リンちゃんの様子がおかしくなったのは、大学二年の終わり頃だった。「体調を崩したからしばらく休む」とのメールが届いて、それきり。わたしはお見舞いに行くとメールしたのだけれど、リンちゃんから「ごめんなさい、今、人に会える状態じゃないの」と断られてしまった。
何が起きたの? また閉じ込められてるとか? でも閉じ込められているのなら、メールすらできないわよね……。そうこうするうちに、鏡音君からリンちゃん宛ての手紙が届いた。鏡音君が直接手紙を送ったら没収されてしまうだろうから、わたしを経由することにしている。わたしは別の封筒に手紙を入れ、リンちゃんの家まで届けに行った。手紙を渡すことはできたけど、やっぱりリンちゃんには会わせてもらえなかった。
リンちゃんと会えないままに春休みになり、わたしの心配とストレスは最高潮に達した。一体何が起きているのか。また、自宅に押しかけてみようか。そんな矢先。
爆発しそうな気持ちでいるわたしのところに、リンちゃんから電話がかかってきた。
「もしもし、ミクちゃん。あの……ごめんね。ずっと連絡できなくて」
わたしは、安心で床に座り込んでしまうところだった。
「リンちゃん! 心配したのよ! 一体何があったの?」
矢継ぎ早に問いかけると、リンちゃんは黙ってしまった。なに? まさか言えないような話?
「あ、あの……そのことなんだけどね。電話じゃ話しづらいから、今からミクちゃんの家に行ってもいい?」
「いいに決まってるじゃない!」
わたしが断る理由なんかないじゃないの。幸い、今日は出かける予定もないし。
「う、うん……ありがとう。それじゃ、すぐに行くね。あ、それと……あのね、レン君も、一緒だから」
そこでリンちゃんからの電話は切れた。え……? 鏡音君も一緒って? 日本に戻って来てるの?
わたしはわけがわからず、部屋を出た。廊下にクオがいる。
「あ、ミク……」
「クオ! リンちゃんが、鏡音君と一緒に家に来るって! クオのところには連絡あった?」
クオは頷いた。多分、クオのところには鏡音君がかけてきたんだろう。
「あったよ。今から来るってさ」
「一体何があったのかしら。ああ、そうだわ。お客さん迎えるんだから、支度しないと! お父さんとお母さんにも言っておかなきゃ!」
お手伝いさんにお茶の準備を整えておいてもらって、お父さんとお母さんにも話をしておかないと。わたしはその場を走り去った。
リンちゃんと鏡音君は、そんなにしないうちにやってきた。……うん? リンちゃん、いつもよりお化粧が濃いような気がする。普段はあんなに厚く塗らないのに。
リンちゃんと鏡音君にソファに座ってもらい、わたしとクオはそれぞれ椅子に座った。お手伝いさんに紅茶を淹れてもらって、二人に薦める。
「リンちゃん、鏡音君、一体どうしたの? 鏡音君、大学卒業するまで戻って来ないつもりだったんでしょう?」
二人が一緒にいるのはいいことだと思うけど、状況がさっぱりわからない。あのお父さんが許したとは思えないし……。
リンちゃんと鏡音君は顔を見合わせた。しばらくしてから、リンちゃんが口を開く。
「あのね、ミクちゃん……順序立てて話さないとわかりにくいと思うから、まずわたしの事情を話すね。実は先月、わたしのお父さん、わたしに縁談を持ってきたの」
わたしは唖然としてしまった。あのお父さん、そんなことしたの? リンちゃんが首を縦に振るはずないのに。
「レン君とつきあってたことで、わたしの商品価値はなくなった――そんなふうにお父さんは考えていると思っていたから、わたしも全く予測していなかったの。もちろん嫌だって言ったんだけど、お父さん、しつこくて」
嫌になるぐらいその光景が目に浮かぶわ。あのお父さん、精神病院にでも入っててほしい。なんであんな人がのさばってられるんだろう。
「このままだと、無理矢理結婚させられるかもって、思ったの。それで……」
「俺は、リンをあの家から連れ出すことにしたんだ。リンはもう二十歳だし、親が口出しできる年じゃない。だから、リンは連れて行く」
リンちゃんの肩を抱いて、鏡音君がそう宣言した。じゃあ……。
リンちゃん、行っちゃうんだ……。
それは大分前から予測していたことだったけど、こんなに急に来るとは思っていなかった。だから、わたしは何も口にすることができなかった。
「向こうに巡音さんを連れて行くのか? そんなの可能なのか?」
「リンはもう二十歳だ。自分の行きたいところは自分で決められる」
クオの疑問に鏡音君が答えている。わたしはリンちゃんを見た。リンちゃんが、すまなそうな表情になる。
「ごめんね、ミクちゃん。でも、わたし……」
わたしは、首を横に振った。鏡音君と一緒に行くのが、リンちゃんには一番いい。
「いいの。一緒に大学を卒業できないのは淋しいけど、鏡音君に連れて行ってもらうのが、リンちゃんのためだと思う」
「……ありがとう」
リンちゃんはほっとした様子で、静かに微笑んだ。胸の中に色々な気持ちがこみ上げてくる。ずっと、一緒だったのよね。幼稚園の時から。
「永遠の別れじゃないのよ。いずれ落ち着いたら、わたしがそっちに遊びに行くわ。その時は観光案内してね」
「うん……待ってる」
リンちゃんと鏡音君は、それから昼過ぎまで、わたしたちと一緒にいた。いたというか、わたしが引きとめたんだけど。だって、これでお別れみたいなものだもの。ごはんぐらい、一緒に食べたい。
お昼ごはんの後で、リンちゃんと鏡音君は帰って行った。二人の話によると、今のところは鏡音君の実家に泊まっているとのことだった。リンちゃんはお母さんには全部事情を話して、お父さんには秘密のまま、ことを薦めているらしい。なら、わたしも自分のお父さんとお母さんには、黙っててもらうよう、言っておかなくちゃ。二人ともわたしが何をしていたかは知っているから、了解をとりつけるのは簡単だ。そう言えばお母さん、今日リンちゃんが来るって報告した時、何か言いたそうだったけど、何だったんだろう?
リンちゃんたちが帰った後、不意に、わたしの目に涙がこみ上げてきた。リンちゃんのことは笑顔で見送ってあげたかったから、わたしは今まで頑張って笑っていた。でも、本当は淋しい。
親友というポジションは、ずっと一緒にいることはできない。いずれ、もっと大事な人ができちゃうもの。それはわかっていた。わかっていて、リンちゃんが誰かを好きになれるよう、応援したのはわたしだ。
だから淋しいって思っちゃいけないの。でも、涙はどんどんあふれてくる。やだな……泣きたくないのに。
「……ミク」
わたしを呼ぶ声が聞こえた。クオだ。そっちを見る。
「クオ。……リンちゃんが、行っちゃった」
「ああ」
「わたし……淋しい」
クオは、わたしの頭を静かに撫でた。あ……クオの手って、大きいんだ。頭のどこかが、そんなことを思う。
「これが一番いいんだ」
「うん……わかってるの。でも、ちょっとだけ泣かせて」
わたしはクオの前で、ひとしきり泣いた。クオは何も言わず、傍についててくれた。
リンちゃん、さようなら。幸せになって。
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ご意見・ご感想
水乃
ご意見・ご感想
こんにちは、水乃です。
リン、もう巡音じゃないんですね…?コレ見たとき、「はやっ」て思いました。
ミクすごい淋しそうですね。やっぱり、ずっと一緒でお互いの事もわかってる分、わかれるのはつらいですよね。
今度はミクが幸せ…というか、好きな人を捕まえる番でしょう!
2012/07/13 08:28:55
目白皐月
こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。
確かに早いんですが、リンを守るための処置でもあるんです。法的な保護を得させるためというか……。
この先何かあった場合、結婚してると色々メリットもあるんですよ。
ミクはあまりに一つの目的に向かって突っ走りすぎたので、ちょっとエネルギーが抜けちゃったんですね。でも、基本はしっかりしてますから、少し休んだらちゃんと元気になると思います。
2012/07/13 19:49:26