3.
「全員、武器構え」
静かに、我ながらなかなかに澄んだ声で、私は言う。呆然と立ち尽くしたままだった袴四人衆は、私の声に慌てて竹刀と薙刀の切っ先をあげ、紫とピンクの変質者に向ける。
「遠慮はいらないわ。あれを滅殺、いえ、殲滅しなさい。毛髪一本、血液一滴、肉片一つ、決して残してはなりません」
『はっ!』
威勢のいい袴四人衆の声には、質量さえ存在しそうなほどの、すさまじい殺意がこもっていた。当然だ。とはいえ、さっきの私の言葉は比喩表現に過ぎない。無論、こんな所まで侵入しておいて、ただで帰すわけにはいかないが。考えられる限りの地獄を味わわせてやる。そう、人間としての尊厳を根こそぎ奪い去るくらいのことはしなければならない。というか、学園の警備はなにをしていたのだろう。こんな派手すぎる格好をしたやつの侵入を許すなんて。抗議しておかなければ。
袴四人衆の動きには全くの無駄がなく、迅速だった。剣道も薙刀も、本来なら一対一の試合形式しかないはずなので、複数で戦うことなんてまずない。なのに、袴四人衆の動きは実に有機的で、まるでこの四人で厳しい訓練を積んできたかのような一体感があった。
袴四人衆はすり足で音もなく移動し、紫とピンクの変態を取り囲む。
「……?」
その変質者は、ようやくなにか不穏な気配を感じ取ったらしい。首を巡らせ、自らを取り囲む袴四人衆を見上げようとした、その瞬間に竹刀と薙刀が舞った。
目配せも合図も出すことなく、二本の竹刀と二本の薙刀は、四方から同時に変質者に襲いかかった――はずだった。
「なッ」
その光景に、私は思わず声をあげてしまった。
ありえない。
なによりもまず、そんな言葉が頭に浮かんでしまう。
二本の竹刀と二本の薙刀。それらが風呂場の中央で、紫とピンクの装束を貫いていた。
だが、それだけだった。竹刀と薙刀に貫かれたのは、装束だけだったのだ。
その装束を身にまとっていたはずの変質者は、一体なにをどうやったのか、目にも止まらぬ早さでその場からいなくなってしまったのだ。
そのことに驚いたのは、離れていた所から見ていた私よりも、むしろ袴四人衆の方だっただろう。なのに、彼女たちはすぐに散開して周囲を見回す冷静さを身につけていた。だが、それでも視界内に変質者は見当たらない。あいかわらず、四人の動きには無駄も隙もなく、合理的だ。これで、たった一人の相手を前に後れをとっているなど、どうして思えよう?
「ふっふっふ。たった四人で拙者の相手をしようとは、そこらにいる平凡な者どもと一緒にしては困るでござるな……」
平凡な者どもとは断じて一緒になどしていない。なぜなら、平凡な人はアンタみたいに犯罪を犯したりはしないからだ。てゆーかござる言うな。キモい。
そんな内心でのツッコミはともかく、どこか中性的で、女の声だと言っても否定できないその声は、上から響いた。
袴四人衆と私の五人は、慌てて頭上を見上げる。
やつは、風呂場の天井に逆さまにぶら下がっていた。なにもない天井にどうやってぶら下がっているのか、私にはわからない。なにかトリックがあるんだろう。そのはずだ。きっと。
そいつはさっきと同じ目に痛い紫とピンクの装束を着ていた。一着は竹刀と薙刀の餌食になったことからすると、こうやって襲われた時のために装束を二枚重ね着していたのだろうか。間違いない。こいつは馬鹿だ。
さっきの装束と違うところは、そのフードがとれていることくらいだ。そのせいで、そいつの素顔が見て取れる。小顔で目鼻立ちがはっきりしていて、なにげに美形だ。さらに、許し難いことに、そいつは私と同じ、艶やかな桃色の髪の毛をしていた。長めの髪を後頭部で一つにまとめ、ポニーテールにしていて、その房が下にだらりと垂れている。風呂場の天井はなにげに高いから、薙刀でも届くのは、せいぜいその垂れ下がった髪の毛くらいだろう。変態のくせに身体能力は高いらしい。
そしてそいつは、なぜか顔を真っ赤にして怒っていた。いや、顔が赤いのは、単に逆さまだから頭に血が上っているだけなのかもしれないけれど。
「しかしお主達……こともあろうに袴とは、拙者を愚弄しておるのか!」
変態の思考回路はまったくわからない。四人が袴を着ていることが、どうして変質者を愚弄していることになるというのか。
「ここは学校内だというのに制服を着ていないだなんて……せっかく水遁の術で制服を濡らそうと思っていた拙者の期待を裏切ったでござるな!」
「……」
死んでしまえ、このド変態が。
ここで怒鳴ってしまえばやつのペースにはまってしまうと思い、私は必死で叫ばないように唇を噛む。
「原曲に従わぬという行為がどれだけの人を裏切ると思っておるのでござるか? お主達は歌詞の重要性をまったくわかっておらんでござる。これでは今後のストーリー展開の先が思いやられるでござるな」
……。
この変態は、グミが危惧した「いわれのないそしり」をしてきた。意味のわからないことを口走るな。死ねばいいのに。
「だが、拙者にも考えというものがあるでござる!」
お前のような変態に考えるという高度なことができるとは、正直言って驚きだ――だなんて、そんな余裕ぶったことなど言ってられなかった。なぜならそいつは、予備動作もなく、ぴょんと跳んできたのだ。それも、戦闘態勢ではなかった私の方に。
「まちなさいッ!」
「なっ!」
「ルカ様!」
「不届きもの!」
と、袴四人衆が口々に叫ぶ暇もあればこそ。
なにも対処することができなかった私は、その変態にぶつかり、もつれ合うようにして開けたままの引き戸のむこう、つまりは脱衣室内に倒れ込む。そのどさくさにまぎれ、その変態はあろうことか私の胸を一瞬だけ触っていった。万死どころではない。億死に値する。
「貴様……ッ」
「はぁはぁ……学生の身分ですでにこの巨乳、犯罪級でござる……ぐほぁ!」
倒れたまま、変態のあご目がけて全力の掌底をたたき込んでやった。
犯罪は貴様のことだ。
変態が私の隣で倒れ込んだところで、袴四人衆が風呂場からばたばた脱衣室へと帰ってくる。私がやられたせいか、先ほどまでの四人の一体感はどこかなりを潜めてしまっている。
「ルカ様!」
「ご無事ですか?」
「奴はっ」
「ルカ様……あ、あれ?」
最期に脱衣室に帰ってきた四人目の困惑が、全てを物語っていた。四人目の薙刀の子だけじゃなくて、四人が四人とも私の方を見て戸惑ったような表情を浮かべていたのだ。
訳がわからず、私は倒れたまま首を巡らせ、変質者を捜す。と――。
「う、ううん」
私が、そこにいた。
え?
どういうこと?
……いや、状況ははっきりしている。私が私としてここにいる以上、目の前にいる私は本物の私ではない。つまり、さっきの変態が、私に変装しているのだ。まるで言葉遊びのようだが、腹立たしいことにそいつはなにかの冗談みたいに私によく似ていた。
腰まで伸ばした艶やかな桃色の髪。その大きさがよくわかる胸元。髪の毛はもとより、顔立ちはおそらく先ほどと変わっていない。だとすると、実に認めがたいことに、元々の変態の顔が私と似ているということだ。私と同じように床に転がったままのそいつは、いったいどこから調達したのか、巡音学園の制服を身に纏っていた。先ほどまでの紫とピンクの装束はいったいどこに消えてしまったのだろう。にしても、学園の制服のスカートがめくれあがっているのはわざとなのだろうか。言っておくが、私の下着はもっと上品なデザインだ。必死に探した違うところは、おそらくは瞳の色とその下着の色くらいのものだった。それも自分の身体をよく知っている私だからこそわかる程度の些細な違いではあるけれど。
「わ、私が……二人?」
そう言ったのは私ではなく、偽物の変態の方だ。その、本物の私らしい迫真の演技に、私は逆に冷静になる。それ以上そいつがなにか言う前に、手元のゴ○ジェットプロを容赦なく吹きかけた。
「う、お……わぷっ」
すさまじい勢いの害虫駆除スプレーを前に、変態は手をばたばたさせ、上半身を起こしただけの体勢からたまらず二、三メートルほど飛び、部屋の反対側くらいまで逃げる。
それは、致命的な対応だった。
「あっちが、偽物よ」
私が言い切ると、袴四人衆も切っ先を向こうへと向ける。
当たり前だ。とっさに、座り込んだままの体勢から飛べるほど私は運動神経が良いわけではない。というか、いくら運動神経がよくてもそんな動きは普通できないと思う。そんなことができるのは、つい先ほど天井にぶら下がって見せ、そこから飛びかかってくるほどの身体能力がある変態の方に決まっている。座ったままジャンプするなんて、波紋でもマスターしているのだろうか。
「……お主、この一瞬でなかなかの判断力があるようでござるな」
ばれたことに諦めてか、口調を元に戻す変態。ござるとか、時代錯誤もはなはだしい。キモすぎる。即刻死ね。
……と、そんな剣呑なことを考えていたのが伝わったのか、変態は薄く笑った。私に似た顔で、私とはかけ離れた笑みを。
「だが、果たして、これはどうでござるかな?」
言うが早いか、私の姿をした変態は、私たちに背中を向け、一目散に脱衣室から出て行ったのだ。
「きゃー! 変質者よぉー!」
脱衣室から出るなり、私の声で、そいつは声をあげて駆けだして行ってしまう。それで本当に私のフリをしているつもりだとは笑わせる。私がそんな風に悲鳴をあげて逃げ出すわけがないではないか。いや違う。そうじゃない。そう、まずい、逃げられる。
「行くわよ! あいつを野放しにするわけにはいかないわ」
ことにやつは私の顔をしている。自分で言うのもなんだけれど、学園内での私の影響力はなかなかのものだ。こと、この寮内においてはなおさらだ。ひかえめに言って、寮内では私の言葉は神の言葉といって差しつかえはない。つまり、私の姿をしているというだけでもう、寮内ではあらゆるものがフリーパス状態なのだ。私が寮生全員に向かって「その場で服を全て脱げ」などと、突拍子もない、それでいてありえない指示を出したとしても、おそらくほぼ全員が従うだろう。それほどまでに影響力を持っている姿に、あろうことかあの変態は変装しているのだ。事態は急を要する。奴になにをされるかわかったものではない。
『はっ』
四人を背後に、飛び出すようにして脱衣室から脱出する、その直前に変質者が私の声でなにごとかを叫ぶ。と同時に、もうすでに遅かったということを私は思い知らされた。
脱衣室の扉に手をかけた瞬間、外で何重もの悲鳴が重なり合うようにして響き渡る。
クッ。私ともあろうものがいながら、大失態だわ……。
扉を開け、脱衣室の外。
グミのそろえた人員で埋め尽くされていたはずのその場所は、まさに地獄絵図と言うにふさわしい様相を呈していた。
――許さない。絶対に、許さないわ。
その壮絶な光景を前に、全身から力が抜けてしまい、持っていた新聞紙とゴキジェッ○プロを取り落としてしまう。
私のよく知る皆が倒れ伏したそこを、ふらふらと歩く。そして、幾多のしかばねの中に親友の姿を見つけ、私はひざまずいた。手前には彼女のトレードマークでもあった銀縁メガネが転がっている。私は彼女の淡い緑の髪の毛をなで、彼女の手を握る。その手は、ぞっとするほどに冷たかった。思わず、涙が流れる。
「ああ……グミ、あなたまでがあいつの毒牙のにかかって死んでしまうなんて……」
ぽたりと、私の涙がグミの手を濡らす。
歌詞がどうのこうのなどと、問題発言ばかりしていたものだから、こんなことになってしまったのだろう。ああ、グミの次の出番がまさか死んでしまってからなどと、いったい誰が想像できただろう……? そんなこと、原作者にだって無理に決まっている……。
「お、嬢様……」
「……! グミ、あなた生きて……。わかったわ。必ず、必ずあなたの仇をとってみせる……!」
「……。わたくし、特に致命傷は受けておりませんが」
「……」
「……」
ノリノリだったのに、グミのごく冷静な一言で、一瞬でしらけてしまった。
Japanese Ninja No.1 第3話 ※2次創作
第3話
原曲は名曲だと思います。が、前回の「ACUTE」のように原曲に忠実に……というのも難しいと思ったので、今回は割とフリーダムに書いてます。
「こんなの違うよ!」と思った皆様にはごめんなさい。
ついでにいうと、だいたいの流れは決めていたのですが、すでにキャラクター達が暴走し始めているので、ほとんど無計画に近い形で続きを書いています。何話で完結になるか、自分でもまだわかりません。
ええと、その……ごめんなさい。
「AROUND THUNDER」
http://www.justmystage.com/home/shuraibungo/
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