-橙-
勢いだけで発した言葉。
苦し紛れでも、誰かを励ますことはできないだろうか?いや、そんなことはない。たとえ目に見えた変化がなくとも、その言葉に何かを感じ取ることは出来るのだと、わかったのだ。少しだけ微かに微笑み、レンは目を閉じた。
「…君もこんな風になりたい?俺はね、ずっと耐えてきたんだ。血が欲しい、血がのみたいなんて衝動から。けど、一旦血を見たらそんな我慢が馬鹿らしくなってきたよ」
「そんなの、アンタが理性を保とうとしていないからよ。血がのみたい?自分のでも飲んでいなさいよ。手首でもかめばいらない位、血が出てくるわよ!」
自分の手首を人差し指で示して、大きく叫ぶように言った。
リンが言葉を発するたび、カイトの手がピクリと動く。きっと、怒りをこらえているのだろうことは殆ど面識のないリンにもよく分かったが、口を閉じる気など、サラサラない。
と、ここまで口を閉じていたメイコがやっとカイトに話しかけ始めた。
「カイト、何でこんなことをするの。昔の貴方ならこんなこと…」
「めーちゃん、俺はさ、変わったんだよ」
「カイト…ねえ、カイト。私、あの後、凄く後悔したわ。今ならはっきり謝ることができる。なのに…どうしてよぉ…」
その場に泣き崩れたメイコを見て、カイトの表情がなんとなく変わったように、ルカには見えたが、その変化が何を示すのかはわからなかった。
しかしメイコに歩み寄ろうとしたカイトは足を止め、自分の両手の血と足元に倒れているレンを交互に見つめて、怯えたように両腕で顔を覆った。
それを見たメイコは、見慣れないものを見つけた。
「カイト、そのあざは…」
「今、あのあざに不思議な妖気のようなものが宿っていましたが」
「私がカイトの主人だったときはあんなものは…」
はっとした。ここでやっと、あのあざが何なのか、カイトが何故いきなりこんなことをはじめたのか、漠然としたままではあるが全貌が見え始めたのだ。
「ルカ」
「分かりました。主」
名を呼ばれただけで主人の意を理解し、ルカはカイトへとゆっくり歩み寄った。何かに怯えたように震え、声を殺したカイトはルカが近づいていることに気づき、顔を上げた。
「いいですか、少し痛いでしょうが、すぐに回復して差し上げますから、我慢してください」
そういうと呪文を唱えて、フェンシング用の剣に飾りをつけたような剣をとりだすと、ルカはカイトの手をとってカイトの手に刻まれたあざを一瞬にしてきり去った。手の甲から体中へ走る激痛。しかしそれもルカの魔法によってすぐに収まった。
「主、多分これで問題はないかと。ですが一応屋敷に運んで、見たほうが」
「ええ、そうしましょう。カイト、いいわね?来て。リン、レンのこと、運べる?」
「う、うん」
腹から血の出たレンに簡単な回復を行って血がつかない程度にすると、リンはレンをおんぶした状態になった。
「さあ、帰りましょう。レンの怪我がひどいわ、リンの魔法だけじゃ治りきらない」
「カイトさんも」
「え?あ、ああ…」
巨大な鳥から降り、六人は館の中へと帰ってきた。
「ルカ、レンの回復をしてあげてくれない?私はカイトのほうをやるから」
そうメイコはいったが、ルカは申し訳なさそうにそして少し不安げに、レンをちらりと見てから言った。
「それが、先ほどもそう試みたのですが…。どうも意識がないにしても反射的に私やカイトさんを退けるようとしているらしく、魔法でバリアのようなものを張っているようです」
「そう、じゃあルカもカイトも無理なのね。それじゃあきっと、私にも無理よね」
「多分、そうですわね…」
二人が話している間に、リンがゆっくりとしたペースでレンを回復していたが、そんなペースでは日が暮れてしまう。
「…ねえ、私にも手伝わせて」
そういったのは、もう一人のリン――レンの姉だった。
驚くリンの隣に座ってぶつぶつと呪文を呟く彼女は、とても強い魔力を感じさせ、かつレンにも退けられていなかった。
「大丈夫だよ、貴方も凄く強い魔力を秘めているのが分かる。きっといつかその魔力も目覚める」
「え?どういうこと?」
リンはにっこりと微笑んで、答えはしなかった。
「…多分、これでしばらくは大丈夫」
たしかにレンの体の傷はある程度の深さの傷なら消えて一番深かった傷も、随分と浅くなっていた。
ふうとため息をついてから、それから姉のほうのリンは驚いている三人に向かって、微笑んでこういった。三人というのは、リン・メイコ・ルカだ。カイトは館についた途端、体力を使い切ってバタンキュウだ。
「みなさん、レンの本心、知りたくありません?」
「え?」
「普通は使えないんですよ、こんな魔法。でも、私、凄くがんばって覚えたんですよ。人のこころを覗く魔法」
「レンの…心を覗く?」
「どうですか?やってみます?別に皆さんが嫌なら、無理にとは言いませんが」
三人は顔を見合わせて、うなずきあった。
「知りたい。レンの本心」
「…よかった。それじゃあ、はじめますよ。頭が少し痛くなるかも知れませんけど、我慢してください」
そういってまた別の呪文をリンが唱え始めると、キンキンと頭に締め付けられるように痛みが走った。
その少し後、頭痛が治まってリンが気を失ったままのレンに問いかけた。
「まず、貴方がこれまで一番多く感じてきた感情を、教えてください」
気を失っているのだから、ちゃんと答えるはずもないだろう、そういおうとしたリンの頭に聞き覚えのある声が流れ込んできた。
『捨てないで』
「えっ――?」
気を失っているはずのレンの目から、一粒の涙が流れた。
「ならば、二つ目。彼女らに貴方が抱いている感情は?まず、メイコさん」
『あったかい…』
「ルカさん」
『優しい…』
「では、リンさんは?」
『…ダイスキ…』
レンの顔がほころび、なんとなく優しい顔になった。
驚いたリンは
「えっ…」
と声を出して赤面したが、他の三人は告白をする友達を取り巻く女子たちのような目でリンを見ていた。
もう一度ふうとため息をつき、リンは魔法を解いた。
「ほほう、リン。そういうことかー。使い魔と主人の禁断の恋かしら?」
「ち、違うよ。母さん!」
「リン様、大人になりましたね」
「リンさん、レンをよろしく」
「ホントに違うんだってば!もう、レンの馬鹿!!」
コメント0
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る-RISK-
鋭い刃が舞うように宙を切る。
何度か美しい黄金色の背中をかすって、数本のやわらかい毛が床に落ちていくのも気にせず、毛を踏んで刀をかわす。
「避けてばかりではいつまで経っても私は倒せぬぞ!」
『…黙れ。そっちこそ、息切れしているだろ?』
「その言葉、...鏡の悪魔Ⅱ 7
リオン
-日記-
ふと目を覚ますと、そこはカイト邸の部屋の一つ、寝室だった。
酷い頭痛がして、頭を押さえてみた。天井は真っ白で掃除がいきわたっているのだろうことがわかる。そこから首を動かして辺りを見回してみたが、殺風景な部屋でどうやらあるのはこのベッドと小さな本棚だけらし...鏡の悪魔Ⅲ 19
リオン
-終焉-
空は青く広がり、まるで何事もなかったかのように、涼しい風が地をすべるように駆け抜けていく。その風のひとつが、リンの髪を揺らして頬をなでて流れていった。
その表情は決して清々しいとはいえず、険しい表情をしていた。
先ほど、ルカから連絡が入ったのだ。内容は明...鏡の悪魔Ⅲ 26
リオン
-接触-
少なくとも、レオンはアンについて何か知っているらしい。あえて追求はしない。レオンは何かを隠し、レンに、そしてランに接触してきているのだ
「嫌な感じがするな」
夕方の六時、鈴は仕方なくアンを探すのをあきらめ、帰路につこうとしていた。隣には今、用を済ませて...鏡の悪魔Ⅲ 4
リオン
-微笑-
少しの間があった。
誰も声を発しない。いや、場の威圧感や空気感に声を発するほどの余裕を持ちきれていないのだ。重苦しい雰囲気がそこ煙のように立ち込め、全員の周りをこれでもか、というほど包み込んでいた。
「リン(ランのこと)やリンちゃん(主のほう)なら、身長差...鏡の悪魔Ⅲ 22
リオン
-ESCAPE-
二人が目覚めた部屋は最初にリンが通された部屋を同じような造りになっていた。所々違うが、その辺はいちいち上げていられない。まあ、一つくらいはあげておこうか、窓の横辺りにこげ茶の木目が美しい、大きな本棚が置かれていた。
二人――リンとランはまず、部屋の中...鏡の悪魔Ⅱ 5
リオン
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想