昼頃から降り出した雨は、日が暮れてから漸く上がった。
ぱしゃん、ぱしゃん、と水が跳ねる音がする。
青年――魁人(かいと)の手には、布を何重にも巻いたある程度長さのある“何か”が握られている。
彼はどこか悲しげな表情を浮かべ、歩を進める。
「女鬼を退治してもらいたい」
魁人にその話が持ち込まれたのは、夏の盛りが少し過ぎた頃。
彼の家は代々“あやかし”を退治する事を生業としており、そういう筋では名が知れていた。数年前に家業を継いだ彼に依頼が来るのも少なくは無い。
話によると、女鬼は夜な夜な姿を現し、男児ばかりを攫うという。そして、好奇心でその後を追った者が“とある屋敷”に女鬼が戻るのを見たらしい。
「屋敷……ですか?」
「何でも、庭に見慣れぬ赤い花を咲かせる木があるそうだ。確か幾年か前に家人が亡くなったと聞いておる」
瞬間、魁人の表情が強張った。
* * *
家人を亡くした、赤い花が咲く木がある屋敷。
それは魁人にとって、とても大切な思い出の詰まった場所だった。
『その花はなぁに?』
幼い頃、冬になっても赤い花が咲くのがとても不思議で、そう尋ねた。
『これはね、薔薇というのよ』
笑いながら答えてくれたのは、年の離れた近所に住む幼馴染。笑顔が温かくて大好きだった。また、自分の特殊な出自を知っても尚、受け入れてくれた特別な存在。
――それはもう十年以上も昔の話。
その幼馴染は急な病で亡くなってしまった。時雨の降る日、薔薇の木が見える部屋で。
『ねぇ、魁人』
病床で、その人は辛い筈なのに笑顔で言った。
『泣かないでね……』
* * *
もうその人はいない。それなのに屋敷に現れる影があるならば、退治せねばならない。
幾月も掛けて場を整えた。女鬼が現れる屋敷の四方に呪を施し、結界を張った。徐々に動ける範囲を狭め、あの屋敷からは出られまい。
今宵が、決着の時。
件の屋敷に到着する。辺りは物静かで、犬猫一匹通らない。
昔、この辺りに暮らしていた。顔馴染も多く、一軒一軒回り夜半は外に出ぬように言うと、「魁人くんの言う事なら」と了承してくれた。
「ご免ください」
一言声を掛け門を潜ると、一瞬にして空気が異様に重く、濁ったものに変化した。常人ならば半刻も耐えられないだろう。
庭に向かうと、薔薇が赤く咲いていた。そして、そのすぐ近くに赤い着物を纏った人影が立っている。
「夜分遅くに申し訳ありません。どうしても会いたかったもので」
人影が魁人の顔を見る。その額には――二本の角。
「貴女を退治しに来ました――めい子さん」
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