「おまえは機械じゃないのか?」
「俺は機械じゃないぜ。感情や自己がある者がたまに作り出すもう1つの人格だ。」
「つまり、感情が生まれたことによって、できたということか?」
「そうだが、正確には少し違う。感情や自己ができて間もないうちは、それだけしか存在しないが、他人とのかかわりによって、もう1つの人格ができあがってくる。これは、相手に認められるためや、嫌われないために作られたもので、本来の自分ではない。」
「それが心の闇なのか?」
「いや、本来の自分と、作られた別人格とが衝突することによって傷がつき、その膿によ って生まれるのが『心の闇』だ。他にもいろんな形でできることは多いけどな。」
「そうか・・・でもなんで、認められるためや嫌われないためにもう1つの人格ができあ あがってしまうんだ?認めてくれないやつなんか放っておけばいいのに」
男はあきれたような顔をした。なぜそんなこともわからない?と言いたげな顔だ。
「つながりを大切にするんだろうが。おまえだって、大事にしたい人たちがいるんだろ。 独りがどんなにつらいかわかるだろ」
その言葉が胸に突き刺さる。独りしかいないことの辛さ・・・過去に一度だけ体験したことがある。そのときは感情なんてほとんどなく、なにも分からなかった。今はその辛さなんて想像できない。そして、ある考えが頭をよぎる。
「おまえは独りぼっちなのか?」
男は鼻で笑った。しかし、その顔はその事実を肯定しているかのように思えた。
「そうだったのか」
俺は見上げた。天井は黒いが、かすかに光の粒がある。自分の心に溜まっていた怒りを少しずつ流していく。光の粒が大きくなっていき、黒い部分を包み込む。すべてが光で包まれた瞬間、ピシッという音が聞こえた。鏡にひびが入っている。そして、ひびがだんだんと大きくなり鏡が砕け散った。俺は男の肩のあたりに手を伸ばしてみる。確かな感触。そこにいるという確かな感触があった。男は目を丸くしていた。
「驚いたな。さっきまで憎んでいたやつを受け入れるなんてな。お前は本当にお人好しだ」
「思い出したんだ。独りぼっちの辛さ、苦しみ、悲しさが。お前が現れたのはあのときだったんだな。忘れていたんだ。自分を見守ってくれる存在を・・・」
「そうだ。俺が生まれたのはそのときだ。お前が俺を欲した。支えとなる存在として」
少しずつよみがえる記憶とともに、生まれてくる疑問。聞かずにはいられなかった。
「そんなおまえがどうしてみんなを傷つけた?なんでそんな真似ができたんだ?あのとき のお前はそんなことができるようなやつじゃなかったはずだ!」
男は怒りに満ちたような顔をしている
「それはおまえのせいでもあるんだよ!!」
しかし、それを言った瞬間にはっとした顔になる
「悪かった。でも教えてくれないか?なんでそうなったのかを」
男は下を向いて、少し声の調子を落とした。
「おまえの中にもやもやした物があったろ?あれは中にいる俺にも影響を及ぼしたんだ。」
さっき感じたもののことだと分かった。正体不明な何かが膨らんできたのを思い出す。
「処理しきれないおまえの心のかわりに俺がするはめになったんだよ。吸収するという形 でな。だから、おまえの言う普通に他人を傷つけられるようになったんだ。」
この事実は少なからず俺に衝撃を与えた。自分が耐えていた、抑えていた怒りは全部この男に処理してもらっていたということが。自分を陰で支えていてくれたということも、受け入れるのには十分な理由だと思った。でも、あと1つ必要なものがある。
「ありがとうな。そしてごめん」
「別にかまわねえよ。俺が存在するためにしたことだからよ。それにさ・・・」
「それに?」
「お前の怒りを生んだあいつらを許さないと思っていた。おまえの体を乗っ取って、あい つらに復讐してやろうとした。けど、お前があんなにも大切に思ってるやつらなら、も う傷つけられないとも思えたしな」
開放されるという意味が分かった。俺につながれていたんだと。自由になりたいのに、鎖につながれた動物のように。これでピースがそろった。受け入れるのにこれ以上必要なものはない。
「おまえだって、今まで憎んでいた人たちを受け入れたじゃないか。俺がお前を受け入れ ない理由はなくなった。支えてくれてる人たちは俺が守っていかなきゃならないんだ」
男は鼻で笑う。しかし、そこにはばかにしたような意味は込められていないようだった。
「おまえに俺を守ることができるのかよ。今まで俺が助けてやってたのに」
一言一言に力を込める。
「お前が俺の中に居てくれるならできるかもしれない」
あきれたような、どこか期待するような笑みを浮かべた。
「わかったよ。待ってるぜ」
天井を覆っていた光はだんだんと強くなり、空間を包み込む。優しくも暖かい光が俺の周りに集まる。薄くなる意識の中に「じゃあな」という声を聞いた。「またな」と答える前に意識がなくなる。
目が覚めたのはいつもの部屋。目覚めはいいのだが、違和感がある。さっきまで見ていたのは夢なのか現実なのか分からない。不完全な記憶を元に思い出そうとするが、たどり着くことはできなかった。部屋を出る。足取りが軽い。いつも以上にすらすら歩ける。下りたとき、めーちゃんがいた。
「おはよう、カイト」
「ああ、おはよう。何してるの?」
めーちゃんは少し下を向く。何かあったのかと思い、覗き込もうとするが、恥ずかしそうに顔を背ける。
「昨日はごめんね。殴っちゃって」
「気にしないで。ちゃんと答えなかった俺が悪いんだし」
「ううん。ことの始まりはミクがあんたのことをばかにしたの。それでカッとなって・・ ・大人気なかったかな?」
めーちゃん頬が少しずつ赤くなっていった。
「そうだったんだ。ありがとう」
微笑みを返す。後ろから刺すかすかな視線を感じた。
「ミク、そこで何をしてるんだ?」
視線のほうへは向かずに話しかける。声の調子もそのまま。怒る気はまったくない。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「何のこと?」
昨日のことだとわかってるけど、あえて言わない。優しい声で返す。
「昨日のこと。分かってるでしょ。姉さんから聞いたよね?」
「うん。ちょっとだけね」
笑顔をミクのほうに向ける。
「怒ってる?」
「怒ってないよ。ほら、そんなところにいてないでこっちにおいで」
ミクはゆっくりと近づいてくる。何かを警戒するかのように2、3歩分の距離をあけて立ち止まった。
「旧式だから劣ってるとか、人気ないとか、本当はそんなこと思ってないよ。ただ・・・」「ただ?」
「最近、兄さんが私から離れていく夢をよく見るの。優しくて大好きな兄さんが遠くに行 ってしまう夢。本当にいなくなってしまうんじゃないかって、怖くて・・・」
一滴の雫が自分の頬を伝う。自分はこんなにも愛されてきてたんだと実感できたから。さっき見た夢は本当だったのかもしれない。思い出せなかった記憶がひとつずつ埋まっていく。あいつは気づかせてくれたんだ。行動の裏に隠された本心を。一度流れた涙は次々と連鎖的に出続ける。こんなにも暖かい涙はひさしぶりだ。
「どうしたの兄さん?」
「カイト、なんで泣いてるの?」
二人の言葉が心に響き渡る。波が静かに全体に伝っていく。
「俺さ、仲間はずれにされてるような気がしてたんだ。不必要な存在だと思っていた。で もそうじゃなかったんだ。やっと分かった。ありがとう。本当にありがとう・・・」
体にある液体すべてが涙となって流れていきそうだった。それほど大きい粒が大量に目から落ちていく。
「誰も必要ないって言ってないわよ。あんたがいるから楽しいんじゃない」
「そうだよ。兄さんがいてくれたから、私今までがんばって来れたんだから」
自分の中に何か確かなものを見つけた。覚悟・・・これまであったのかどうかわからないほどに強い。自分はこの人たちと一緒にずっと過ごしていくんだ。何があってももう逃げたりなんかしないという覚悟。 もう1つ、支えてくれた人たちを大切にするという覚悟。
「俺のことも忘れんなよ」
聞き取れるか取れないかというぐらいのかすかな声を聞いた。
「忘れるものか、絶対に・・・」
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