、レンが強く抱きしめた。
「レン?」
「…ごめん、リン。俺…」
やっと、目が覚めたのだ。
例え自分が望んでそうしたわけではないにしろ、自分がしようとしたことにおびえて震えているレンに、リンは優しく微笑むと小さなその体を強く抱き返した。
ぼさぼさになった髪をもっとぐしゃぐしゃにしてレンは、そのぬくもりを感じていたかった。手の甲に出来た黒いあざはいつしか消えて手の甲はキレイな色白の肌へと戻っていた。ふと、二人は何か違うぬくもりを感じ、体を引き離してぬくもりを感じた辺りへと目をやった。そこには黄金色の拳二つ分くらいの大きさの、光の玉がふよふよと浮いていた。二人が手を差し出すと光の玉は手の上にゆっくりと降りて、弾けて消えた。
「『鏡の悪魔』の…」
「え?」
「さっき見た物語の…本当だったの?」
呆然と自分たちの手の上を見ていたリンはランと見つけた、物語の本を思い出していた。さっきの物語を簡単にレンに話してやると、レンも少し感心したように頷いて、そうしてやっと後ろを振り向いた。
「…。物語は正しかったということか。…面白い、ならばその力も私のものとしてやろう」
「させねぇよ」
「レン、危ないよ…」
すっと立ち上がり、青年を鋭く睨みつけたレンはさきほどの表情のないレンとは明らかに違った。
心配そうにレンをとめようとするリンはいつになく弱気だった。
「クク…。…我が名は『がくぽ』!世界を統一するものだ!!」
「世界を統一?…ハッ!無理だろ。バカじゃねぇの?」
「…減らず口を叩いていられるのも今のうちだ」
そういって笑ったがくぽは、口元をゆがめていたが、その鋭い目は笑っていなかった。
すっと目を閉じてぶつぶつと呪文を唱え始めたレンの足元に、見覚えのある朱色の魔方陣が形成され、強い風が吹いて光がレンを包み込んだ。強い風で飛んだレンのヘアゴムがリンの足元へ落ちた。
「あっ…」
そうして、光の中から現れたのは強い意志をあらわすようなエメラルドグリーンの瞳を持った、炎を纏う九尾の狐であった。その尾や耳、足には美しくも神々しいような茜色の炎が赤々と燃え盛っていた。
「さっきは炎が消えて…」
「自我のあるときのみに灯る炎か…。気に入ったぞ。お前、私の使い魔として生きるつもりはないか?そうなれば誰よりも豊かな暮らしを出来るぞ。何せ私は世界を統一するのだから。命も助けてやる」
『…無理』
心なしか少しばかり無口になったレンは、変化して二重になったような不思議な声で、相手の言った言葉を一刀両断した。その言葉にがくぽの眉がピクリと動いた。
体中に力をいれ、仁王立ち――と、いっても、狐なので仁王立ちではないかもしれないが――になった。その闘志とともに炎がさらに強く温度を上げた。
「仕方がない。…私が自らお前たちを葬ってやる」
「レン!」
『…ぶっ潰す』
腰にさしていた刀に手をやり、鞘からよく磨かれた美しい日本刀を抜いて二人のほうへと切っ先を向けた。刀がシャンデリアの光を受け、怪しく光る。
「行くぞ」
『どうぞ?』
にやりとレンは笑った。
すでにランはルカとメイコのもとへ辿り着いていて、ここまでのいきさつをすべて話し終わったところだった。
「…と、いうことなんです。お願いします、レンとリンさんが危ないんです!」
「いわれなくても、助けに行くわ。…そうね、ルカはカイトのところへ行って。こういう場合のことはカイトのほうがわかるんじゃないかしら」
「はい、主。では、行ってまいりますわ」
そういうが早いか、ルカはメイコとランに一礼して窓から飛び出すと白い翼を羽ばたかせて飛んでいった。それを見届けるとメイコが立ち上がってランを見ると、にっこりと笑ってしかし真剣な目で
「行くわよ」
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