大学二年の春休み。レンから、突然連絡が来た。いや、連絡自体はもともと取っている。連絡というか、いきなり電話がかかってきたんだ。しかも、今日本にいるという。
「お前、いつ日本に戻ってきたんだ?」
「……二、三日前」
 電話の向こうで、レンが答える。何があったんだ。巡音さんを迎えに来れるようになるまで、日本には戻らないとか言ってなかったか? はっ、まさか。
「巡音さんと破局したのか?」
 ここのところずっと、巡音さんと会えない、何かあったんじゃとかいって、ミクが異常に騒いでいたんだよ。ミクは巡音さんのこととなると、どうも過敏になる。何かトラブルでもあったんじゃないかって、連日うるさかった。俺でも心配になるぞ、あれは。
「いや違う。ただ色々あって。電話じゃなんだから、会って話したい。お前、暇あるか?」
「あるよ。春休みだし、今日も一日空いてる」
 淋しいとか言うな。
「じゃ、これからすぐにそっちに行くよ。初音さんにはリンから話が行ってるはずだし。じゃあな」
 それだけ言って、電話は切れた。なんなんだ、全く。携帯を机に置いて、部屋を出る。すると、ちょうどミクが廊下から出てきた。
「あ、ミク……」
「クオ! リンちゃんが、鏡音君と一緒に家に来るって! クオのところには連絡あった?」
 こっちを見るやいなや、ミクはそうまくし立てて来た。うん? 来るってのは、二人揃ってなのか。何があった?
「あったよ。今から来るってさ」
「一体何があったのかしら。ああ、そうだわ。お客さん迎えるんだから、支度しないと! お父さんとお母さんにも言っておかなきゃ!」
 ミクはバタバタと走って行ってしまった。せわしない奴だな。……まあいいか。俺は自分の部屋に戻った。


 レンと巡音さんは言葉どおりに一緒にやってきた。ミクが二人を居間に通す。二人はソファに並んで座った。……相変わらずべったりくっつきやがって。年単位で会ってなかったはずなのに。
 微妙に面白くないものを感じながら、俺は椅子に座った。ミクも別の椅子に座る。お手伝いさんに紅茶を淹れてもらうと、ミクはそれを二人に薦めた。
「リンちゃん、鏡音君、一体どうしたの? 鏡音君、大学卒業するまで戻って来ないつもりだったんでしょう?」
 ミクが訊いている。レンと巡音さんは顔をみあわせた。少し置いてから、巡音さんが話し出す。
「あのね、ミクちゃん……順序立てて話さないとわかりにくいと思うから、まずわたしの事情を話すね。実は先月、わたしのお父さん、わたしに縁談を持ってきたの」
 俺は、危うく飲んでいた紅茶を気管に入れるところだった。何なんだよそれっ! 巡音さんはミクと同い年だから、まだ二十歳じゃないか。ミクなんて未だに、浮いた話一つないのに。
「レン君とつきあってたことで、わたしの商品価値はなくなった――そんなふうにお父さんは考えていると思っていたから、わたしも全く予測していなかったの。もちろん嫌だって言ったんだけど、お父さん、しつこくて」
 そんな話を巡音さんがしている。……なんだよ商品価値って。
「このままだと、無理矢理結婚させられるかもって、思ったの。それで……」
 そこまで喋って、巡音さんは続けられなくなった。レンが、後を引き取る。
「俺は、リンをあの家から連れ出すことにしたんだ。リンはもう二十歳だし、親が口出しできる年じゃない。だから、リンは連れて行く」
 巡音さんの肩を抱いて、きっぱりした口調でレンは告げた。連れて行くって……アメリカにか?
「向こうに巡音さんを連れて行くのか? そんなの可能なのか?」
「リンはもう二十歳だ。自分の行きたいところは自分で決められる」
 それでもやっぱり早いような気がする。いや、俺が口を挟むことじゃないけど。二人で話し合って決めたんだろうし。
「で、こんなところうろついてて大丈夫なのか?」
 あれだけ無茶苦茶やる父親なんだから、早速探し回りそうだが……。空港で張ってたりとかさ。
「リンのお母さんが、しばらくは時間を稼いでくれるって言ってる」
 うん? 母親の方はこの計画に賛成なのか。……一体どんな家なんだ。
「とにかく、そういうことだから。準備が全部終わったら、リンを連れて向こうに戻る」
 準備って……お役所仕事とか、そういう奴か。きっと色々あるんだろう。俺の両親が海外に行く時も、あれこれ大変だったからなあ。
 ……ちなみに俺の両親は、去年海外赴任を終えて、日本に戻ってきている。大学への通学の問題があるから、俺はまだここにいるけど。
「じゃ、お前がこっちに戻るんじゃないのか」
「日本にいると、リンのお父さんが何かしらしかけてきそうなんだよ。あっちの方がいい」
 本当に大丈夫なのか、この二人は。人事ながら心配になってくるぞ。


 レンと巡音さんは、昼過ぎまでこっちで過ごした。こっちもまあ、積もる話とやらがあったし。大体考えてみたら、レンと会うのは二年半ぶりだ。もっとも、高校の時の知り合いで今も連絡を取ってる奴って、グミヤぐらいなんだが。そのグミヤは、相変わらずグミとつきあっている。あのグミとつきあっていて、よく神経が持つよなあ。人事ながら感心してしまう。
 ミクと巡音さんがあれこれ話してる間に、俺はレンを脇へ引っ張って言って、気になっていたことを訊いてみた。
「お前、大丈夫なのか?」
「何が?」
「だから、巡音さんだよ。言っちゃなんだけど、ミクと一緒で世間知らずの箱入りだろ。いきなり普通の生活させて大丈夫なのか」
 ミクと一緒というか、ミク以上だよな、巡音さんの場合。
「わからないけど、とにかくやってみる」
 それが、レンの返事だった。どう考えても大丈夫じゃなさそうだ。不安になってくる。
「それは幾らなんでも無計画すぎるぞ」
「クオ、リンのお父さんという人は、あらゆる意味で常識が通じないんだ。リンを傍に置いておきたくない」
 きっぱりした口調で告げられてしまった。こんな口調で返されてしまうと、それ以上俺は口を挟めやしない。
 こいつが決めて、巡音さんが決めて、多分こいつのことだから、自分の家族にも相談しているんだろう。巡音さんのお母さんも協力的みたいだし……。
 だったら、何とかなるのかもしれない。巡音さんの父親ってのが、あらゆる意味で謎だけど。
「そうか……じゃあ、巡音さんと頑張れよ」
 何かの役に立つのかどうかわからないけど、俺からも祈っておいてやろう。
「ああ、そうする。……あ、それとクオ。リンの名字、もう巡音じゃないから」
 ……へ? それが意味するところに気がついた俺は、唖然として言葉も出てこなかった。お前たち、そこまでやったのか!?


 二人が帰るまで、俺の頭の中はどこかショートしたままだった。レンと巡音さん――もうその名字じゃないと言われたが、どうもなじめない――は、何があっても引き離されたくないんだろう。
 自慢じゃないが、俺は彼女いない暦年齢だ。……別に、淋しくなんかないぞ。無理に作りたいって思ったことなんてないし。ただ、誰かとつきあったことがないせいか、レンの気持ちがよくわからない。
 俺がレンの立場に置かれたとして、同じことができるだろうか。以前も考えたことだけど、やっぱりよくわからないんだ。羨ましいと感じるところもあるけれど、同時に、同じ目にあうのは絶対嫌だとも思ってしまう。あんなハードな体験は嫌だ。
 昼食の後、レンと巡音さんは、仲良く手を繋いで帰って行った。これで、また当分は会えないんだろうな。ニューヨークは遠い。そりゃ、今のご時勢、会おうと思えば会えなくはないが……。
 ミクは、会いたくなったら会いに行っちゃうんだろうな。そういう奴だ。そう思いながら隣のミクを見て、俺は驚いた。
 ミクは、泣いていた。泣きじゃくるとかそういうのじゃないけど、家の門の方を眺めて、静かに涙を流していた。
「……ミク」
 俺が声をかけると、ミクがはじかれたようにこっちを見た。
「クオ。……リンちゃんが、行っちゃった」
「ああ」
「わたし……淋しい」
 この泣き虫め。そう言ってやろうかとも、思った。巡音さんは幸せになりに行くんだぞ、お前が泣いてどうするんだって。
 でもそう言う代わりに、俺はミクの頭を撫でた。
「これが一番いいんだ」
「うん……わかってるの。でも、ちょっとだけ泣かせて」
 ミクは俺の前で、しばらく泣いた。俺は黙って、ミクが泣くのを見ていた。泣くのが、今のミクには必要なことだと思ったから。

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ロミオとシンデレラ 第七十八話【クオの想い】

 久々にして、最後のクオミクパート。

 それにしても、クオはもてないなあ……。いや、クオに限らず、この作品の男性キャラって、あまりもてないんですよね、全体的に。

閲覧数:913

投稿日:2012/07/12 18:43:49

文字数:3,495文字

カテゴリ:小説

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